30 オリンピックを超えたパラリンピック
テクノロジーの進歩によって、障碍者介護の現場は劇的に変わった。今日ではハンディキャップの多くがロボットスーツをはじめとするロボット補装具でカバーされている。ロボットスーツは失われた運動機能や感覚機能を補完し、障害者を健常者以上のスーパーマンにすらしてしまう技術である。
歩行アシストスーツは2010年末に技術的に完成し、2020年代に低価格化とコンパクト化が進展した。これにより歩行困難者は激減した。五指のロボットハンドを意識だけで動かすインターフェースも2010年代に完成した。ロボット音声は2010年代から実用化した。ロボット聴覚は、2010年代までは外耳型補聴器が主流だったが、2020年代からは中耳型補聴器が普及し、2030年代には聴覚中枢型補聴器が開発されている。また健常者も使える自動翻訳補聴器、遠隔聴覚補聴器(近くより遠くがよく聞こえる)、セレクト補聴器(聞きたい人の声だけが聞こえる)などが2020年代に相次いで発売され、いずれもベストセラーとなった。もっとも難しいとされていた視覚アシストも2020代までに基礎研究を終え、2030年代には50%以上の網膜代替性がある人口眼球が実用段階に入っている。
非動力式補装具は2020年東京代替北京のオリンピックから使用が解禁され、マルクス・レーム選手が走り幅跳びで障害者初の金メダルを受賞したほか、走り高跳び、棒高跳びでも健常選手を凌ぐ記録を出す障碍選手が続出した。
2024年パリのパラリンピックから、陸上競技においてロボットスーツの使用が解禁されたことから、トラックはロボット競技会さながらの様相を呈し、当初想定の十倍以上の入場者を集めて、どの会場も満場となった。2028年ロサンゼルスパラリンピックからは、全競技のロボットスーツが解禁され、史上初めてパラリンピックの入場者数がオリンピックを超えた。これ以後、パラリンピックとオリンピックの入場者数は格差が開くばかりであり、不人気のオリンピック廃止論や縮小論も出るようになっている。記録更新が低迷しているオリンピックに対して、パラリンピックの記録には上限がなく、見ていてはるかに面白いからである。オリンピックでも人気競技だった100メートル走は、パラリンピックの2032年大会で7秒の壁を切った。さらに2036年大会において、4秒98の驚異的な世界最高記録をマークして金メダルを受賞した日本の高木速人選手は、昭和のSF漫画にちなんで、8マン(エイトマン)と呼ばれている。水泳やマラソンにおいても超人的な記録が続出している。パラリンピックに向けてロボットスーツメーカーの開発競争も激化しており、これがロボット技術全体の開発を促進している。
しかし2036年大会をもってパラリンピックは歴史の幕を閉じることになった。2040年大会から障碍者も健常者も無差別にロボットスーツを装着して出場することができるサイボリンピック(サイバネティクス・オリンピック)に衣替えするからである。さらに参考種目としてロボアス(ロボットアスリート)競技も始まる。ロボアス100メートル走では、すでに2秒台の参考記録が出ている。サイボリンピック2040の開幕がいまから楽しみである。




