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サイバーQ  作者: 石渡正佳
サイバーQ2 サイバーポリティクス編
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33 抱きベッド

 人型ロボットベッド「抱きベッド」は、人肌の肉感を限りなく再現し、愛する人に抱かれて眠る夢見心地に浸れるベッドである。肉感は任意の人をモデルとすることができ、恋人の肉感をスキャンして設定することもできるし、芸能人の肉感データを購入して設定することもできる。

 生身の人間に一晩中抱いてもらうことはできないが、抱きベッドならその夢が叶う。さらに子守歌を歌ってもらったり、マッサージをしてもらったりすることもできる。性的行為は禁止されているが、裏プログラムが販売されている。

 抱きベッド第一号はパラワールドベッド社から発売された「パラドリームベッド」である。パラワールドベッド社は抱きベッドの特許を出願したが認められず、各社から模倣製品が発売されることになった。子供用抱きベッドも開発され、実の母のみならず、さまざまな理想の母の肉感データが揃えられた。抱きベッドの普及の勢いは、かつてのシャワートイレ革命に匹敵すると言われ、いまや抱きベッドがなければ眠れないと言われる時代となった。

 世界的な普及は、七つ星ホテル「ドバイセンチュリアンホテルズ」が全室にパラドリームベッドを採用したことから始まった。ドバイセンチュリアンホテルズは、顧客の要望に応じて、プライベードな恋人から、世界の著名映画スターやシンガー、ダンサー、アスリートまで、あらゆる男女の肉感データを揃えた。さらに任意の年齢を指定することもできた。実は著名人ほどデータの収集は容易だった。メディカル、エステティック、エクササイズなどの目的で、詳細な身体データが既存していたからである。むしろ新たに計測が必要な素人の女性のほうがデータ収集は大変だった。ドバイセンチュリアンホテルズは、さらに亡くなった妻や片思いの恋人の肉感データまで推計するプログラムを独自に開発した。

 今では多くの航空会社がファースクラス用の抱きシートを特注している。千石航空では、ファーストクラスのオプションサービスとして、その機に搭乗しているCAの肉感データを抱きシートに提供して、大きな話題となった。

 今年、もっともヒットしそうな抱きベッドは、サムナイトベッド社が発売した「プラセンタベッド」である。これは文字通り、子宮の中で胎盤に包まれて眠っている胎児になったような錯覚に陥ることができる抱きベッドである。しかも、ただの子宮ではない。任意の女性の子宮や、子宮の中で聞こえる母親の鼓動まで再現することができ、データさえあれば、あこがれのスターの子宮の中で眠ることもできるのである。子宮データの収集は困難を極め、不可能ではないか、ガセではないかという噂も絶えないが、だれも子宮の中の経験を覚えていないので、ガセだと証明することもできない。サムナイトベッド社はプラセンタベッドを「想像力を刺激するベッド」だと説明している。購入者の性別は意外にも女性が6、男性が4の割合で、鬱病(気分障害)、ノイローゼ(神経症)、PTSD(心的外傷)が治ったという報告も相次いでいる。それもそのはずで、そもそもプラセンタベッドは心療内科用に開発された医療機器だった。

 抱きベットは一つの国家ともなれる。ベッドに居ながらにして、国家のすべての機能、立法も、行政も、裁判も、徴税も行うことができる。ベッドに入れる国民は一人であるが、外交もできるし、世界革命を煽動することもできる。WRMの主催者、カムイ斗米の叔父、アレキサンダー斗米は、まさに抱きベッドから世界革命を仕掛け、それを成功させ、電脳無政府主義社会を実現した。この革命は日本から始まったのではなく、一つの抱きベッドから始まったのである。だが誰もそのことを知らないし、知る必要もない。アレキサンダー斗米はすでに革命の成就を見ることなく、抱きベッドの中で身罷り、抱きベッドの中で永遠に眠り続けている。

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