悪夢(4)(中学3年生7月)
直腸診、オムツ、下痢排泄の描写があります。
木下先生を廊下まで送って、真斗が優香の元に戻ると、優香はポータブル便器にしゃがみ込み、まだ止まらない下痢に苦しんでいた。
俯いた顔は横髪で隠されて、はっきりと見えないが、髪の間からでもわかる涙と、激しい排泄音に混じるしゃくり上げるような声で、優香が泣いているのは、はっきりとわかった。
可哀想なその姿に、入院2日目の朝の光景がオーバーラップした。
朝の回診で、腹部を中心に触診や聴診を受けた後、優香はオムツを外され、肛門と直腸の診察を受けることになった。
「佐伯さん、肛門の診察の間だけ、オムツ開けますね」
看護師さんはそう声をかけると、優香の腰の下にマットを広げた。朝から着替えさせたばかりの優香のパジャマのズボンが下げられて、白く細い脚と、分厚いオムツがむき出しになる。
仰向けに寝た優香の脚が広がられ、サイドテープをベリベリべリッと剥がす音がして、オムツが開けられた。
交換したばかりのオムツは幸いにもまだ汚れていなかったが、肛門部を覆うようにオムツに重ねた軟便パットには、既に薄い茶色のシミが広がっていた。
看護師さんは汚れた軟便パットを処理すると、優香の身体を横向きにして、優香のお尻を拭い、そのまま尻を突き出した直聴診のポーズをとらせた。
割れ目を広げるように尻肉がぐっと持ち上げられ、白々とした病室の灯りに晒された優香の肛門は、激しい下痢のせいで赤く腫れ上がっていた。医師は肛門の状態を外側から入念に観察した後、ゴム手袋をつけた手で、透明なゼリー状の薬剤をたっぷりと塗り、指をぐっと挿し入れた。
「ヒッ……!! うっ……ううー! うっ……!」
友井クリニックでも何度も受けている直腸診だったが、下痢で肛門と直腸がひどく傷んでいるせいか、優香は顔を歪めて、いつも以上に苦しげなうめき声を上げた。
「はい、抜きますね」
淡々と直聴診を続けていた医師がそう声をかけて、肛門から指を抜き、診察は終わったが、優香の苦しみは終わらなかった。
看護師さんに肛門を拭ってもらっていた優香は、
「……うぅっ…。出そう…です………。も、もう…駄目! 出る! 出ちゃうーー!!」
悲痛なうめき声を漏らしたかと思うと、恥ずかしさで顔を赤らめ、目には涙を溜めながら、最後は叫ぶように必死で便意を訴えた。
元々ひどい下痢をしているのに、触診で肛門を刺激され、我慢の限界だったのだろう。
「ちょっとだけ我慢してね。すぐにオムツあてますね」
看護師さんは慌てて、優香の尻の割れ目を埋めるように、新しい軟便パットをあてた。
そしてその上から尻全体を覆うようにオムツをあてがい、優香の体勢を仰向けに変えて、脚を開いて両膝を立てさせ、前もしっかりと覆ってから側面のテープを止めた。
「さあ、オムツあてたから、もう大丈夫ですよ」
看護師さんがそう言い終わるより早く、優香は、オムツ越しにくぐもった、しかし大きな排泄音を響かせた。
ブリュ!! ブリュっーーグチュ。グチューーーーー、ブリュッ、ブリュッ、プシューーーーーッ。
激しい下痢の勢いはしばらく止まらず、医師と看護師と真斗が見守る中、優香は涙を流し、小刻みに震えながら、オムツ姿で排泄を続けた。
ひどい下痢のつらさと、堪えきれず人前でオムツ姿で排泄するしかない恥ずかしさ。その両方のつらさで泣いているのだろう……。
そう思うと可哀想で、見ていられなかった。
「……うぅ……うっ…」
しゃくり上げて泣いているのは、記憶ではなく、目の前にいる優香だった。
「痛む?」
泣いているのは、痛みのせいだけではないと知りながらも、優香の傍に屈み、片手でお腹、もう片手で背中をさする。
