14 火山兵器
分散首都で唯一被災を免れた札幌にも危機が迫っていた。それも未曾有の危機だった。北海道西部カルデラ群で、噴火の予兆となる火山性微動が観測され始めたのだ。南海・東南海地・東海連動地震の影響だという見方が有力とされる中、すわWRMの次なるD兵器は火山兵器だという流言が飛び交い、札幌は騒然となった。WRMは不気味な沈黙を守っていた。地震学者の多くは北海道西部のカルデラ群で近々に破局噴火が起こる可能性について消極的だった。しかし、政府機能の札幌集中は見合わせるべきだと逆月首相に進言する閣僚も現れた。
防衛庁と気象庁が合同で調査した結果、北海道西部のいずれのカルデラ群も、人工地震は観測されていなかった。しかし、疑念の高まりに呼応するように火山性地震の頻度が増し、洞爺湖の水温上昇が確認された。気象庁から臨時火山情報が出され、洞爺湖町の全町避難が決定した。
火山兵器は、最も古いD兵器である。火口に水爆などの核弾頭を投下して、水蒸気爆発、マグマ噴火、火砕流、山体崩壊などの火山活動や火山災害を誘発するものだった。そもそも直接的な核攻撃では市街地が放射能汚染されてしまい、地上軍による占領作戦が開始できないため、これを回避する方法として発案された。その後、火山の地下に核弾頭を埋め込む方法や人工地震を連続的に起こすことによって地殻に亀裂を生じさせ、マグマ溜まりを作り、噴火を誘発する方法も発明された。最新の地震兵器のDゲインは1万倍以上といわれる。
だが、海溝のプレート滑り面に設置した誘発によって起動された南海・東南海地・東海連動地震とは違い、北海道西部カルデラ群を人為的に噴火させるミッションはなかった。核弾頭に用いられる水爆は秘かに設置できないほど大きい兵器ではない。しかし、水爆によって誘発された火山活動なら、その兆候が観測されるはずである。政府も、火山学者も、今回の火山活動がWRMのD兵器によるテロの可能性について否定的だった。
2039年10月24日、洞爺湖の湖水が涸れ、その直後、洞爺湖は水蒸気爆発した。噴煙は高度1万メートルに達し、噴石は札幌特別市まで飛来した。火山灰は北海道市西部から旧青森県に及んだ。洞爺湖と有珠山の周辺には五つの新火口が確認された。さらに札幌に近い羊蹄山でも噴煙が上がった。気象庁は臨時火山情報を出し、倶知安町とニセコ町に避難指示が出された。さらに千歳空港に近い樽前山でも噴煙が上がった。三火山同時噴火を受けて、かつて噴火湾と誤解された内浦湾と同面積のカルデラを形成する破局噴火が起こり、北海道は二島に分断されることになるとする専門家も現れた。気象庁は三火山が同時に噴火したとしても、直ちに三火山を結ぶ三角形を吹き飛ばすような破局噴火に至る可能性は極めて小さいと風評を否定した。それでもなお、三火山に近い札幌、室蘭、苫小牧、千歳から道外への避難者が続出する事態となり、逆月首相は札幌への首都機能集中の中止を閣議決定せざるをえなかった。代替首都として、仙台、新潟、広島に白羽の矢が立ったものの、いずれの市長も、WRMのD兵器テロを恐れて固辞した。




