体調不良(4)(梨沙)
浣腸の描写があります。
「…そう。…うん、わかった。じゃあ、また明日」
土曜日の朝。梨沙は浮かない顔で、通話を切った携帯電話をテーブルに置くと、ため息をついた。
ほとんど無意識に手をやった下腹は、固く張っており、鈍い痛みがあった。
こんなことなら、昨晩、薬を飲んでおけばよかった…。
体調の悪さからくる不安、そして苛立ちが入り混じり、梨沙はもう一度下腹をさすって、深いため息をついた。
そして、立ち上がると、薬類をしまってある引き出しを開けて、馴染みのないパッケージの薬を手に取り、昨日から何度も読んでいる外箱の注意書きと使用法に、改めて目を通した。
未開封のままのその薬は、昨日ドラッグストアで買ってきた便秘薬だった。
ゴールデンウィークに体調を崩し、ひどい下痢に見舞われた梨沙だったが、ようやく下痢が治まった後、腸内環境が乱れてしまったのか、今度は便秘をして苦しんでいるのだった。
梨沙は元々、下痢をしやすい体質で、疲れが溜まるとすぐにお腹をこわしてしまうのが悩みで、便秘には縁遠い。何日も出ない便秘で苦しんだことはほとんどなく、唯一記憶にある便秘は、大学に入学して一人暮らしを始めたばかりの頃のことだった。
その時は、環境が変わったストレスや緊張、そしてまだ慣れない自炊で栄養のバランスまで気を配ることができず、気がつけば1週間ほど便秘をしてしまっていたのだった。
もうどう頑張っても自力では出せず、ひどくなる一方の腹痛と膨満感に耐えかねて、たまらず駆け込んだ薬局で、梨沙は生まれて初めて便秘薬を購入した。CMでよく見る有名な便秘薬だった。
初めて飲む便秘薬は、予想を上回る強い効き目だった。
梨沙は、翌日大学を休んで、1日の大半をトイレにこもって苦しむことになった。元々下痢をしやすい体質で、便秘薬に耐性がない梨沙には、その便秘薬の薬効は強力すぎて、便秘を解消するだけでおさまらず、ひどい腹痛と下痢を引き起こしてしまったのだった。
それに懲りた梨沙は、自分の体調管理に気をつけて、生活リズムや、栄養バランスに気を配るようになった。疲れで下痢をしやすい体質ではあったが、早めに対処してそれほど悪化することはなかったし、便秘もしないように気をつけていて、便秘薬のお世話になることはなかった。
就職活動と卒論の両立で多忙になるまでは……。
昨日の金曜日、エントリーしていた会社の説明会に参加した梨沙は、便秘のつらさに耐えかねて、帰り道にドラッグストアに入った。
棚に並ぶ便秘薬を見ていると、3年前の苦しみが蘇り、便秘薬を飲むことに恐怖心があったが、このままでは便秘で倒れてしまう。
そう思うほどに、便秘からくる膨満感と腹痛はひどくなっていた。
食欲もなくなり、無理に食べると戻してしまいそうで、ほとんど食べられないので、もう栄養バランスも何もあったものではない。その上、来週の月曜日には、3次まで進んだ第一志望の会社の面接が控えていた。万全の体調で望むためにも、週末の間に便秘を解消するしかない。
梨沙は意を決して、近くにいた中年の女性店員さんに声をかけた。
「すみません、効き目が強すぎない便秘薬が欲しいんですけど」
「便秘? だったら、この薬なら比較的効き目が穏やかですよ。1回3錠から6錠だけど、まず3錠飲んでみて、効き目が弱いようなら、様子を見て量を増やすといいですよ。便秘薬が効きすぎて、試験や面接の最中にトイレに行きたくなったら困るものね」
真新しいリクルートスーツにパンプス姿で黒い鞄を持ち、一目で就職活動中とわかる梨沙を見て、店員さんは言った。
「はい…。以前効きすぎて大変だったので、不安で……」
「そういう時は、本当は飲み薬より、浣腸がお勧めなんだけどね。浣腸ならすぐに効果があるから。飲み薬は、どうしても効いてくるまでに時間がかかるし、いつ効き目が出るかはっきりわからないから、忙しいときは調整しづらいでしょ」
浣腸…!?
