保健室(3) 性癖(中学2年生3月)
その日の夜、優香は禍々しい写真と、莉緒の話が脳裏に蘇り、なかなか眠れなかった。
今まで、お尻を晒して受ける浣腸の治療を、恥ずかしいけれど、必要な医療行為として受け入れようとしてきた。
それなのに…。
お尻を高く上げて突き出し、大きな注射器のような浣腸器をお尻に突き立てられて、苦痛だけでなく恍惚の表情を浮かべた女性の写真が、強い嫌悪感とともに脳裏に蘇り、優香は悶々とした。
もし、自分も病院や家で浣腸を受けていることがバレてしまったら…。
恥ずかしい体験をしたというだけでなく、毒々しくいやらしい、異様な世界に足を踏み入れた者として、好奇の目に晒されるだろうという恐怖と嫌悪感。
そして、体育倉庫で聞いてしまった彩奈たちの会話や笑い声が蘇る。
もしも、家で真斗に浣腸してもらっていることまでが彩奈に知られてしまったら、いや、たとえ知られなくても疑われてしまったら、きっと格好のスキャンダルとして言いふらされ、学校中に広まってしまう…。
優香は恐ろしい現実を、どうにか頭から振り払い、眠ろうとして固く目を閉じた。
優香は診察台に横たわり、いつものように左を下にした体勢で直腸診を受けていた。
「奥の方を診るので、うつ伏せになって、手を組んで台につけて、頭はその上に。足を少し開いて、膝を立てて、そのままお尻を持ち上げて」
友井医師の声がして、あの四つん這いのような、お尻を高くあげる姿勢を取らされる。
高くあげたお尻に、浣腸器が突き立てられる。
いつもの丸い容器から細長いチューブが伸びた使い捨ての浣腸ではなく、大きな注射器のような形をしている。
どこかで見たことのある光景のような気がする。
優香は、いつの間にか、浣腸をされる側ではなくなり、その光景を眺めていた。
「うっ…」
注射器のピストンが押され、浣腸液を注入されて、苦痛に呻きながら、誰かが診察台の上で顔を上げた。
「ああぁー」
髪を振り乱し、美しい顔を苦痛に歪めて悲痛な叫び声を上げているのは、莉緒だった。
「莉緒ちゃん…!」
叫んだのは夢の中だったのか、現実か。
優香はベッドの中で、汗だくで、目を覚ました。
夢の生々しい光景が頭から離れず、胸がドキドキしていた。
「そっち系の趣味に目覚めた」という莉緒の言葉が、不意に蘇った。
優香はそのまま、朝まで寝付けなかった。
早朝。優香は寝不足の気だるさを感じながらもベッドから出て、昨日と同じように、時間をかけて排便と、その後の念入りなケアをして、登校した。
4時間目の体育は、体育館でバスケットボールの授業で、まだ肛門に腫れと痛みがある優香は、激しい運動はできないので、見学することにしていた。
見学中に座るパイプ椅子を出そうと体育倉庫に行くと、思いがけず、そこには彩奈の姿があった。
彩奈も制服のままの姿で、体育を見学するらしい。
優香は、彩奈と一緒に見学をして、根掘り葉掘り質問されたり、詮索されるくらいなら、痛みをこらえて授業に参加した方がよかった、と後悔したが、もうどうしようもない。
「…彩奈も見学?」
「うん、生理痛がやばくて。優香は? まだ調子悪いの?」
「うん…。しばらく、激しい運動はしないほうがいいって言われてるから…」
自分の病状や治療を彩奈に知られるわけにはいかない。優香は、曖昧に答えた。
「そうなんだ。コンクールの頃から、ずっと体調悪くない? 大丈夫?」
「ありがとう…。だいぶ良くなってきたから大丈夫だよ」
「体育はいつまで無理なの? 部活もずっと来てないよね。おかげで私、卒業式の演奏で難しいパート振られて大変なんだからー。部活もまだダメなの?」
「そうだね…3学期中は休んで、部活は春休みに練習があったら、リハビリがてら顔を出そうかな」
「えー。優香上手なのに、卒業式で演奏できないの勿体無いね。部活も体育も、病院の先生に禁止されてるの?」
「うん…、しばらくは、無理しちゃダメだって」
「でも、もう1ヶ月くらい調子悪いままじゃない。長引きすぎじゃない? ちゃんとした医者にかかってるの?」
詮索なのか、心配してくれているのか。優香はわかりかねて、答えた。
「家の近所の、友井クリニックってとこで診てもらってるよ」
「あーそこ知ってる! そこの先生は浣腸好きだから、すぐ浣腸されるらしいってママが言ってたよ!」
思いがけない彩奈の言葉に、
「え……。そうなの?」
優香はギョッとして言葉に詰まった後、問い返した。
「うん、便秘だけじゃなくて、風邪で浣腸されちゃった人もいるんだって! 医者の趣味なんじゃない? 優香も浣腸された?」
「やだ、そんな大きな声で…。私は、されたことないよ」
優香は赤くなりながら、嘘をついた。
「そう。でも気をつけた方がいいかもよ」
「そっか。…されそうになったら、逃げ帰るね。今のところ大丈夫そうだけど」
優香は引きつった笑iいを浮かべ、冗談ぽく言ってごまかした。