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コンクール(4) 欠席(中学2年生2月)

 優香の体調は、なかなか回復しなかった。


 作用の強い下痢止めの使用を避け、代わりに処方された整腸剤には即効性はない。

 少量のおかゆや栄養ゼリーも、すぐに下してしまうきつい下痢の状態が続き、3日間、毎日午前中に友井クリニックで点滴をしてもらうことで栄養を摂っていた。


 ひどい時には数分おきに便意をもよおし、昼間はなんとか自力でトイレに通っていたが、点滴中や熱が上がる夜には、水のような下痢で何度もオムツを汚してしまう。


 そんな優香の通院と看病のため、真斗は大学もアルバイトも休んで付き添っていた。

 もともと華奢な優香の身体がさらに痩せ、頬もこけてげっそりとした姿は痛々しく、見ているだけでもつらくなってしまう。

 満足に寝ることもできないほどのきつい下痢で、優香は身体だけでなく心もまいってしまっているようだった。

 1時間近くトイレにこもり、ようやく出て来たと思ったら、数分後にはまた催して、トイレに逆戻りになるのだから無理も無い。


 優香のこもるトイレの中からは、水のような下痢の排泄音と、ハアハアという苦しげな息遣い、いつもの可愛らしい声とは違う低く絞り出すようなうめき声、そして時折、すすり泣く声が漏れ聞こえた。

「もういや……しんどいよお……お願い…もう止まって……もう…下痢…やだ……」


 真斗は、高熱の身体で何度もトイレとベッドを往復する優香を支え、脱水を起こさないようにこまめに水分を摂らせて、夜も何度も優香の寝室を訪れては、熱でぐっしょりと濡れたパジャマの着替えを用意したり、時にはタオルで身体を拭い、着替えるのを手伝った。


 それでも、トイレの中まで付き添って排泄中の介助をすることと、汚れたオムツを交換することは、さすがにためらわれ、また優香自身も一人でできると介助を拒んでいたので、その一線は超えずにいた。


 トイレから水下痢の排泄音に混じって、苦痛を伝えるうめき声と荒く乱れた呼吸の音、腹痛と下痢のつらさにすすり泣く声が聞こえる時には、何度も中に入って付き添ってやりたい衝動にも駆られた。しかし、自分自身も経験したことがないようなひどい下痢に苦しんでいる優香にかける言葉も見つからず、側にいたところでお腹をさすってやるぐらいしかできないので、それなら優香の尊厳を守って、排泄中の姿は見ない方がいいと思いなおした。


 だから、トイレとベッドを頻繁に往復する優香の身体を支え、ゴミ袋に汚れたオムツが溜まったままになってしまわないように、トイレと寝室に行くたびに確認して片付けることに徹していた。


 一番の負担は排泄に関することだったが、それ以外にも世話をする必要は多々あった。

 朝は、おかゆと番茶を用意して寝室の優香に運び、少しずつ時間をかけて食させる。そして、片付けた後は、お白湯と整腸剤を用意して飲ませ、病院に付き添う前に、優香の学校に欠席の連絡を入れなくてはならなかった。

 優香の具合を心配して、症状を尋ねる木下先生に、夜になるとぶり返す高熱や、改善の兆しが見えない水下痢の状態について報告するのだった。


 木曜日の夕方。残りがわずかになったオムツやお尻拭き、消臭用品などを買い足すため真斗は買い物に出た。

 大きな荷物を抱えて買い物から戻り、優香が寝室で眠っていることを確認した真斗が、リビングで荷物を片付けている時、不意にインターホンが鳴った。

 画面を確認すると、そこに映っていたのは、何度も遊びに来ているので真斗も知っている茉莉果の姿だった。

 4日間も学校を欠席している優香を心配して、優香の好きなプリンを持ってお見舞いにきてくれたのだった。


 優香は会えそうになかったが、それでもよければと、真斗は茉莉果を家に通した。

 せっかくお見舞いにきてくれたのをむげには返せなかったし、土曜日から大学もバイトも休んで優香の看病に明け暮れていたため、少し誰かと話したい気持ちもあった。


 茉莉果が差し出したプリンを見て、真斗は言った。

「わざわざありがとう。でもせっかくだけど、優香は今、食べられそうにないから、良かったら茉莉果ちゃんが食べて行って。今紅茶でも淹れるから」

 真斗は茉莉果をリビングに通し、キッチンで紅茶とプリンを準備した。


 茉莉果は真斗を待つ間、案内されたリビングのソファに腰掛け、ぼんやりと部屋を眺めていたが、ふと壁際に置かれた紙オムツの大きな袋が目に入った。

 詮索するのはよくないと思いつつも、気になって近づくと、紙オムツの他に、赤ちゃんに使うようなお尻拭きのシートや、消臭剤、そして壁際の棚には「グリセリン浣腸」と印刷された袋に包まれた、長いノズルのついた丸く透明の容器が大量に積まれていた。それは、以前お手洗いの前で見てしまったものと同じだった。


 お盆に紅茶のカップとシュガーポット、プリン、スプーンを載せてリビングに戻った真斗は、壁際に立っている茉莉果と、その視線の先にあるものを見て、オムツや浣腸を見えないようにしておくべきだったと気づいたが、隠すにはすでに遅かった。


「あの…優香の具合って、すごく悪いんですか…?」

 深刻な顔で聞く茉莉果の視線の先には、買ってきたばかりの大量の紙オムツがあった。


「ちょっとお腹をこわしていて…。夜ゆっくりと眠れるように、念のために使っているんだ。意識ははっきりしているし、起き上がって自力でトイレも行けるんだけど、念のためにね…。あまり心配しないで。優香は体質の問題で、強い薬を使えないから、回復にちょっと時間がかかっているけど、疲れでお腹をこわしているだけだから…。優香が恥ずかしがると思うから、オムツのことは見なかったことにしてあげてくれるかな?」

 茉莉果は優香の体調を思って、硬い表情のまま頷いた。


「リビングに散らかしていて茉莉果ちゃんに見られたと知ったら、僕が優香に怒られるから」

 重くなってしまった空気を和らげようと、真斗は冗談ぽく言ったが、茉莉果の表情は硬いままだった。

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