浣腸なんてしたくないし、なんとか飲み薬で済ませたい。
戸惑って返事に困っている梨沙の様子を見て、店員さんは言った。
「浣腸はしたことない? ちょっと抵抗があったり、嫌がる人も多いけど、浣腸ならすぐスッキリするし、忙しい時には便利ですよ」
「でも……浣腸は、ちょっと…。飲み薬がいいです…」
梨沙はなんとかそれだけ言うと、勧められた経口の便秘薬を購入して、逃げるように店を出たのだった。
購入した便秘薬の説明には、寝る前に飲むように書かれていたが、梨沙はその日の夜は薬を飲まずに眠りについた。翌日の土曜日は真斗と会う約束をしているので、その時に薬が効いてきたら困る。土曜日の夜、真斗が帰ってから薬を飲めば、日曜日に効き目が出て、月曜日には体調が戻るだろう。
ちゃんとそう計画していたのに、今日になって真斗から、予定を変更して、会うのを今日ではなく明日にして欲しいと連絡があったのだった。しかも、理由はいつものように妹の体調不良だと言う。
私だって、お腹が張って苦しいのを我慢して、会おうとしていたのに……。
月曜日までに便秘を解消するためには、今日のうちに便秘薬を飲むしかない。明日、どんな状態になるかはわからないけれど……。
梨沙は半ば自棄のような気持ちで、便秘薬のパッケージを開けると、3錠取り出して口に含み、コップの水を飲み干した。
パッケージには寝る前に飲めば翌朝に効果があると書いてあるので、午前中に飲んだら夕方には効果が出るのかと期待したが、その日の夕方になっても、夜になっても、梨沙は便意をもよおすことはなかった。下腹は一層固く張ってパンパンに膨らみ、夕食も喉を通らないまま、便秘薬をもう1錠追加で飲んで、梨沙はベッドに入った。
翌朝、梨沙は目覚ましではなく、腹痛と切迫した便意で目を覚ました。
「うう…」
うめき声をあげながら、どうにか起き上がると、ギュルギュルと音を立てる下腹をさすり、トイレに駆け込む。
プスっ…プスーー
便器に腰掛けて息んだが、出たのは少量のガスだけだった。
どうして…。お腹が痛くて下してるみたいなのに…。
ずんと重く痛む下腹に手をあて、痛みをこらえてギューっと圧迫してみる。しかし、固く張った下腹はビクともせず、直腸から肛門にかけて、便が固くなって詰まってしまっているようだった。
「…んーー……うーーーん!」
うめき声をあげながら、しばらく格闘したものの、出口付近で固まった便が動く気配はない。
どうすることもできず、梨沙は諦めてトイレから出ると、恐る恐る追加の便秘薬をもう1錠飲んだ。
真斗との約束の時間が迫ってきても、梨沙のお腹の状態は変わらなかった。
下痢の時のようにギュルギュル鳴って痛んでいるのに、トイレで何度も強く息んでも、出すことができない。パンパンに張ったお腹は、まるで鉛でも詰められたようにズシリと重く、息むだけで吐き気をもよおすようになってしまった。
来訪を告げる玄関のチャイムが鳴り、ドアを開けて真斗の課を見た瞬間、梨沙は思わず泣き出してしまった。
「どうしたの…?」
驚いてそう聞いた真斗に、梨沙は泣いていることに自分でも驚いて戸惑いながらも、
「最近ずっと体調が良くなくて…、朝からお腹が痛くて苦しくて。どうしよう……明日は面接なのに、薬も飲んでるのに良くならない……」
と訴えた。
話すうちに、我慢していた不安とつらさが溢れ出すように、涙が溢れていく。
「病院は行った?」
「ううん。……実は、ただの便秘なの。でも、便秘薬を買って何度も飲んだんだのに、お腹が痛くなるばっかりで、効かなくて」
梨沙は、たかが便秘で騒いでいる自分が急に恥ずかしくなり、頬の涙を拭いながら、照れ隠しのように少し苦笑して続けた。
