涙(中学1年生11月)
直腸(肛門)診と、少しだけ浣腸の描写があります。
茉莉果と浣腸の話をした日から5日後の土曜日、優香は友井クリニックで診察を待っていた。
ちょうど1週間前、茉莉果も便秘でここにいたんだと思うと、少し気恥ずかしいような不思議な気持ちになる。
「佐伯優香さん、診察室へどうぞ」
カーテンの向こうから、聞き慣れた友井医師の声がして、優香は診察室へ入った。
運動会の日、お腹の不調で時間外診療を受けてから、1ヶ月近くが過ぎていた。
「佐伯さん、こんにちは。その後、お腹の調子は?」
「今週、あまり出てなくて…。ちょっと張ってるみたいで、苦しいです」
優香は言葉を濁して、下腹をさすった。
医師は服の上から軽く優香のお腹に手を触れると、
「うん、ずいぶん張ってるね」と頷いた。
「診察するので、奥の診療台に横になって」
優香はいつものように、衝立の奥に進み、タオルが敷かれた診療台に上がった。
シャツをめくって出したお腹に、聴診器があてられる。
「腸の動きが悪いですね。お尻から直腸診をします。身体の左を下にして、こちらにお尻を向けて」
看護師さんが手際よく優香の身体の向きを変え、腰にタオルをかける。
「失礼しますね」
タオルの下で、優香のスカートが捲り上げられ、ショーツは膝まで下ろされた。
「膝を抱えるようにして、お尻を突き出して」
いつもの直腸診のポーズで、タオルが捲られてお尻がむき出しになる。
「ちょっと冷たくなります。口を開けて息を吐いてね」
医師の声がして、肛門にヌルッとしたものが塗られ、異物が入って来るあの嫌な感触があった。
「あぁっ」
声を出さないようにしようと思っても、口呼吸のために開けた口から、思わず声が漏れてしまう。
茉莉果も先週、この診察を受けたのかな、と不意に優香は思った。
茉莉果も診断は便秘だったわけだから、診察内容も同じなのだろうか。
でも、そういえば茉莉果は、看護師さんや先生にお尻を見られるのが嫌で、浣腸ではなく飲み薬を選んだと言っていた。つまりお尻を出すような診察はなかったということだろうか…。
「直腸で詰まって固まってしまっているね。こんなに詰まってしまうまで気がつかなかった? 直腸に溜め込んでいると、どんどん便秘がひどくなって、癖になってしまうよ。これからはもっと早めに診せに来てください」
友井医師は、少し厳しい口調で言った。
「…1週間くらい前から、お通じが少なかったんですけど、平日は部活もあって、学校から帰るのが遅くて…」
優香は消え入りそうな声で言った。
「診療時間中に連絡しておいてもらったら、学校が終わってからでも診察できるようにしておくから、これからはこんなに溜めないようにね」
友井医師は、優香にそう言うと、看護師さんにグリセリン浣腸の指示をした。
「あの…飲み薬にしてもらえませんか?」
優香が思い切ってそう言うと、医師は直腸診で使ったゴム手袋を外し、優香のお尻にタオルをかけてから、診察台の反対側にまわった。
そして、優香と目が合うように診察台の横に膝をついて座り、診療台の淵に手をついて、優香の顔を覗き込むようにして聞いた。
「浣腸は嫌?」
間近で目が合い、優香は思わずドキッとして、顔を赤らめながら頷いた。
「浣腸を嫌がる人も多いけど、飲み薬よりも浣腸の方が適している場合もあるからね。今は、便がたくさん詰まって硬くなってしまっているから、きつい下剤を使わないといけないし、下剤だけではうまく出ないかもしれない。そうなると、この前の運動会の時のように、お腹の中は下痢なのに、出口には栓をされていて、出すこともできなくて、苦しむよ。それにね、優香さん」
不意に名前を呼ばれて、優香はまたドキリとする。
「僕は、優香さんには浣腸がベストな治療だと思う。もちろん、治療なしで自然排便ができたら、それが一番だけどね。優香さんのような、元々腸が弱い人が下剤を使うと、何日もひどい下痢や腹痛に苦しむことになりかねないし、下剤を常用していると腸の動きがもっと弱って、どんどん自力排便が困難になってしまう。その点、浣腸は常用性がないから。今は恥ずかしかったり抵抗があるかもしれないけど、身体が辛い時は無理せず浣腸を使いながら、少し時間がかかっても、浣腸や薬なしでお通じがある状態を、一緒に目指していきましょう」
優香の目から涙が溢れ、頬を伝った。
飲み薬での治療をきっぱりと否定され、嫌でも浣腸を受けるしかない。
自分だけが、こんな恥ずかしい診察や治療を受けなくてはいけないという、惨めでやりきれない気持ちがこみ上げてくる。
でも、それだけではなかった。
お腹の不調が続き、恥ずかしさから誰にも相談できずに心細さを感じていた優香に、友井医師の言葉は温かく頼もしく響いた。
診療台の隅に置かれたティッシュを取り、優香の涙をぬぐいながら
「大丈夫? 少し落ち着いてからにしようか」
友井医師は聞いたが、
「大丈夫です」
と優香は答えた。
友井医師は微笑んで肯き、
「じゃあ、浣腸の処置を」
と看護師さんに声をかけた。
「佐伯さん、では浣腸しますね」
再びタオルがめくられる。
「お願いします」
小さな声だったが、優香は返事をして、看護師さんに指示される前に、自分から膝を曲げ、お尻を突き出す浣腸の体勢になった。
「チューブを入れるので、お口で息をして、楽にしていてくださいね」
ゴム手袋をつけた看護師さんの手で、優香のお尻が開かれ、あらわになった肛門に、潤滑剤をつけたチューブの先端が押し当てられる。
優香はぎゅっと目を閉じ、ゆっくりと口から息を吐いた。