悪夢(8)(中学3年生7月)
排泄の描写があります。
「それでね、そしたら後から未央も来て……」
茉莉果が聞かせてくれる学校や吹奏楽部の話を楽しく聞きながらも、優香はやはり、さっき茉莉果に浣腸の様子を目撃されてしまったことが気になっていた。
茉莉果、私が浣腸されているところだったって、きっと気づいたよね…?
わからないはずない。
お尻を丸出しにして突き出した、惨めで恥ずかしい格好をして、お尻の穴まで看護師さんに開かれて、今にもノズルを挿されようとしていたんだから……。
ワゴンの差し込み便器。あのおまるみたいな容器も、見えてしまったかな…?
自力でトイレも行けなくて、ベッドに寝たまま、ここで排泄して、看護師さんに出したものを見られて、汚れたお尻を拭いてもらって……。
そんなことも、全部全部わかってしまったかな…?
きっと気づくし、気になるよね……。
でも、気を遣って、聞かないでいてくれる。
私が何の病気で入院してるのかも、茉莉果は聞いてこないけれど、どれくらい知ってるんだろう。
プールでお腹が痛くなって倒れて、救急車で運ばれたこと。
入院してからは、下痢が止まらず、起き上がることもできずに、オムツをあててもらって、一日中ベッドで点滴をしていたこと…。
プールで倒れた時のことは、自分でもよく思い出せない。
泳いでいたらお腹が痛くなって、急いでプールから上がった記憶はあるけど、その後は…?
お腹を壊して倒れたってこと、入院もしてること、学校のみんなにも知れ渡ってしまっているのかな…。
下痢で入院したなんて、みんなに知られたらどうしよう。恥ずかしい……。
その時、優香のお腹の奥の方がギュルリと蠢いた。
グルっ…! ゴロゴロ…ギュリュギュルギュル……グリュっ……
突然お腹がズシンと重くなるような痛みが走り、優香は咄嗟に下腹を押さえた。
バリっ!!
え…?
紙が破れるような大きな音がしたと思った瞬間。
肛門がじゅんわりと熱くなり、嫌な臭いが広がった。
ビチュっ! ブリュッブリューーーーーーーー、ブリュッ。ブチッ! グチューーーー……
なにこれ…? どうして? まさか、漏らしてしまった……?
自分でも状況がわからないまま、熱く緩い下痢便がお尻を汚してショーツから溢れ、パジャマの中で太ももや膝まで広がっていく。
「嘘……。嫌だ…いやーーー!!」
混乱して泣き出した優香の様子に驚きながらも、茉莉果は、
「具合が悪くなちゃった!? お腹が痛い?」
ベッドで上体を起こした姿で震えている優香に駆け寄り、お腹をさすった。
「しんどい?
ごめんね…、お腹痛かったのに気づかなくて。
看護師さん呼ぼう。私、お兄さん呼んでくるね」
真斗が急いで優香の病室に戻ると、優香はベッドの上で三角座りするように膝を立て、立てた膝の上に顔を伏せて、肩を震わせて泣いていた、
パジャマのズボンの尻の辺りが茶色く染まり、シーツにもべったりと広がってしまっている。
そこに看護師さんも駆けつけた。
「佐伯さん、急に出ちゃって間に合わなかった?
さっき浣腸した残りが出ちゃったのかな。まだまだ出そう?」
優香は答えずに、ベッドの上で震えながら、顔を覆って泣きじゃくっている。
「一度、ポータブルトイレに座りましょう。
その間に、シーツと毛布変えますからね。
パジャマ、上も汚れちゃってるから全部着替えましょう。着替えありますか?
下は、しばらくオムツにした方が良さそうですね」
真斗が新しいパジャマとオムツを用意する間に、看護師さんは汚れてしまったパジャマを脱がせ、ベッド脇のポータブルトイレに誘導した。
「まだ出そうかな? 出そうなら、全部出しちゃおう。
ゆっくりでいいからね。
もう出ない? 全部出たかな?