元々小柄で華奢な優香の身体は、ひどい下痢と昨日までの絶食でさらに痩せ、特に胃のあたりは窪んでしまっていた。その細い身体の中で、下腹だけが不釣り合いにポッコリと張って膨らんでいる。
重症の便秘で、腸内に溜まった便が泥状に溶け、大量のガスを発生させているせいで、腸の激しい蠕動と炎症、下痢が起こっている、というのが、入院初日、レントゲンの画像を見ながら医師が説明した優香の症状だった。
泥状の腐敗便は今もまだ大量に優香の腸内に留まり、ガスや便が止まらず、下腹にあてた手のひらには、ギュルギュルと蠢く腸の激しい蠕動と、ガスが大量発生しているコポコポという感触が、はっきりと伝わってくる。
根気よくさすり続けていると、激しかった排泄音が断続的になり、徐々に排便が止まる時間が長くなってきた。
しかし、肛門にはまだまだ便が出そうな感触があるのか、優香は「うーーん。うーーん!」と何度もうめき声をあげて、苦しげに息み続けていた。
「しんどいな……。全部出してしまったら良くなるから、一緒に頑張ろう…」
身体をさすったり、拭いてやるくらいしかできないが、他にかける言葉も見つからず、励ますつもりでそう声をかけた。
優香が身体に力を入れて息むたびに、下腹にあてた手に力を込めて、少し圧迫するようにさすり続けていると、長い時間をかけて、何度もガスが出た。大量のガスが出て、少し楽になったのか、次第に息む間隔が開くようになり、ようやく便意から解放された優香は、ぐったりとして身体の力を抜いた。ポータブル便器から崩れ落ちそうになる華奢な身体を支え、足元に下ろしていた汚れたオムツとパジャマのズボンを足首から抜き取って、
「立てる? 少し休んでからでもいいよ」
と声をかけると、優香はかすれた声で「大丈夫」と答えた。
両脇を支えて抱き起こし、ベッドに身体を預けるように手をつかせて、尻を突き出した姿勢で立たせる。
「もう少し足を開いて、お尻を上げられる?」
素直に従って、突き出した尻を、さらに高く突き上げるような体勢になった優香の脇にかがんで、尻を割り広げ、汚れをウェットティッシュで拭っていく。痛々しく腫れあがった肛門を、擦って痛めないように、力を入れずにトントンと優しく押さえるようにして、時間をかけて少しずつ丁寧に拭う。
ようやくきれいになったら、処方された痔の軟膏を、肛門のひだに沿って伸ばすように丁寧に塗ってから、そっとノズルを挿して肛門内にも注入する。そして新しいオムツをあてて、パジャマのズボンを穿かせる。
優香をベッドに寝かせると、ナースコールをして、看護師さんに排便の様子を伝え、ポータブル便器の便と汚したオムツを回収してもらう。
この一連の介助を、付き添いが禁止されている夜間以外は、多い時は30分に1回以上の頻度で行っていた。
ベッド脇の狭い場所で長時間屈み込んだり、立ったり屈んだりを繰り返しているせいで腰が痛み、消毒を頻繁にしなくてはいけない手も荒れて血が滲んだが、優香の便秘が、腸内で便が腐敗してしまうほどひどい状態になっていることに気づけなかった自責の念にかられていたので、自分も少しでも痛みがある方が、気持ちが楽になるように思えた。
ベッドに横たわった優香に目をやると、もう眠っているのか静かに目を閉じていた。頬に白く残った涙の跡をタオルで拭い、「ごめん」と小声で呟くと、思いがけず優香が目を開いた。言葉の意味を問いかけるように、ただ黙って自分の顔を見上げる優香に、
「起こして悪かったね……。もう寝なさい。ゆっくり休んで」
とだけ声をかけると、真斗はベッドの横のパイプ椅子に腰を下ろした。