試合開始
5.
日曜日。
智佐子、妙子、和正、敏子の4人は綾の部屋の真下のあたりの垣根を挟んだ自己の敷地内に集まっていた。
敏子は何故こんなところに集められているのか疑問だった。家で本を読みたいのに。
と、コンコン、と隣人が咳き込む音が聞こえる。
妙子がわざとらしく芝居がかった大きな声を出した。
「いやだ、気持ち悪い。変な病気じゃないでしょうね」
併せて智佐子が大声を出す。
「感染ったりするんじゃないかしら。ちゃんと治療してほしいわー」
確実に隣人に聞こえただろう。
和正はにやにや笑っている。
これをやろうとしたのか。と敏子は思う。
こういう時、母に合わせないと機嫌が悪いのだ。
敏子は小さな声で、
「気持ち悪いー」
と合わせる。
それを見て妙子は満足そうに笑った。邪悪な笑みだった。
敏子はこんなことをして後で罰せられるのではないのだろうかとは思わない。
大人を恐れない、今どきの子供だった。
敏子は本を読むが、想像力が残念だった。
また、コンコン、と咳き込む音が聞こえる。
そう言われてみると、隣家から咳き込む音をよく聞くかもしれない。
クラスメイトに喘息の子がいるのだが、隣人もそうなのだろうか。
しかし、敏子には喘息が感染するものなのかどうかわからない。
大人たちの態度から、隣人は責められるべきなのだと錯覚する。
咳に合わせて妙子たちが笑い声を上げる。
敏子も笑った。先ほどより大きな声を出した。
日曜の夜も、いつもと変わらずプラスチックケースを積み上げる仕事はある。
和正はそれを幾分か乱暴に音を立てて積み上げていく。
これはメッセージ。
ひとつひとつが偶然ではないという和正たちからのメッセージ。
あなたが、気にくわないというメッセージ。
月曜日の昼。妙子は日勤で出勤。和正は配達。敏子は当然学校だった。
現在、智佐子一人である。
智佐子は今の窓からじっと、丁度見える隣家の勝手口を見つめる。
やがていつもの時間になり、綾が勝手口を開けて出てきた。
(何鑑定士だか知らないけど、相変わらずのご出勤。とっととまともな時間に働いたら?)
鍵を閉め終えた綾が振り返って顔を上げる。
目があった気がした。
(そうだ。嘘に違いない。綾の父は見栄っ張りな男だ。田舎で物を知らないやつが多いのをいいことに、綾の父がついた嘘だ)
智佐子はリビングの入り口に行き、乱暴にドアを開け閉めした。
それだけでは足りず、タンっと音を立ててリビングの窓を開けると、
「やだよ!あの子!こっちを見てる!」
乱暴に雨戸を閉めた。
ガシャーンという音が静かな昼下がりの集落に響いた。
夕暮れ、和正はプラスチックタワーの隣にいた。
昼に母がどんなことをしてやったか聞いていた。
綾が垣根の向こうを歩く足音が聞こえてくる。
数々の意図された仕打ちに今頃気づき、しょんぼりと歩いているだろう。
あの頃のように少し悲しそうな顔をして。
足音が和正の近くまで近づいたとき、
「うらあ!」
和正は突然声を張り上げた。
ざざっと足音が乱れる。
驚いてる、驚いてる。和正は満足げに笑った。
面白いテレビがやっていて、家族で夢中で見ていたらいつの間にか23時を過ぎていた。
和正は慌てて外に出る。
綾の部屋の明かりはすでに消えていた。
和正は舌打ちする。
乱暴に音を立ててプラスチックケースを積み上げていく。
完全に出鼻を挫かれた格好で気分はいまいちだった。