「前に効きすぎて大変だったことがあるから、怖くて、少しづつ飲んだのが良くなかったのかな……。でも明日は面接があるから、これ以上飲んで効きすぎてしまうのも不安で……。明日、面接が終わったら、量を増やしてもう一度飲んでみる」
「明日までこのままで? 顔色も悪いし、このまま放っておいたら、もっとつらくなるよ」
「日曜だから病院もやってないし、第一便秘でわざわざ病院に行くのも…。これ以上薬を飲むのも怖いから、とりあえず面接が終わるまで我慢する」
「……浣腸してみたら? 浣腸ならすぐに出て楽になると思うよ」
梨沙は真斗の言葉に少し戸惑うような表情をしたが、内心では半ば覚悟し、どこかで期待していた言葉だった。
「買うのが恥ずかしいなら、俺が買ってくるから」
返事に迷って黙っている梨沙の背中を押すように、真斗はそう続けた。
30分後。
梨沙は買ってきてもらった市販の浣腸を手に、トイレにこもり、一人で格闘していた。
真斗にはトイレの前で横になって使うほうがいいと説明されたが、トイレの外でお尻を出して浣腸するという行為が、たとえ誰にも見られていないとしても生理的に受け入れがたく、トイレで便器に腰掛けた姿勢で浣腸しようと格闘しているのだった。
準備だけでも手伝うと言う真斗に、恥ずかしいからと断って奥の居室にいてもらい、梨沙はトイレの前で一人になると、恐る恐る、買ってきてもらった小さな箱を開けた。2つ入りの浣腸容器の1つを手に取り、意を決してトイレに入った。
下着を下ろし、右手に浣腸の丸い容器を持って便器に浅く腰掛け、前かがみになって、後ろに回した左手でお尻を開く。肛門の位置を探りながら、浣腸容器の先端を押しあてると、恐る恐る容器の膨らみをブチュっと潰した。すると、お尻の中に薬が入ってくる冷たく気持ちの悪い感触があったが、入ってくる以上に漏れ出ているらしく、注入したはずの浣腸液が手を濡らしてボトボトと便器に溢れていった。
やだ……汚い! それに、この気持ち悪い感触……。こんなの、これ以上どうやって入れるの……?
一度肛門に入れたものが手を汚していく嫌悪感に震えながら、必死で容器を握って注入を続け、容器の丸いふくらみがへしゃげたのを確認すると、梨沙は容器の先を肛門から抜いて、トイレットペーパーで濡れた手を拭った。
浣腸液は大半が便器にこぼれ落ち、お尻の中には半分も入れられなかったように思ったが、それでも浣腸の効き目はすぐに現れた。
ギュルギュルギュルーー…グルッ…
大きな音を立てて、一層激しく暴れだした下腹に手をやりながら、梨沙はうめき声をあげ、便器の上で前かがみになった。
説明書には、浣腸液の注入から少なくとも3分、できれば10分程度我慢するように書いてあったが、10分なんて到底持ちそうにない。
梨沙はなんとか3分間耐えようと必死で肛門を締めた。開きそうになる肛門を、重ねたトイレットペーパーの上から両手で強く圧迫し、ほとんど気を失いそうになりながら限界まで我慢して、3分経ったと思う頃、ついに固く閉じていた肛門を緩めた。
ビュッ! グチューー…ブリュッ…グリューー……
浣腸液の刺激で熱くなった肛門から、勢いよく噴き出したのは、少量のガスを含んだ液体だけだった。お腹はひどい下痢のように蠢いて痛むのに、肝心の便は固く直腸に止まったままで、ビクともしない。
どうして…。浣腸までしたのに……。
半泣きになりながら、お腹をさすったり、強く圧迫し、何度もうなり声が出るほど息んでみるが、出そうにない。
梨沙はもうどうしてよいのかわからず、お腹を抱えて便器の上にうずくまった。お腹はひどい下痢の時のように痛み、背中は冷や汗でぐっしょりと濡れていた。額には脂汗が滲み、意識が遠のきそうになる。
どれくらいそうしていただろう。梨沙は先ほどから、トイレのドアをノックする音が響いていることに気が付いた。
「梨沙、大丈夫?」