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サイバーQ  作者: 石渡正佳
サイバーQ2 サイバーポリティクス編
56/66

23 日本国滅亡

 日本国の波風首相は京都から追放された後、大和国、新日本国を経て、単身で東日本国に入国した。彼以外の全閣僚が内閣を去っても、波風は内閣総辞職をしなかった。すでに衆議院本院は首相を弾劾することなく自主解散していた。つまり彼自身が辞任しないかぎり、彼は永久に日本国の首相だった。首相としての権限も報酬もなくても、首相の座にあるかぎり、暗号政府天京にアクセスする権限があった。すべての大臣を兼務する波風は天京のすべての暗号政府機関に自由にアクセスできた。天京の DBには日本政府が蓄積してきた英知と情報のすべてが蓄えられていた。その中には門外不出の外交機密も含まれていた。四国大統領の誰も、このDBにアクセスできなかった。たったこの一点の優位性が、日本国を滅亡の淵で支え、日本国首相たる波風の地位と生命を守っていた。拷問でもして天京のパスワードを聞き出さないかぎり、彼を殺すことはできなかった。

 東日本国入国後、横浜市に潜伏した波風は、天京の膨大なDBのコピーを作ることに没頭した。DB自体は世界の数十万カ所のデータセンターに断片化されて保存されており、コピーを取るには一つ一つのDBを開けなければならなかった。これをまともに一人でやろうとすれば一万年かかる仕事だった。しかし彼は十万人の暗号化された官僚に命ずることで、コピーを1か月で作り上げ、1KTGのメモリーチップにまとめた。指先ほどの小さなチップに日本政府の全コピーがあったのである。その価値は日本の全土地の価値に匹敵した。

 国家とはなんなのか、波風は改めて自問した。波風が進めてきた暗号政府政策は究極の小さな政府をもたらした。それは一個のメモリーチップの中に集約されてしまうほど小さかった。だがもしもこのメモリーに蓄えられた情報が解き放たれたなら、パンドラの箱を開けたように、国家の邪悪な陰謀のすべてが広がるだろう。最後に希望が残るかどうか、保証の限りではない。だがはたして本当にこれが国家なのだろうか。国家とは叙事詩として書き記すことができる神話なのだろうか。それとも国家は神話などではなく、生きている人々のつながりの中にある信頼なのだろうか。国家はシステムであると思ってきた波風だったが、国家は人あってのものだと思い直し始めていた。だが、もう一度やり直す気力は残っていなかった。

 波風はパンドラの箱に最後に残った希望を、東日本国の兎見大統領に託そうと思っていた。風俗嬢から東京都知事となり、東京府知事、東京市長、東京国大統領を経て、東日本国大統領となった兎見がどんな政治哲学を持っているか、波風は知らなかった。兎見が一切哲学を語らなかったからだ。

 波風は天京廃都を決定し、天京のDBを永遠に封印し、内閣を総辞職した。日本国は首都機能を喪失し、実質的に滅亡した。波風は横浜を出て東京に入り、東日本政府が置かれた旧都庁舎に向かった。

 兎見大統領に面会を求めた波風は、不審人物としてTRA(東京革命軍)の兵士に捉えられ、XOサークルのカムイ斗米の前に引き出された。波風は斗米を信用して身分を明かし、兎見に天京チップを託してほしいと頼んだ。

 斗米は首を横に振った。「このチップはUXOで使わせてもらいたい」

 「UXO?」波風は聞き直した。

 「UXOは暗号国家の共同体です。このチップがあれば日本はUXOの中で存続することができる」

 「日本が滅亡しない」

 「そうです」

 「わかった。君にチップを託そう」

 波風は斗米に日本国の存亡を委ね、兎見には合わずに旧都庁舎から立ち去った。この後、誰も波風を見たものはなかった。

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