新しい薬(3)(中学3年生8月)
直腸診、駆風浣腸の描写があります。
退院から5日が過ぎ、優香は総合病院から出された紹介状と、処方された薬名が印刷された紙を持って、真斗に付き添われて友井クリニックを受診した。
優香が腸炎による激しい下痢と腹痛で倒れ、入院していたことを知ると、友井医師は「大変だったね」といたわった。
「退院してから、調子はどうですか?」
「お腹は、こわしてないけど、ズーンと重くて、ずっと張っている感じがして…。
飲み薬は、1日2包から3包に増やしたんですけど、飲み薬だけじゃ、出なくて…」
苦しげにお腹に手を当てて、言葉を濁した優香の言葉を継ぐように、真斗が続けた。
「排便がないので、病院の指示で2日おきに便秘用の坐薬を挿れて。
それでも出ないので、結局、毎回坐薬の後、少し時間を置いて浣腸しています。
いつも、坐薬がなかなか入らなくて…。ワセリンを多めに使ったり、肛門をマッサージしたり、工夫をしても効果がなくて、かなり痛がるので、挿れるのがかわいそうで…。
頑張って挿れても、坐薬ではガスが出るだけで、排便できずに苦しむので、余計に。
浣腸は、坐薬ほどつらくはなさそうなので、せめて浣腸だけにしてやりたいのですが」
「そうですか…。診察台で、まずお腹を診ますね」
優香は、診察台に仰向けになり、お腹の触診と聴診を受けた。
トントンとお腹を指で叩くように診察され、
「ガスがたくさん溜まっていますね」
と指摘された。
恥ずかしさで身体を固くしているところに、
「お尻の状態を診ます」
覚悟していた、肛門診と直腸診が告げられた。
「ズボンとショーツを下ろして、お尻を出して、壁のほうを向いて身体を丸めてくださいね」
優香は、看護師さんに指示され、かけてもらったタオルの下で、もぞもぞとズボンとショーツを下ろした。
そして、横向きになり、ぐっとお尻を突き出す直腸診のポーズになった。
「失礼します」
友井医師の声がして、すぐにタオルが半分めくられ、むき出しになったお尻が、大きく割り広げられた。
「ちょっと冷たいよ」
お尻の割れ目が奥まで開かれて、お尻の穴まで剥き出しになったのがわかる。
無防備に曝け出された肛門に、ひやっとする感触があり、強くマッサージするようにグリグリと刺激された。
「うっ…!う…うー…」
恥ずかしさと不快感で、優香は思わずうめき声を漏らしながら、身体を固くした。
「力を抜いてね。お腹からゆっくり息を吐いて」
「はーーー…」
必死で息を吐いていると、お尻の穴にヌルリとした気持ちの悪い感触と、硬い異物感があった。
「うっ…!」
「少しの間、頑張って息んで。息んだら肛門が開くからね」
「…うっ……うーーん……うーーん…」
お尻の中をグリグリと掻き回し、押さえられるような痛みと不快感の中、優香は恥ずかしさを堪えて必死で息んだ。
「う……うーーん、うーーーん…!」
もう一度、グリグリと刺激され、気が遠くなりそうになった時、友井医師の声が聞こえた。
「よく頑張ったね。はい、抜きます」
ヌルリとした感触と共に、優香の肛門に挿し入れられていた、ゴム手袋をつけた医師の指が抜かれた。
「溜まっているガスを出しておきましょう。ガス抜きの浣腸をするので、まだそのままの姿勢で」
直腸診から解放され、ホッとしたのも束の間、思いがけない浣腸の宣告に、優香は目に涙を浮かべながら言った。
「浣腸…!? 昨日も、家で浣腸したばかりなのに…」
「いつものグリセリン浣腸ではなくて、駆風浣腸といって、溜まっているガスを出すための浣腸をします。チューブだけで、薬は入れないからお腹は痛くならないし、ガスが出て身体も楽になるからね。ガスが溜まってお腹が随分張っているから、このままだとしんどいし、便秘も余計にひどくなるから、一度ガスを出してしまわないと」
優香が友井医師に説得されている間に、看護師さんは手際よく準備を整えていった。
「お尻の下にマットを入れますね。
はい、これから駆風浣腸しますよ。お尻からチューブを入れるので、動かないで楽にしていてください。
お尻の力を抜いて、口から息を吐いてー」
看護師さんの指示に従うと、以前、ぬるま湯の浣腸をした時のような、グニャリとした感触がお尻の中へと入っていった。
「少しお腹を押さえるよ」
友井医師の手で下腹を圧迫されると、ガスが動く感覚とお尻からガスが抜けていく気配があって、背後からブクブクという音が聞こえた。
優香は、見えていない自分の背後で起こっていることを、なんとなく理解した。
「くふう浣腸」というのは、お尻にチューブだけを入れる浣腸で、チューブの反対側の出口は水の入った容器に浸されている。お腹に溜まったガスが出て、ブクブクと音を立てていて、みんなにその様子を見守られている…。
お尻にチューブを挿されて、おならがたくさん出ている様子を、ずっと見られているんだ…。
恥ずかしい…。
