悪夢(7)(中学3年生7月)
排泄の描写があります。
病室から出た真斗は、すぐに廊下に茉莉果の背中を見つけて、声をかけた。
「茉莉果ちゃん! 優香のお見舞いに来てくれたの?」
茉莉果はちょっと驚いた様子で振り返ると、
「こんにちは。
はい……。心配だったので。
優香の顔を見て話せたら、と思って来たんですけど…タイミングが悪かったみたいで……。
また別の日に出直します」
右手に持った可愛らしい小さな花束に目を落としながら、茉莉果は言った。
「時間が大丈夫なら、飲み物を買ってくるから、そこのソファーに座って、少し待っていてあげてくれるかな?
優香は、今処置をしてもらっていて、処置が終わってから落ち着くまで、半時間ほどかかると思うけど、よかったらその後で、会ってあげてもらえないかな」
「私は、大丈夫ですけど、優香は…」
「処置の後、具合が悪くならなかったらだけど。
せっかく来てもらったし、今日会った方がいいんじゃないかと思って。
たぶん、日にちが空いた方が、気まずくなってしまいそうだから」
「じゃあ、ここで待ってます。あの……優香の具合、随分悪いんですか?」
茉莉果は躊躇いがちに訊いた。
ベッドの脇に差し込み便器まで用意されて、市販の物とは比べ物にならない大きさの医療用浣腸の処置を受けている姿を目の当たりにしたのだから、心配するのも無理はない。
「腸炎を起こしていて、治療で炎症は治まったんだけど、優香は元々お腹が弱いから、下痢を止めるための治療で、今度はお腹が動かなくなって固まってしまって…。
今、お腹を動かすための処置をしてもらっていてね、
つらい処置だから、かわいそうなんだけど。でもこれでお腹が動いたら身体も楽になるし、茉莉果ちゃんと離したら気分も晴れると思う」
真斗が病室に戻ると、ベッドを区切ったカーテン越しに、優香のはあはあという荒い息遣いと、苦しげに息む声が漏れていた。
そっとカーテンを開けると、優香はベッドの上で上体を起こし、下腹に手を当てて身体を丸めていた。
臭いはなく、便はまだ出ていないらしい。
「出そう…?」
優香は顔を歪めて頷き、「んーー…」と苦しげにうめきながら、股間を覆ったタオルの下に手を入れて、尻の辺りでモゾモゾと手を動かした。
「どうしたの? 気持ち悪い?」
タオルを少しめくり、優香がモゾモゾとさせている辺りを見ると、尻と差し込み便器の間に、分厚いペーパーが何枚も重ねて挟まっている。
「…栓みたいに、なってて……」
優香の腰の下に手を入れて、尻を少し浮かしてみると、重ねたペーパーが栓のようになり、肛門を塞いでいるのが見えた。
「外すよ」
真斗は、差し込み便器と優香の尻の下の隙間に手を入れて、ペーパーをつまんで引っ張り、優香の肛門から抜き取ると、差し込み便器に落とした。
再び差し込み便器を、肛門が中心にくるようにピッタリと尻にあてがって、
「もう大丈夫だよ」
真斗が言うのと同時に、
ブシュッ…ぶしゅーーーーー。
優香は差し込み便器に向けて大量の浣腸液を勢いよく噴射させた。そしてその後には、ガスの混じった激しい排泄音が響いた。
ブリュっ、グチュっ…グチュっ…グチューーーー。
溜まっていた便が、勢いよく差し込み便器に向けて噴き出していく音が、長く響いた。
「…うっ…ぅ。はぁはぁはぁ……痛い……」
激しい排泄と、お腹が渋って出ずに苦しむ時間を、何度も繰り返す優香の下腹を、真斗はさすり続けた。
やがて、
ブチュッ……ブチュブチュ…ブリュッ……ブリュッーー……ブシューーーーーーーー。
一際大きな排泄音が続いた後で、長く水っぽいガスの音を響かせると、優香は穏やかな表情を浮かべて静かになった。
「スッキリした? もう出なさそう?」
頬を少し上気させて頷いた優香の下腹から、ぽっこりとした固い張りはなくなっていた。
ナースコールをして、排便が済んだことを報告する。
「よかったね。いい便が、たくさん出てるよ。スッキリしたでしょう」
差し込み便器を満たした便を確認すると、看護師さんは言った。
「こんなに溜め込んでいたら、つらかったでしょう……。
今は、お腹が苦しいのは治まった?」
「…はい」
優香は頬を少し赤らめて、恥ずかしげに答えた。
「お尻を拭くので、もう一度、横向きになりましょうね」
マットの上にお尻がくるように、横向きになって膝を曲げ、お尻を突き出して、看護師さんに拭いてもらう。
「気持ち悪くない? 肛門も痛んでないですか?」
「…はい」
片付けを終えた看護師さんが病室から去るのを待って、真斗は優香に言った。
「茉莉果ちゃん、さっきお見舞いに来てくれて、廊下のソファーで待ってくれてるんだ。会って話せる?」
浣腸の場面を見られた気まずさで拒絶するかもしれない、と危惧していたが、優香は少しだけためらった後、意外にも、
「待ってくれてたんだ。……うん、話したい」
と答えた。
「優香、久しぶり。
1週間も話せないことなんてなかったから、心配だったし寂しかったよ。具合どう?」
「もう大分良くなったよ。来てくれてありがとう…。
でも、お風呂に入ってないから、髪がベタベタで恥ずかしい…。ペシャンコで汚いでしょ」
「ううん。全然汚く見えないよ。元気そうになっててよかった」
気まずくなることもなく、話し出した二人の様子に、
「お花ありがとう。花瓶に入れてくるから、二人でゆっくり話していて」
真斗はそう言うと。以前にお見舞いに来た木下先生にもらった花が萎れた後、空になっていた花瓶を持って咳を外した。
真斗は、廊下の水道で花瓶を洗って新しい花を挿した後、二人が気兼ねなくゆっくり話せるようにと、すぐには病室に戻らずに、ソファーに腰掛けて、テーブルに置いた生けたばかりの花を眺めていた。
オレンジ色のガーベラ。薄いピンクの小さな花は何という花だったか……。
ふと、遠くからパタパタと廊下を走る音が聞こえ、だんだん近づいてくる方に顔を向けると、そこには息を切らした茉莉果の姿があった。
「あ!お兄さん。優香が……具合が悪くなってしまって!」
茉莉果は不安げな顔に涙を浮かべて言った。
「私がいけなかったんです……。
多分、お腹の具合が悪かったのに、私が気づけなくて。ずっと話し続けてしまっていたから、きっと、優香はトイレに行きたいって言い出せなくて、急に……」