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サイバーQ  作者: 石渡正佳
サイバーQ2 サイバーポリティクス編
48/66

15 暗号首都

 五都市分散首都が瓦解するに及び、ようやく波風元首相の暗号首都論が見直された。首都を暗号化し、データを無数のデータセンターに断片化すれば、サイバーテロの標的から免れ、D兵器の侵襲もありえなくなるのである。それどころか首都機能なかんずく政府機能を完全暗号化すれば、国会議事堂も省庁庁舎も最高裁判所も必要がなく、遷都予算は限りなくゼロになる。SNS選挙法、官僚サイボーグ化など、暗号政府政策を進めてきた波風元首相の復帰を望む声が高まった。

 世論が波風元首相待望論に傾く中、逆月首相は内閣総辞職と野党連合の解散を決意し、総選挙を経ることなく、総理大臣の座を波風元首相に譲った。

 波風収一郎は首相に返り咲くや、早速暗号首都の名称を公募した。第一位は波風首相自身が提案していた天京てんきょう、第二位は天都そらみや、第三位は高天たかまだった。天京に名称が決まった暗号首都には暗号政府が置かれ、国会、省庁、裁判所、中央銀行の機能がすべて暗号化されることになった。

 国際法上の首都はどこにするかかとの指摘に対して、波風首相は天京が国際法上の首都であるが、地図上の天京の所在地は、象徴的な意味で皇居(京都御所)がある京都市に置けばいいとの見解を示した。

 天皇を暗号化する可能性について聞かれると、波風首相はもともと象徴天皇制は暗号天皇制だったと述べ、天皇の暗号化(ヴァーチャルエンペラー化)を否定しなかった。これには右翼が猛反発し、伝統的な街宣活動を開始した。旧日本改造党系の保守派は、暗号政府は無政府主義だとして皇都奪還キャンペーンを展開した。その一方、立憲平和党系の左派も行き過ぎた暗号政府は暗号独裁になりかねないと懸念を表明した。波風首相は無政府主義も暗号独裁も偏見であり、暗号政府こそ民主主義政府の究極の姿だと、左右両派の批判を一蹴した。それでも容易に収まらない国内外の批判に対して、波風首相は、暗号首都と暗号政府は、官僚ファッショの根絶と財政健全化に貢献する国民主権政府だという持論を粘り強く繰り返した。実際、国会の暗号化は議員の暗号化ではなかった。議事堂を廃し、議場での討論を暗号化しただけである。省庁、裁判所、中央銀行の機能の暗号化は、官僚サイボーグ化計画によって既定方針となっていた。三権分立はなくなるのかとの指摘に対しては、公職選挙法改正によってSNS選挙が実施されて以来、国民主権の準直接民主制が定着した現在、主権の三権分立は必要がなくなったというポスト三権分立論を展開した。準直接民主制とは、選挙後も選挙民がSNSによって議員の発議に関与する民主制である。ポスト三権分立論は、多くの正統的政治学者から暗号独裁あるいは独裁隠しの詭弁だと批判され、喧喧囂囂の議論を巻き起こした。ポストモダン派の哲学者からだけは、三権分立こそ独裁隠しだと喝采された。

 廃県置州による四州制を撤回しないとの誓約の下、四州知事と旧分散首都五市長は、波風首相の暗号首都天京に反対しなかった。五都市の市長も同様だった。大都市の首長の中で唯一、暗号首都に反発したのは東京市長(旧東京府(都)知事)の兎見遙だった。兎見市長よれば、そもそも首都東京からの遷都は、政治的にも経済的にも物理的にもノンセンスであり、テロリストに屈しないためにも東京の再興こそ国家存亡の危機における至上命題であり、遷都断念はテロリストに屈することではなく、むしろ無意味な政治的ポーズのために遷都することこそ亡国売国行為だと力説した。

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