それに、お尻もむずむずして気持ち悪い…。
一刻も早く終わってほしいと思う優香の願いとは裏腹に、お腹に溜まった大量のガスを放出するための駆風浣腸の処置は、その後数分間にわたって続いた。
「たくさん出たから、スッキリしたでしょう。お尻のチューブを抜きますね」
肛門に滑るような刺激があり、シュポンという音を立ててチューブが抜かれた。
「ガーゼでお尻を拭きますね」
ようやく溜まっていたガスを出し切り、看護師さんにお尻を拭ってもらって、下ろしていた衣服を整えると、優香は診察台に起き上がった。
「お腹は、動きが鈍くなっていますね。入院と静養で、運動不足になっているせいもあるかもしれません。
腸炎はもう治まっているので、無理のない範囲で、軽い運動をしてもいいですよ」
「軽い運動…。
夏休みの間、毎日部活の練習があるので、参加してもいいですか?」
秋の体育祭での演奏を最後に、3年生は引退するので、吹奏楽部の活動ができるのもあと僅かな間だった。
茉莉果にも誘われていて、優香は練習に参加したい気持ちはあるものの、すっかり体力が落ちてしまっているのと、無理をしてまた体調を崩してしまうのが怖くて、部活に復帰することを躊躇っていたのだった。
「登校して適度に身体を動かすのは、便秘の解消のためにもいいですよ。ただ、あまり無理をしすぎないようにね」
「はい」
練習に参加しても良いというお墨付きを得て、優香はお尻に残る不快感も忘れ、明るい声で返事をした。
「ガスを抜いたので、お腹は随分楽になったでしょう。動きも良くなると思います。
問題はお尻ですね。
ひどい下痢や便秘を繰り返しているので、肛門が何度も切れてダメージを受けて、そのせいで硬く、狭くなってしまっています」
「肛門が狭く…。坐薬が挿れにくかったり、ひどく痛がるのも、そのせいでしょうか?」
心配げに真斗が聞いた。
「そうですね。坐薬の摩擦と灼熱感で、余計に痛むんでしょう。
この状態がもっとひどくなると、排便自体が困難になってしまいます。そうなると、肛門に棒のような器具を入れて、肛門を拡げる治療が必要になります」
お尻に器具を入れて拡げる…!?
あまりの恐怖と羞恥で、優香はさっきまでの楽しい気分も吹き飛び、思わずビクッとして身体をこわばらせた。
優香の様子に気付いた友井医師は、
「大丈夫だよ。
今はまだ、そこまで狭くなってはいないから、ちょうど良い硬さの便をすることで、自然と肛門を拡げる訓練になるからね。
だから、肛門に負担がかかるような、ひどい下痢や便秘をしないように、内服薬で調整して、出ないときは無理せず、早めに坐薬と浣腸も使って、排便の習慣を整えるように、頑張りましょう」
と、優しく言った。
「浣腸する前に、先に坐薬を使った方がいいんでしょうか?」
優香が坐薬を痛がることを気にかけている真斗は、なんとか坐薬を使わずに済ませられないかと、友井医師に質問した。
「そうですね。
坐薬の方が、自然な排便に近い状態の便が出るので、肛門の訓練のためには、しばらくは坐薬で出す努力をするのが望ましいです。
浣腸すると、どうしても表面がベトベトした柔らかい便になりますし、勢いよく出過ぎて肛門への負担が大きくなってしまうので。もちろん、便秘が続く方が良くないので、まず坐薬を使って頑張ってみて、それでも出ない時は、あまり無理せずに浣腸してください」
肛門の訓練…。
優香は、おまるに座って、トイレトレーニングをする小さな子供を連想した。
自分が肛門の訓練が必要と診断されたことが、惨めで恥ずかしく、俯いて黙りこくっている優香の代わりに、真斗はもう一つ質問をした。
「内服薬を、もう少し増やしたほうがいいでしょうか?」
「効き目が出るまでに時間がかかることがあるので、もう少し今の用量で様子を見ましょう。
増やし過ぎると、便が緩くなりすぎて止まらなくなってしまうことがあるので。そうなってしまうと、今度は飲むのを止めても、しばらく止まらなかったり。
この薬は、なかなか適量を見極めるのが難しい薬なので、慎重に使いましょう」
便が、止まらなくなる…。
優香は恐怖を覚え、縋るように、真斗と友井医師の顔を交互に見た。
「用量に気をつければ大丈夫だからね。
無理ない用量で続けて、坐薬と浣腸も使いながら、排便をコントロールしましょう。坐薬が痛いようなら、お風呂にゆっくり浸かったり、座浴をした後で、肛門周りをしっかりマッサージして、お尻を十分ほぐしてから使ってください。
坐薬と肛門の両方に、ワセリンやクリームをたっぷり塗って、坐薬は挿れる前に手のひらで少し温めてから挿れてあげると、不快感が和らぎます。
気長にね。お大事に」
肛門に器具を入れて、拡げる治療。
肛門の訓練。
座浴と肛門のマッサージ。
飲み過ぎると便が止まらなくなる薬…。
たくさんの恥ずかしい言葉と診断に、優香は頬を赤らめてうつむいたまま、小声で「はい…」というのが精一杯だった。