傷跡(7) 苦悩(中学2年生3月)
「ガーゼはトイレに流さずにゴミ箱に捨ててくださいね。お尻に響くから、強く息まないでね。排便を終えたら、お尻は強く拭かないで、シャワートイレで軽く洗ってから、トイレットペーパーを優しく押し当てるようにして、水分だけ拭き取って出てきてください。おズボンとショーツはカゴに置いておきますね」
看護師さんは、優香にそう説明してトイレを離れた。
優香がトイレにこもっている間、かすかに排泄音が聞こえる診察室で、真斗は声を抑えて友井医師に相談していた。
「すみません…。痔になってしまったことが恥ずかしかったのか、何も言わないので、薬を使うように指示を受けていたことも、僕は知らなかったんです。痔になってしまったのは、この前のひどい下痢でオムツを使ったりしたせいでしょうか?」
「それも一因かもしれません。下痢が続いて肛門が炎症を起こしやすい状態だったところに、便秘の硬い便で裂傷になり、そこに便が付いて菌が入ってしまったのが、今回の悪化や高熱の原因ですね」
「…いつも、浣腸や坐薬を使う時に、自分でできないので手伝っているんですが、流石にオムツを替えられるのは抵抗が大きいかと思って、交換したり清潔にするのを手伝うことはせず、本人に任せていたんです。でも高熱と酷い下痢が続いたので、おそらく汚れたままになることもあって、炎症がひどくなってしまったのかもしれません…。本人の自尊心や羞恥心と、身体の負担とを考えると、どれくらい手伝ってあげるのがいいのか…」
「正解があるわけでもないので、難しい問題ですね。大人でも、自分で浣腸や坐薬を使うことができなくて、家族にしてもらう方は結構いますし、特に医療用の浣腸は長いチューブを挿入するので、慣れるまでは大人でも怖がる人も多いです。まだ中学生ですし、特に高熱の時などは、ご家族がしてあげた方が安心ですね。処置前後の手指衛生も、具合が悪いときに自分でするのは、身体の負担が大きいですし、おろそかにもなりがちです。ただ、強い羞恥心や抵抗感がある患者さんの場合は、手厚く介助してもらうことで、かえって心理的な負担が大きくなったり、自尊心を傷つけてしまう側面もあるでしょうね…」
友井医師はそう言って少し黙り、再び口を開いた。
「少し、立ち入ったことを伺いますが、優香さんのお母さんや、同性の姉妹は同居されてはいないんですか?」
「はい。二人だけです。優香の母親は、優香が小学6年生の時に僕の父親と再婚して、それからすぐに父の仕事の都合で、二人でシンガポールで暮らしています」
「そうだったんですね。では今は兄妹二人だけで?」
「はい。先生にお話しするようなことではないかもしれませんが、優香の母親は少しネグレクト気味なんです…。父の都合ではあるんですが、まだ小学生で身体の弱い優香を残してシンガポールに行ったまま、日本の家には年に数日帰ってくるだけで、普段は頻繁に連絡があるわけでもなくて。その分、母親の代わりは無理でも、僕ができるだけのことをしてあげたいと思っているんですが、普段から食事にも気をつけているつもりでも、なかなか体質を改善してあげることも出来なくて…」
「そうだったんですね…。優香さんにも以前同じようなことを言ったことがありますが、頑張りすぎると精神的なストレスも排便に影響するので、あまり根を詰めないで、できるだけ気楽にね。浣腸など、薬も使いながら、焦らずに治していきましょう。痔の治療の方針は、優香さんが戻ってから、私から説明します」
「佐伯さん、気分は悪くないですか」看護師さんがトイレのドアをノックして、優香に声をかけた。
「……大丈夫です」
「ゆっくりでいいですからね、お腹が落ち着いたら、お尻を流して。便器やトイレットペーパーを見て、出血しているようなら教えてくださいね」