12 戒厳令
2039年3月11日午前11時11分、東海・東南海・南海連動地震がWRMの予告どおりに起こり、政治首都名古屋が巨大津波に直撃されて全滅した。激しい揺れに襲われた経済首都大阪では高速道路の落桁が頻発、中高層ビルの倒壊も相次ぎ、宮内首都京都では同時多発的な火災が発生するとともに大規模な土砂崩れも発生し、東山地区が壊滅した。生活首都福岡にも巨大津波が到達した。被災を免れた分散首都は外交首都札幌だけだった。
テレビ画面には海老名崇官房長官が出続けて、国民に平静を呼びかけていた。しかし誰もその空言を気にも留めていなかった。ようやく逆月首相が自ら国民に向かって重大な発表をすると予告するに至り、さすがにこの時だけはすべてのテレビ局が放送を中止して、首相官邸の中継映像に切り替えた。
逆月首相は緊張した顔で記者団の前に姿を現し、簡潔にこう述べた。
「震災と同時に自衛隊は偵察機を飛ばして被害の状況を調査しており、具体的な被害の状況が刻々と報告されている。防衛省と国土交通省の推定によると、被災面積は史上最大級、全壊した建物は阪神淡路大震災、東日本大震災を上回り、被災者は少なくとも十万人に上る。庁舎を喪失した州政府、市役所も多数ある模様だ。さらに複数の原発が津波に浸水しているとの報告を受け、同時多発的原子力災害対策本部を官邸に設置したところである。この未曽有の国家的危機に際して、本震災による被災地域において、政令により非常事態を宣言し、国家緊急権に基づき、被災地域を国の直轄行政区域とし、地方自治法、その他地方自治体の権限に関わるすべての法律の執行を停止し、内閣府に緊急事態管理庁を設置し、非常事態宣言区域における行政権を代執行する。救助活動に従事する者を除き、非常時代を宣言した区域内への人の立入を禁止し、財産の処分を凍結する。分散首都のうちで唯一被災を免れた札幌に首都機能を集中させる。この措置は本日より実施する」
首相は、被災地が無政府状態に陥ることを未然に防止するため、この非常事態宣言、すなわち戦後初となる戒厳令を布告したと説明した。
非常事態宣言、戒厳令、国家緊急権、こうした言葉と無縁に生きてきた平和呆けの国民は、国家権力がその気になった時の怖さに身が震え、久々に首相の一挙手一投足に注目した。
戒厳令に法的根拠はあるのかと、質疑が始まるなり、一人の記者が噛みついた。国家緊急権は政府に備わる自明の権利であるとの解釈の下、超法規的措置だったと首相はあっさり答えた。
緊急事態管理庁の長官は誰かと、別の記者が質問した。防衛大臣が兼務すると首相は答えた。つまり軍政ということかと、記者が念を押した。そうとってよいと首相は答えた。
WRMが海溝型地震ミッションを乗っ取ったと考えているのかとの質問については、そう考えていないと明言し、今回の地震はミッションの誤作動が原因であるとの見解を表明した。




