貧血(中学3年生4月)
浣腸、排泄の描写があります。
春休み最後の朝、朝食を食べ終えて一休みすると、優香はトイレの前のひんやりと冷たい廊下に、バスタオルを広げた。
数分後にはここに横たわり、お尻を出して、浣腸をしてもらうことになる。
痔の治療のために飲んでいた便秘薬と下剤の使用をやめて以来、自力で排便することができず、自宅で3日おきに浣腸して出していた。いつもは夜、夕食を終えて少し休憩した後が、浣腸のタイミングになっていたが、少しでも自力排便に近づけられるように、腸が活発になるという起床後1時間ごろを目安に浣腸する習慣に変えてみることになった。
しかし、優香は浣腸した後、しばらくお腹が渋ったり、貧血を起こしてしまうことがあるので、学校が始まる前に、朝から浣腸して大丈夫そうかどうか、試すことになったのだった。
真斗が洗面器で温めたグリセリン浣腸と、ワセリン、トイレットペーパー、ゴミ袋などの必要なものを廊下に並べ終えると、優香はバスタオルの上に横たわった。膝丈のスカートをお尻の方だけめくりあげてショーツを少し下ろすと、膝を曲げて身体を丸め、腰を少し反らせて、真斗の方に向かってお尻を突き出す、いつもの浣腸のポーズになる。
「ノズルを入れるよ。口から息をはいて」
背後から声をかけられ、お尻の割れ目を広げられると、お尻の穴も少し開いて、ひだの奥の方まで外気に触れてスースーする。そこに、べっとりとしたワセリンが伸ばされ、浣腸器のノズルが押し当てられるくすぐったいような感触があって、そのままぬるりとお尻の中にチューブの先が入ってくる。
「うっ…」
もう何度も経験している感触なのに、異物感を我慢できず、優香は口呼吸のために開いている口元から、小さな呻き声を漏らした。
「痛くない? 大丈夫…? チューブが入ったよ。今から薬を入れるからね。力を抜いて、楽にして…。口を開けて、ゆっくり息を吐いて」
「…はーー」
身体を楽に…。
息を吐きながら、指示されたように力を抜こうとするが、肛門に当たるストッパーの感触と、直腸に注入されるグリセリンの生暖かさで、自分が今、浣腸されていることを改めて意識してしまい、恥ずかしさと抵抗感でどうしても身体に力が入ってしまう。
「力を入れると余計に苦しいよ。口からゆっくり息を吐いて、リラックスして…はーーはーー」
苦しげに眉をしかめ、身体をこわばらせている優香の気持ちをほぐすために、声をかけて、息を吐いてみせる。
「はーーはーー」
真似をするように、優香が口元からゆっくりと息を吐くの合わせて、真斗は少しずつ浣腸器の膨らみを握りつぶし、ゆっくりとグリセリン液を注入していった。
グチューーーーー。グチュッ。
「…薬が入ったよ」
答えるように、優香のお腹がギュルルるると大きな音を立ててうごめいた。
「少しの間、我慢だよ」
チューブを抜いて、優香のお尻を拭い、新しいトイレットペーパーで肛門を押さえる真斗の声に、優香は目を閉じたまま頷いた。
「自分で押さえる?」
真斗の問いかけに優香は頷き、片手でお尻を押さえながら、もう片手でスカートを直し、太ももまで下ろしていたショーツを引き上げた。
2分ほど経つ頃には、グルグルと響くお腹の音は一層大きくなり、強まる腹痛と、今にも肛門をこじ開けられそうな便意に必死で堪える優香の顔は、苦痛で歪み、脂汗が滲んでいた。
