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家族(1)(真斗)

この半年ほど、少しずつ綻びつつあった梨沙との関係に、決定的な亀裂が入ったのは、春休み、シンガポールから帰国した両親と食事に行った翌日のことだった。


元々、梨沙と映画に行く約束があったのを、急に帰国した両親と食事に行くことになり、映画は1日ずらしてその日に変更してもらっていたのだった。

しかし、食事から帰ると、優香がお腹を壊して熱を出し、翌朝になってもひどい下痢が続いていた。


両親が親戚の家に行くために出かけた後、部屋で眠る優香に聞こえないように、真斗はリビングから梨沙に電話をかけた。


「おはよう。申し訳ないんだけど、今日出かけるのが無理になってしまって…。何度も変更させて、本当に悪いんだけど、また今度にしてもらえないかな?」

「今日なら行けるって言ってたじゃない、なんで当日急に無理になるの?」

梨沙は聡明で落ち着きのある女性で、決してヒステリックな話し方をするタイプではないが、当日朝の連絡に、流石に苛立ちを隠せない様子で言った。

「妹の体調が悪いから、家にいてやりたいと思って…」

「ご両親も帰って来てるんじゃなかったの?」

「両親は親戚に用があって、今日はもう出かけたんだよ」

「そうなの…。チケットもう買っちゃったんだけど…」

「ごめん、友達か誰かと行くことはできない? チケット代はもちろん払うから」

「もう当日だからなあ。友達を誘ってみるけど…」

「そうしてくれる? 本当にごめん。今度必ず埋め合わせはするから」

「うん…。妹さん、大丈夫? 体調悪いって、何か病気なの?」

「病気というか、まあいつものことなんだけど、身体が弱いから、疲れたりするとすぐに寝込むんだよ。昨日から熱が出て、お腹も…」

「……でも…もう中3なんだよね…? 冷たい言い方かもしれないけど、ちょっと熱を出したり、お腹を壊したぐらいで、ずっと付き添っていないといけないものなの? こんなこと言いたくないけど……妹さんも、ちょっと甘えすぎなんじゃない…?」

「体質の問題と、他の病気もあって、ひどい下痢でも薬を飲めないから、症状がきつくて…」


飲み薬も市販の浣腸も効かず、医療用の浣腸を使うしかない重症の便秘や、痔の治療について詳しく話すと、余計に話がややこしくなりそうだったので、曖昧に言葉を濁し、今日は会えないことをもう一度詫びて、真斗は電話を切った。


体調が悪い優香の通院に付き添ったり、家で看病するために、時々授業を休む真斗に、梨沙は「優しい」「自分もそんなお兄さんが欲しかった」と、好意的だったが、付き合い出して1年余りが過ぎ、優香の体調のせいでデートの約束が反故にされることが何度も起こると、梨沙は次第に真斗と優香の関係が親密すぎるのではないかと、疑問を呈するようになっていた。


はっきりと口に出すことはないものの、梨沙が優香の仮病、とまではいかなくても、気をひくために大げさに具合が悪いふりをしている節があるのではないかと疑っていること、そして真斗がそれに惑わされていると感じていることは、以前から時折、梨沙の言葉に滲んでいた。


冬休み明けに、真斗が就職活動はしないで、大学院に進学するつもりだと打ち明けた時も、

「全然相談してくれないで、もう決めたんだね…。真斗が決めたことならそれでいいんだけど、妹さんに頼まれたとか、妹さんの側にいてあげたいからとか、そういう理由で自分の人生を狭めようとしてるなら、もう一度考えてみたほうがいいと思う…」

と、真斗の決断に、優香が影響を及ぼしていることを心配していた。


真斗が梨沙と二人で話すことになったのは、キャンセルになった映画デートの予定から、10日ほどたってからだった。


二人が参加しているゼミの後でゆっくりと話をしたい、と前日に梨沙から連絡があり、真斗は落ち着いた雰囲気のレストランに予約を入れ、当日は朝から優香のために夕食を準備して、家を出た。


レストランで食事をしながら、梨沙が切り出した話は、予想した通り、真斗の優香への関わり方についてだった。チケットも用意した映画デートを反故にされたせいか、それともワインを飲んでいるせいか、梨沙はいつもよりもはっきりと思っていることを口にした。


「妹さん、その後、体調大丈夫? 具合は良くなったの?」

「今は学校に行ってるけど、体質の問題だから根深くて、すぐに完全に良くなったりはしないからね…」

「ねえ、蒸し返すようだけど…。体質なら本人が向き合っていくしかないんだし、あまり世話を焼きすぎてもよくないんじゃない…? 今みたいに、一生お世話をしてあげるわけにもいかないんだし……。厳しい言い方かもしれないけど、中学3年生にしては、ちょっと甘やかしすぎじゃない?」

「甘やかしてるのかな…。確かに丈夫ならそうなんだろうけど、本当にすぐ高熱を出したり、具合が悪くなるんだよ…。体格も小さくて、自分が中学生の頃とは違いすぎて、もう中学3年生なのに、とも思えなくて…」

「こんなこと言うと、性格悪いって思われそうだけど。でも、最近ずっと思ってたことだから言うね…。妹さん、お母さんが外国に行ってしまってさみしくて、甘えたり、構ってほしかったりするんじゃない? だから、ちょっと大げさに体調が悪いように振る舞ってるとか…」

「実際に熱が出たり、具合が悪い様子を見てるし、苦痛を感じるような治療もしてるから、あれが演技じゃないことは側で見てたらわかるよ…」


梨沙は、白ワインのグラスをゆっくりと傾けて一口飲み、静かにテーブルに戻してから言った。

「構って欲しいとかじゃなく、本当にそれだけ具合が悪いんだとして…、あなたの気持ちはどうなの?」

「どうって?」

「…身近な家族だから、具合が悪いときに看病する、それは分かるけど、それ以外の感情があるかどうか」

「それ以外…?」

「家族の話に立ち入ってしまうけど…、あなたたちは小さい頃から一緒に育ったわけじゃなくて、恋愛感情を持ってもおかしくないような歳になってから出会ってるでしょ?」

「…初めで会った時、あの子はまだ小学生だよ…。俺はそこまでロリコンじゃないよ」

「でも、今はもう15歳でしょ?」

「それはそうだけど…。毎日見ているせいもあるけど、出会った頃から容姿はそれほど変わらないし、第一、15歳だとしても恋愛の対象にはならないよ。あの子に恋愛感情を持ったことはないし、これからもない」


事実、浣腸するときには、お尻だけでなく性器も目に入ってしまうし、熱で寝込んでいるときには着替えを手伝ったこともあるが、欲情したことは一度もない。

相手が苦しそうにしている病人だから、というところも、欲情しない要因だろうが…。


しかし、そんな話をしたところで、梨沙が納得するとも思えないので、真斗はそれ以上は言わずに、黙ってワインを煽った。





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