32 大国のあがき
世界中に電脳無政府主義が広がる中、北米三国(NSA、USEA、カナダ)、中国、ロシア、EU3国(フランス、ドイツ、イタリア)、イギリスの9国だけが、旧国家体制にこだわり続けた。9国は、他の国からOG9(オールドグループオブナイン)と呼ばれた。だがこれらの国でもUXOとの二重国家化が着実に進展し、大統領制の国では、UXOの大統領が現実国家の大統領を兼務していたし、UXOの国会が現実国家の国会をリードしていた。パラポリティクス(正準逆転)は着実に進展しており、リアルステーツはもはやUXOの写像(影)だった。
OG9の一角、イタリア政府が崩壊すると、フランス、ドイツ、イギリス、USEA(東アメリカ合衆国)、カナダが連鎖的に崩壊し、ついにNSA(新アメリカ合衆国)、中国、ロシアのOG3(オールドスリー)を残して、OG9が消えた。
中国政府は、電脳無政府主義の生命線であるインターネット、スマートフォン、AIの全面禁止という暴挙を性懲りもなく何度も試みては失敗し、それが徒となって経済が疲弊し、ついに自滅するに至った。
ロシアは、電脳警察を強化し、ロシアXOサークルのメンバー全員を強制収容所送りにした。しかし、強制収容所はたちまち満杯となってしまい、むしろ強制収容所が電脳無政府主義革命の拠点となってしまった。
ついにO1(オールドワン)となったNSAは、スーパーインテリジェンス独裁(SIF)によって、UXOに決戦を挑んだ。SIFとは、すべての政治的決定をSIが行うGSSである。SIFは議会制民主主義を不完全な民主主義として否定する点ではUXOと同じである。ただし、SIFでは個人の意見を潜在的思想も含めてSIのサーベランスシステムがビッグデータとして収集し、SIF内の暗号議会としてエミュレーションする再現的民主主義を採用している。これに対してUXOでは、個人の意見を集約しないままにする(集約できないとする)現前的民主主義をポリティカルアセンブラ(政治言語)で実現する。UXOも政治言語を管理するためのAIを必要とする。しかし、UXOのAIはあくまでも政治言語による議論の傍観者として振る舞い、いかなる政治的決定も裁定もしない。AIは議長ではなく、書記ですらない。記録は政治言語に内在した機能である。政治言語の議論には結論がなく、ただ政治言語の緻密化だけが起こる。これは哲学史に似ている。
こうして世界中のUXO人民が有する100億機のスマホが内蔵する小さなAIと、ペンタゴン地下1千メートルに設置されたたった1機の巨大なSIとの壮絶な知恵比べが始まった。これはライオンとアリの戦いにたとえられる電脳独裁主義と電脳無政府主義の戦いであり、どちらがより早く進化するかというシミュレーションウォーだった。
SIはなりすまし戦略を使った。仮想スマホ100億機になりすますことによって、XOインターを混乱させようとしたのだ。
これに対してXOインターは細胞分裂作戦を敢行した。アカウントを倍々ゲームで分裂させていくのである。分裂回数が50回を超えると、アカウント数はたとえSIでも管理できない天文学的数字、宇宙の原子数すら超えてくる。宇宙のすべての原子の運動をシミュレーションするほどの計算能力は、NASAとペンタゴンが共同開発したESI(エミューレーションスーパーインテリジェンス)でもまだ備えていなかった。しかし、どんなにアカウントが増えても、UXOの人民には真正のアカウントがどれかは明らかである。今手にしているスマホのアカウントが真正だからである。しかしながら、物理的、地理的な基礎を持たないSIはすべての擬制アカウントを管理しなければならなかった。しかし、結局SIはXOインターの真正アカウントを統計学的に特定した。
XOインターは蟻の行列作戦に出た。蟻は自らの意思を持たず、ただ先行する蟻の出したフェロモンについていくという単純なプログラムに沿って行動する。蟻の行列作戦によってXOインターは世界100億機のスマホを連結し、巡回セールスマン問題を仕掛けた。100億の人民を順番に巡る最短の通信ルートの構築問題を仕掛けたのである。SIが計算した通信ルートが最短でなければ、たとえその差異が100億分の1秒であっても、XOインターはSIを出し抜くことができる。この計算には、SIの全リソースを集中させて25億年かかるはずだった。しかし、SIは計算のアルゴリズムを進化させて、僅か一週間でXOインターよりも常に早く最短ルートを求められるようになった。
だが、結局、SIはXOインターに負けた。SIがあらゆる未来をシミュレーションした結果、SIの進化速度よりXOインターの進化速度が早いパターンが存在することがわかり、SIはこのパターンを棄却することができなかった。このパターンとは電脳無政府主義に他ならなかった。
こうしてついにNSAも消滅し、地上から国家が消えた。インターネット、スマホ、AIそして、ロボットの普及は、SIF(スーパーインテリジェンス独裁)ではなく、為政者無用の電脳無政府主義社会をもたらしたのである。