「つらい? 少し早いけど、そろそろ起き上がろうか」
優香の白い首元にびっしりと鳥肌が立っているのに気づいた真斗は、そう声をかけると、優香が身体を起こし、立ち上がるのを手伝った。
優香は真斗に支えられながら、ゆっくりと立ち上がり、トイレのドアに手をかけようとしたが、その時、頭から血が引いて目の前が暗くなり、膝の力が抜けて、ぐらりと前のめりに体勢を崩した。
ビュッ!…ブリューー…ブチュっ。
「あっ…! 嫌…!!」
真斗が後ろから抱えてくれたので、倒れることはなかったが、力が入らない身体を真斗に預けながら、優香は小さな悲鳴を漏らした。力を失った肛門は、僅かだが浣腸液と軟便をショーツへと漏らし、熱い感触がショーツの中に広がっていった。
真斗は片手で優香の身体を抱えながら、急いでもう一方の手でトイレのドアを開けた。
優香がスカートを捲り上げ、ショーツを下ろしてお尻を出すと同時に、倒れこむように便器に座るのを見届けると、真斗はすぐにトイレから出てドアを閉めたが、優香が激しく下す排泄音は、ドアを隔てた廊下にも大きく響きわたった。
バフっ! ブリュブリュブリュリュリュッ……ブシューー! ブチュブチュッ、ビューーッブリュッ。
便器へと叩きつけられる便の音が、軟便から完全な水へと変わり、さらに数分が過ぎて、激しい排泄の音が止んでしばらくしても、優香はトイレから出られず、
「…ハアハア…ハアハア…」
ひどい下痢の時のような、荒い呼吸音を廊下まで漏らしながら、便器の上で苦しんでいた。
「大丈夫?」
ドアの向こうから真斗が問いかける声に、
「……うん。……貧血で、すぐに立ち上がれないだけ…」
優香は上半身をかがめ、便器の上でうずくまったまま答えた。
「開けていい?」
「……ダメ。もう少し休んだら、大丈夫だから…」
さらに数分が経ち、ようやくトイレから出てきた優香は、元々色白な顔から血の気が失せて、一層白く青ざめていた。
真斗は、片手で優香の肩を抱き、もう片手は腰に回して背後から優香の体を支えるようにして、リビングのソファまで優香が歩くのを手伝った。
ふいに、優香の腰の辺りに手が触れると、カサカサという乾いた音と少しゴワついた感触があり、優香がスカートの下に紙オムツを履いていることが伝わってきた。
浣腸の後、トイレに入る直前で悲鳴を上げた時。
きっとあの時に、我慢できずショーツを汚してしまって、代わりにトイレの戸棚に常備してる紙オムツを身につけたのだろう…。
真斗は優香をソファに寝かせると、頭の位置が低くなるように、優香の足の下にクッションを入れ、毛布をかけてやった。
「寒くない?」
と声をかけると、優香は青白い顔で、目を閉じたまま頷いた。
30分ほど経った頃、ようやく貧血から回復し、ソファに起き上がることができた優香に、真斗は言った。
「朝は血圧が低いし、貧血になりやすいから、やっぱり朝から浣腸するのは諦めて、夜にする方が良さそうだね」
「うん…。春休みのうちに試してみて正解だった…」
「そうだね、始業式から早速休むことにならなくてよかった…。明日の始業式、今年も担任は木下先生になるのかな?」
真斗の言葉に、優香の脳裏には、木下先生に欠席の連絡をする真斗の様子が思い浮かんだ。
トイレに行こうとして貧血になり、少し漏らしてしまったこと、汚したショーツの代わりにオムツを履いていることも、気づいてしまったかな…?
