手紙(2) 露呈(中学2年生10月)
部活を終え、準備室に楽器を戻した優香が、茉莉果と一緒に部室を出ようとした時、木下先生が追いかけてきて、優香を呼び止めた。
「佐伯、話があるから、少しだけ残れるかな?」
優香は怪訝に思ったが「はい」と頷いて、茉莉果に「ごめん、先に帰ってて」と声をかけると、木下先生に手招きされるまま部室に戻った。
木下先生は、人気がなくなった準備室に優香を招き入れると、
「実はさっき、準備室にこれが落ちていて。誰のものかわからなかったから、中を読んでしまったんだけど」
と言うと、三つ折りにした用紙を取り出した。
優香はそれが何かわからず、手にとって広げた。
その瞬間、優香は自分の顔から血が引いて行くのがわかった。
その紙は、今朝真斗に書いてもらった友井医師宛の手紙だった。
カバンに入れていたはずが、何かの拍子に落としてしまったのだろうか。
手紙には、真斗の文字でこうしたためられていた。
友井先生
いつも妹がお世話になっております。
通学、部活動に配慮していただき、診療時間外にもかかわらず、毎週診察と処置をしていただいて、大変感謝しております。
また、以前処方していただいたグリセリン浣腸は、熱を出した時に使用すると解熱の効果があり、重宝しました。先日、体育祭の日にも、帰宅して発熱しましたが、早めに浣腸で解熱できたため、すぐに回復することができ、妹も喜んでいました。
以前に処方いただいた分を使い切ってしまいましたので、発熱や腹痛に備えて自宅に常備するため、またいくつか処方いただけないでしょうか。
よろしくお願いいたします。 佐伯真斗
「毎週部活の後で病院に通っているのか?」
木下先生は聞いた。
毎週通院していることに加えて、家で頻繁に熱を出したり腹痛の症状があり、浣腸して対処していることがうかがえる文面に、優香の体調を心配していた。
「はい…」
「体調が悪い?」
「…病院で処置をしてもらっているので、大丈夫です」
「そうか…」木下先生は少し黙った後、
「実は、次のコンクールの課題曲、ソロのパートを佐伯に任せたいと思ってる。でも練習も今以上に必要になるし、身体の負担になるようなら」
「やらせてください!」優香は木下先生が言い終わる前に答えた。
「そうか、じゃあ佐伯に任せよう。でも、くれぐれも、無理はしすぎないように」
「はい」
「通院は何曜日?」
「今日です…。それで手紙を持って行こうとしていて…」
「そうか。引き止めて遅くなってしまったな。病院まで車で送ろう」
「大丈夫です」
優香は断ったが、木下先生はもう帰るところだからと言って、友井クリニックまで送ってくれた。
木下先生は、クリニックの前で車を停めると
「診察が終わるまでここで待っているよ、家まで送ろう」と言ってくれたが、
「処置に時間がかかるし、家はすぐそこなので大丈夫です」と優香は断った。
浣腸を受けた後は、お腹が大きな音でなったり、不意にガスが出たり、急に渋ってトイレに行きたくなって、コンビニのトイレに駆け込むこともある。そんな状態で木下先生と一緒に帰ることはできない。
優香はお礼を言って車を降りると、クリニックの玄関を入った。