合宿(6) 病院で(中学2年生5月)
直腸(肛門)診の描写があります。
翌朝。
優香は真斗に付き添われて、友井クリニックの診察室にいた。
昨晩真斗の手で施された坐薬が効いたのか、優香の熱は37度2分まで下がっていた。
それでもやはり、食べ物は全く口にできず、水さえも吐き出しそうになるのを、どうにか喉に流し込む状態だった。
真斗は、一昨日の晩に優香が合宿先で発熱して嘔吐し、救急病院に運ばれて点滴と坐薬の処置を受けたこと、昨日も熱が下がらず、朝と昼に解熱の坐薬を使いながら帰宅したこと、帰宅後も夜に熱が上がって再度使用して、病院外でも計3回坐薬を使っていることを説明した。
「昨晩、坐薬を入れたのは何時頃ですか?」友井医師の問いかけに、
「深夜12時過ぎです。便秘の治療のことがあるので、薬は先生の判断を仰いでからと思ったんですが、熱で苦しんで、あまりに辛そうだったので見ていられなくて…。でも坐薬が効いたのか、坐薬をする前に計った時は39度を超えていたんですが、今朝は7度2分まで下がりました。ただ熱が下がっても、朝からも何も食事を受け付けなくて」
そう言って、真斗は家から持参した薬を友井医師に手渡した。
袋に入った内服薬と、坐薬は持ち歩くと溶けてしまうので、昨晩使って空になったパウチに薬名が印刷されていたものを持参していた。
「内服薬の方は、食後ということだったんですが、昨日から水以外何も受け付けないので、飲ませようにも飲ませられるタイミングもなくて」
「内服の方は、消化を助けるための薬ですね。坐薬は鎮静・解熱作用です。まず聴診しますね。奥のベッドへ」
友井医師の指示に、真斗は優香が診察台に上がって横たわるのを介助した。
優香のシャツがめくられ、お腹に聴診器が当てられて行く。
「食欲は全然ない? 胃は動いているようだけど…。では直腸を診ますね」
友井医師の指示に、看護師さんが手際よく優香の身体の向きを変えて、腰にタオルを広げ、
「失礼しますね」
タオルの下で、ショーツが下ろされて直腸診の準備が進められる。
いつものように、直腸診をしながら、優香の様子がおかしいことに、友井医師は気づいていた。
問診、聴診の間も、感情を失ってしまったような、どこかぼんやりして魂が抜けたような様子が気になったが、何より違うのが、直腸診での様子だった。
いつもは羞恥心と緊張から身体を強張らせ、肛門を硬く閉じてしまって、指を入れられる痛みで、苦痛と羞恥が混じった切ない声を上げてしまう優香だったが、今日はほとんど反応がなかった。
生気のない優香の身体は、だらんと力が抜け、皮肉なことに、直腸診はいつもよりスムーズに進んだ。
「合宿の間、お通じは?」
優香は、ただ無言でゆっくりと首を横に振った。
いつもと違う環境、慌ただしいスケジュール、緊張感。そんな中、同級生たちと過ごす大部屋や誰と出くわすかわからない廊下のトイレで、優香が自然に排便できるわけもなかった。
優香の直腸には、確かに4日間の便が溜まり、固くなってしまってはいたが、そのうち2日はほとんど食事が摂れていないので、詰まっている量で判断すると、それほどひどい状態ではなかった。
いつも、もっとパンパンに張ってしまったお腹で来院する優香が、この程度の便秘が苦痛で完全に食欲をなくしてしまうとは考えにくかったが、とりあえず直腸で固まってしまっている便秘は解消しておく必要がある。
友井医師は看護師にグリセリン浣腸を指示した。
自分に背を向ける格好で横たわった優香の顔を、診察台越しにのぞきこむようにしながら、
「合宿で、何か嫌なことがあった?」
友井医師が聞くと、表情を失っていた優香の顔に一瞬感情が戻り、驚いたような困ったような表情になったかと思うと、目にはじんわりと涙が滲んできた。
「フルートが嫌になってしまった?」
優香は泣き出してしまわないように、唇を噛むようにして首を振った。
「そうか。それなら良かった。嫌なことがあったなら、良くもないか」
友井医師は自分で言ってから少し笑って、その言い方が可笑しくて、優香も泣き笑いのような表情になった。
看護師さんが、トレイにディスポーザブルのグリセリン浣腸と、手袋、潤滑剤、消毒液、使用済みの容器や手袋を処分するための袋など、浣腸の処置に必要なものを準備して戻ってきた。
「こっちはいいから、ファイルを整理しておいてください」
友井医師は看護師さんに言って、優香への浣腸の処置を看護師さんには任せず、自分が行うことにした。
「浣腸ですっきりしたら、すぐに元気になるからね」
優香にそう声をかけて、浣腸の準備をはじめた。