「便秘が続いて3日おきに浣腸が必要で、今朝も浣腸をしたところ、貧血を起こして倒れてしまって…。意識はあるんですが、まだフラフラしてオムツをつけているような状態なので、午前中は様子を見て、回復したら午後から登校させます」
淡々と、体調不良の詳細を報告する様子が思い浮かんでくる。
でも、流石に、オムツのことまでは、気づいても言わないかな……。
便秘や浣腸のことを報告されるのは嫌だけど、ただのお腹痛や便秘で頻繁に遅刻したり欠席してもサボっていると思われかねないので、症状のひどさや、受けている治療を伝える必要があるのかもしれない。
お腹の不調を恥ずかしいと思って、他人に知られるのを気にしすぎるから、その悩みやストレスで余計に症状が悪化していたりもするのかもしれない……。
病気の症状や治療なのだから、下痢も便秘も浣腸も、恥ずかしいことではない。
何度も言い聞かされ、自分でもそう思おうとしてみるけれど、やっぱり恥ずかしいし、人には知られたくなくて、どうしても隠したくなる。
そして、優香はその原因に、ひとつ思い当たることがあった。
小学4年生の冬。
学校で風邪が流行して、クラスでも何人もの生徒が欠席する日が続き、朝のホームルームでは「○○さんは、まだ風邪がよくならなくて、咳がひどいので、今日もお休みと連絡がありました」「○○さんも昨日の夜から熱が出て、朝から病院に行っているそうです」と、担任の先生が欠席者について欠席の理由を話し、「皆さんも外から帰ったら手洗いうがいして、風邪に気をつけてくださいね」と締めるのが恒例になっていた。
そんなある日、優香も風邪を引いて体調を崩してしまい、熱や下痢の症状が続き、4日間学校を休むことになった。
ようやく熱が下がって登校した日、クラスメイトと顔をあわせるなり、
「おはよう。大変だったね。お腹はもう大丈夫?」
と言われて、優香はとっさに声が出ないほど驚いた。
「え…どうして…」
やっとのことでそう言うと、その子は言った。
「望美ちゃんが言ってたよ、優香ちゃん、下痢がひどくて大変だったって…」
その子が教えてくれたのは、いつものようにホームルームで先生が欠席の理由について話しているとき、
「優香ちゃんは、昨日の夕方からお腹ピーピーになって大変なんだって。朝からもずっとピーピーで、迎えに行ったけどトイレから出て来れなくて、今日jはお休みするって言ってました」
と、クラスメイトの望美ちゃんが、わざわざ優香の下痢の状態をクラスのみんなの前で報告したという、優香にとって消えてしまいたいほどショックな内容だった。
さらに、連日「水みたいにピーピーで、お腹とお尻が痛くてトイレから出れずに泣いている」「今朝もまだ下痢が止まらなくて、おかゆを食べている途中にも、何度もトイレに駆け込んでしまう」などと、細かな報告を重ねていたらしい。
望美ちゃんと優香は家が近所で、お母さん同士が親しかったため、お母さんが優香の体調について話した内容が、望美ちゃんにも伝わったのだろうと想像がついた。
だからってみんなの前で言いふらすなんて……。
優香の脳裏には、
「お腹ピーピーで大変なんだってー」
と得意げに報告する望美ちゃんの様子が目に浮かんだ。
その日は何人ものクラスメイトに「お腹はもう大丈夫?」「下痢は止まったの?」などと聞かれることになった。
悪気なく、心配して聞いてくれている質問だけではなく、からかうような口調の子も何人もいた。
トイレに行くたびに、みんなが自分のことをチラチラ見ながら目配せして笑っている気がして、恥ずかしくてしょうがなかった。
まだ下痢の症状は完全には治っておらず、給食の後には飲み薬を飲む必要があったが、下痢の薬を飲んでいると思われるのが恥ずかしくて、隠すようにして、コソコソと牛乳で流し込んだ。そして、食後胃腸が動くと下痢がぶり返し、トイレに行きたくなったが、今トイレで排便してしまったら、音や臭いで、やっぱりまだ下痢をしている、とはやされる気がして、家に帰るまで必死に堪えた。ようやく家にたどり着いてトイレに駆け込むと、ショーツにはゆるい便が染み出し、茶色いシミが広がっていた。優香は泣きながらショーツをゴミ箱に捨てた。
それは、今でも思い出すとお腹がぎゅーっと痛くなるくらい、つらい体験だった。
嫌なことを思い出さないようにしよう…。
違うことを考えようとして、優香は不意に、この前莉緒が言っていたことを思い出した。
莉緒は、真斗が自分を木下先生に取られたくなくて、張り合おうとしている、と言った。
思いがけない言葉だったけれど、浣腸や坐薬の処置まで、いちいち事細かに木下先生に報告してしまう、優香にとって違和感と嫌悪感のある行動は、それで納得がいく気もする。
一方で、真斗はいつも、体調不良を周りの人に相談することや、治療のために浣腸を使うことは、恥ずかしいことではない、と優香に説明していた。
本当にそう思っているのか、優香の強すぎる羞恥心を和らげようとして言っているのかは分からない。けれど、その言葉を実践するため、敢えて隠さずに、先生に報告しているのかもしれない。
ぼんやりと考えに耽る優香に、
「どうしたの? まだ具合が悪い?」と真斗が声を掛けた。
優香は真斗に確かめることはできないまま、
「なんでもない…。ぼーっとしてただけ」
とだけ答えた。