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サイバーQ  作者: 石渡正佳
サイバーQ1 サイバーニュース編
24/66

24 パラメディカルシステム

 長く医療施設の中核だった病院は、2030年代以降廃止されることになった。医療ケアの意味が治療から予防、さらに予防から増進へと変わり、プロスポーツ選手が受けているようなPSCパーソナル・サポート・ケアが主流になったからである。PSCは、人の個性を無視して病気の治療に専念させる禁欲医療ではなく、人のコンディションを最大限に生かす欲望医療である。オリンピックをはじめとするスポーツ競技会における世界記録更新の一端をPSCが担ってきた。PSCは俳優や歌手やダンサーのような身体芸術家にも施されてきた。最高のコンディションを保つため、ヨーガ、エアロビクス、ボイストレーニングなど、さまざまなプログラムが用意され、マクロビオティクスのような特別の食事が給仕され、専属のスタイリスト、ヘアアーティスト、ネイリスト、トレーナーなどが随行する。心療カウンセラーが付き添うこともあった。今日では、人間性を損なわず個性を伸長するPSCを全国民に与えることが、医療の目標となっている。

 PSCに必須のゲノム解析は2010年代から本格的に始まった。乳がんの遺伝子が見つかっただけで乳腺を切除したアメリカの女優アンジェリーナ・ジョリーはゲノムケアの初期の極端な例とされる。2025年にはゲノム戸籍制度が施行され、すべての国民のゲノムデータの登記(パブリックデータ化)が義務とされた。新生児は出生前にゲノム解析を終えていなければ出生届けを出せない。親子関係の認知は不要であり、自動的に生物学的親子関係が特定される。ただし法的親子関係を別に定めることはできる。これは認知ではなく了知と呼ばれる。ゲノム戸籍制度によって、公衆衛生は画期的に進歩し、家族歴や生活歴も加味したハイリスク群の抽出によるきめ細かな検診プログラムが実施されるようになった。

 設備の整った手術室や集中治療室が必要な重症患者の治療施設は、LHCC(リミテッド・ヒューマニック・コンディションケア・センター)とよばれる。LHCCでは傷病からの患者の回復をもちろん最優先の目標としながらも、そのために患者の人間性を損ない禁欲を強いることがないように配慮する。たとえ回復が困難だとしても臨終の瞬間まで患者のコンディションをサポートしていく。

 医療の中心が治療から予防・増進へとパラダイムシフトするのと併せて、たとえ傷病になったとしても可能なかぎり入院しないですませるシステムが構築されている。クラウドシステムを使ったリアルタイムバイタルチェックは2020年には普及が始まり、都市全体にくまなく分散設置される医療ターミナルシステムは2025年から整備がスタートした。この結果、救急医療が様変わりし、急患予知が常識となっている。

 予測できない急病で倒れてから救急車で救命救急センターへ搬送しても救命率は低かった。発症前に予兆を検知して警告を発し、医療ターミナルに避難して応急措置を受けてからLHCCへメディカルドローンで搬送すれば、救命率を飛躍的に高められ、重症化も防げる。救急搬送システムが渋滞する道路をサイレンを鳴らして走行しなければならない救急車から、バイタル管理をしながら救急患者を空中搬送するメディカルドローンに置き換わったのは2027年からである。医療ターミナルには医師も看護師も常駐していない。専門医の診断や指示は遠隔的に行われ、ロボットハンドによる救急措置や緊急手術も行うことができるようになっている。

 このような革新的医療システムは、パラメディカルシステムと呼ばれ、医療大学、看護学校、LHCC(旧救命救急センター)の三点セットが揃っていた地方中核都市から始まった。今日では医療大学とLHCCはすべて田舎に移設され、都市は医療ターミナルとクリニック、田舎はLHCCという構造が明確化されている。

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