じゃあ、お湯できれいにしましょう」
看護師さんは、軟便まみれになった優香の下半身を、洗浄用のお湯で流し、きれいに拭き清めてくれた。
「お腹が落ち着くまで、しばらくリハビリパンツ穿いておきましょうね。今だけだからね。
はい、片足ずつ上げて、ここに足を通して」
看護師さんは、ポータブルトイレに座る優香の足元にかがみ込むと、お腹周りと足回りのギャザーを広げ、オムツを穿くのを手伝ってくれた。
おへそまですっぽりと覆うパンツ型の紙オムツを穿き、その上からパジャマのズボンを穿いて、お腹が冷えないように上衣はズボンの中にたくし入れ、お腹をしっかりと覆う。
汚れたものを片付けて看護師さんが病室を去り、涙で汚れた顔を真斗に拭ってもらうと、優香はしゃくり上げるのをやめ、ようやく落ち着いたようだった。
「お腹は大丈夫? 痛くない?」
「うん……。さっきも、それまで別に痛くなかったのに、急に、痛くなって……下って。
びっくりして、我慢する前に……出ちゃって…。
ごめんなさい」
「謝らなくていい。びっくりしたね」
真斗は優香の頭を撫でながら言った。
「茉莉果ちゃんが、走って呼びに来てくれたんだ。
まだ心配して廊下で待っていてくれてると思うから、見てくるね。
もう一度、ここに来てもらって、話せそう? 今はしんどい?」
「……話したい」
「ごめんね……。せっかく来てもらったのに、待たせてばかりで…。
それに……こんなみっともないところばっかり見せちゃって」
カーテンから心配げな顔を覗かせた茉莉果に、優香は言った。
「そんなこと…。私こそごめん。
優香具合悪かったのに、気づかなくて。
私、久しぶりに会えて楽しかったから、ついいっぱい喋っちゃって。疲れたでしょ?」
「ううん。私も楽しかったよ。
でも、急にお腹が動いて、自分でもどうなったのかよくわからなくて、びっくりしちゃって」
優香はオムツとパジャマで何重にも覆われた下腹に、無意識に手をあててさすった。
「お腹、大丈夫? まだ痛い?」
「ううん。もう大丈夫。
さっきも、別に痛くはなかったんだけど…急に。お薬、使ったせいかな……」
優香はまだ下腹に手を添えながら、恥ずかしげに続けた。
「実はね……さっき、茉莉果が最初に来てくれた時……浣腸…してもらってたの。
……浣腸…すると、全部出たと思っても、その後しばらく経ってから、またお腹が痛くなったり、急に出ちゃうことがあるんだ…。
今日は、今までしたことないような……大きな浣腸…したから、余計に……」
浣腸という言葉を口にすることに抵抗がある優香は、躊躇いながら、小声で言った。
「そっか。大変だったね…。
お腹は今は落ち着いた? また出そうになったら、遠慮せずにすぐに言ってね」
「うん、ありがとう。
……私も茉莉果みたいに、お腹痛いとか、出そうとか…、サバサバ明るく言えたらいいんだけど。
なんか言えなくて……」
「何ー? それじゃあまるで、私が恥じらいがないみたいじゃない。
まあ、本当にそうだけど」
茉莉果が笑って言った。
「そんなつもりじゃ……。
多分、私がおかしいんだよね。私、お腹が弱いから……すぐお腹……壊したり、反対に出なかったり、お腹の具合が悪いことが多くて……。
でも、いつも、恥ずかしくて、あまり言えなくて……。
病院や薬局とかでも、はっきり言えなかったり。それで、我慢して余計に悪化して…。
……便秘がひどい時は、…浣腸しないといけなくて…、実は……普段から時々…してるんだけど……。
恥ずかしいから、そんなこと知られたくなくて……。
前に、薬局の人に、大きな声で浣腸のやり方を説明されて、恥ずかしすぎて、その薬局に行けなくなっちゃったり。
多分、私が気にしすぎで、ちょっと変だよね……?」
「変ではないよ。恥ずかしいものは恥ずかしいよね。
必要な治療をしてるだけなんだから、別に隠さなくてもいいと私は思うけど。
でも優香が急にカンチョーとか下痢ピーとか堂々と口にしたら、それはそれでみんな驚くだろうしなあ。無理しなくても、言いたくないなら言わなくていいんだよ。
優香はちょっと恥ずかしがり屋で、おしとやかなところが可愛いんだし」
「そう……?」
「そうだよ。でも、体調悪い時とか、みんなには言いたくなくても、できるだけ私には言ってね。
絶対に誰にも言いふらさないから。部活も、無理しない範囲でまたおいでよ。
しんどくならないように、私を頼って」
「ありがとう」
優香が目に涙を浮かべると、
「いいね。なんか、友情だね。青春みたいだね!」
と茉莉果が言って、二人で笑った。