8 デフォルトテロ
豊臣内閣の金融政策に掉さすかのような事件が起った。不動産登記システムがハッキングされたのだ。不動産権利設定や権利移転の登記は申請の3日後に行われる設定になっていた。しかし、ハッキングによって審査期間が1秒に短縮された。これと同時に大阪不動産証券取引所に買い注文が殺到した。取引額は90京円となり、すべての取引の即時登記が完了した。買い手の90%はアジア各国の国営ヘッジファンドだった。登記の有効性が確認されると、新権利者の代理人から一斉に立ち退きの請求が出され、その多くが訴訟に移行し、暗号化(サイボーグ化)されていた裁判所書記官は、すべての提訴を受理した。
不動産証券の担保となっていた不動産の流失によって、不動産金融は未曾有の危機を迎えた。担保不動産と不動産証券の両方を手にしたアジア各国の国営ヘッジファンドによって、不動産金融を基礎とした日本の財政と経済は人質に取られたも同然だった。登記までに3日の審査期間があれば、政府は登記簿を閉鎖する措置を発動することも可能だった。しかし、登記の有効性を争う間もなく、3日の法的審査期間の経過で瑕疵が治癒した登記は、もはや取り消し訴訟を提起しようにも訴えの利益を失った。
豊臣内閣は混乱を終息するため、不動産権利者となったファンドを有する外国政府に不動産の買い戻しを提言した。買い戻し金額は50京円に及び、日本政府はそのうち20京円を外貨建て国債発行で賄い、30京円は世界銀行から借款した。日本政府は買い戻した不動産を競売にかけて借款の返済に充てようとした。ところが、入札参加資格を日本国民と日本法人に限ったため、思うような金額では売れなかった。このため、世銀の借款がデフォルトし、日本国債は世界中の証券市場でトリプルCの整理銘柄となった。財務省は前例のない事態に対処できず、財政は破綻し、ハイパーインフレーションが現実のものとなった。
ところが日本政府が破綻しても、日本経済はデフォルトを免れた。90京円の不動産売却資金が民間にあったからである。その大半がタックスヘイブンに移されていた。この90京円をまとめて、リベンジファンドを作ろうと呼びかけた人物がいた。日系ブラジル人の笹見ジャンポール信綱である。集まった資金は70京円、リベンジファンドは世界の金融市場に殴り込みをかけた。手始めに上海市場を壊滅させ、香港市場ととシンガポール市場も潰し、ロンドン市場で勝利し、ニューヨーク市場と一騎打ちの戦いを挑んだ。リベンジファンドの時価は募集価格の3倍になった。日本は焼け太りになったのである。リベンジファンドはNDFGを介して華僑の手に渡っていたレベニュー債も買い戻した。こうして日本売りは終息し、ハイパーインフレーションの懸念は払拭された。
金融危機が終息する過程で、NDFG(新龍国際金融グループ)から豊臣首相へのリベート疑惑が浮上した。取りざたされているリベート額は5兆円という未曾有の額で、世界中のタックスヘイブンの架空名義口座に50億円ずつ1000分割されて送金されていた。豊臣首相は疑惑を全否定したものの、政権の維持は困難になった。豊臣内閣は総辞職し、日本改造党も解党した。




