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超常の料理  作者: ぼるとあんぺあ
1/1

燃える客人

「2番テーブルの生姜焼き定食と醤油ラーメン上がったぞ、持ってってくれ」


「はいはーい」


 食事の場。賑わう客達の話し声の中でその声はよく通る。

 少女は出来上がった料理をテーブルへ運ぶ。


「やっぱここの料理だよなぁ」


「ちげえねえ、ここで生活してて唯一良かったと思えることだ」


 常連らしき客は出来立ての料理を口に運び、舌鼓を打つ。


「そりゃあどうも」


「いつもありがとうございます」


 料理人と呼ぶには少し幼さが残る少年と明るく可憐な少女。

 一見の客からすれば、年季の入ったこの店の厨房に立つには少し違和感がある二人。

 しかし、料理を食べれば容姿など関係ないのだと思い知らされる。





 店内の客も減りだした頃、視線は時計へと向けられた。


 時刻は14時前。最後に料理を出した客が来てから店の扉は開いていない。


「兄さん、デザート類の準備しておくね」


「ああ、頼んだクイナ」


 クイナと呼ばれる少女は、冷蔵庫から餡子や白玉なんかを出して調理を進めていく。


「今日は和風か……相変わらず手が込んでるな……」


 テキパキと料理を進める妹を見ながら思わず呟く。

 自分の妹ながら手際の良さに感心する。

 自分でも作れないことは無いが、


「甘いものは女の子が作ったほうが客のウケもいいだろう」


 という思いつきから甘味類は妹任せだ。

 実際、妹目当てにくる客も多くこの提案は中々に好評であった。


「そろそろいつもの連中が来る頃か」


 14時過ぎ、毎日のようにクイナ目当ての客達が彼女手製のデザートを食べにくる。

 むさい男達が可憐な少女に感謝しながら顔に不釣り合いな可愛らしい料理を頬張る中々に凄まじい絵面を思い出してしまう。

 そんな光景を頭に浮かべていると、


 扉の開く音が聞こえる。

 いつもの連中が来たなと厨房から乗り出すと、


「まだお昼って食べられます?」


 そこには丁寧な話し方とは対称的な赤髪のツンツン頭。

 サングラスをかけたガラの悪い男がそこにいた。


「もちろん」


 見ない顔であるがこちらも客商売経験は長い。外見で戸惑うことはないのだ。


「では、カレーライスを激辛でお願いします」


 ―――激辛。

 客は簡単にいうが、どこまで辛くしていいものなのか。

 うちには辛さの基準がないため調整が難しい。下手に加減をするとそれはそれで怒られそうだ。

 そんな考えが浮かんだが、客を視る(・・)ことで思考を終えた。


「かしこまりました、少々お待ちください」


 厨房に入るとデザートの準備を終えた妹がこちらを見ていた。


「兄さん、お客さんの注文はカレー?」


「ああ、それも激辛。普通の人(・・・・)が食べないようなやつだ」


「料理人がしちゃいけない顔してるよ……?」

 

 能力の限りを尽くし、超常の料理をお客様にお出しする。それがこの店の方針。

 ―――それが食べ物という枠組みを超えることになっても!


「クイナ、カレーの材料出しといてくれ」

 

 いつもの材料はクイナに用意してもらうとして問題は調味料。

 一味唐辛子・シナモン・グローブ・クミン・ターメリック他数種の粉末スパイスと鷹の爪。

 ウチで用意できる辛さの要素はこれだけ、後は調理と量で辛さを際立たせる。


「調理開始だ」


 具材を食べやすい大きさに切った後に一味唐辛子を揉みこんで冷蔵庫へ。

 細かく刻んだ鷹の爪を油で炒め、先程の具材を投入。

 火がある程度通ったら、野菜が柔らかくなるまで具材と種を取り除いた鷹の爪を煮込んでいく。

 並行してフライパンでバターを溶かしつつ、薄力粉、各種スパイスを加えてカレールウを作る。

 具材を串が刺さる程度まで煮込んだらカレールウを溶かし、胡椒で味を整え―――


「お待たせしました、激辛カレーライスです」


「おぉ、中々早いですね。それでは頂きます……」


 厨房で生み出された合法の凶器が男の口へと運ばれる。

 男はそれをあろうことか味わい、喉の奥へと迎え入れ―――


「きたきたきたああああああああああああああ!!!!」


 天井に向かって口から火を吐きながら、立ち上がり叫び出した。


「おい待て!火事になるから火吐くのやめろ!」


「おっと、失礼……」


 厨房から顔を覗かせている妹が苦笑いしながら焦げた天井を見ている。いつのまにか握られていた消火器を戻してくるよう、ジェスチャーで伝えておく。


「俺に辛いと思わせるカレーを作る店は初めてだ。」


 当然だ。普通の店は常人が食べられる中での激辛。この男には物足りないだろう。

 というか、急に話し方が変わったな。


「特に驚いたのは、カレールウだけでなく具材自体も辛い。加えて出てくるまでも早かった。この激辛カレー常備しているのか?」


「いいや、きちんと注文を受けてから作っていたよ」


「まさか!注文をしてから十分程、一から作るには早すぎる時間だ!」


「店の名前は見たか?ここは普通の料理屋じゃない」


 超常と呼ばれる超能力を持って、料理をお出しする。


 ―――『超常の料理』


 それがこの店の名前だ。


「具材は一味唐辛子を漬け込んだ状態で十二倍に加速させた。調理工程も全て六倍程加速させてある」


「超常で調理された料理って訳か!なるほどあんたの超常は加速ってことか!」


「いや、違うけど」


 盛り上がっていた会話が止まる。男は間抜けな声を出して固まった。


「じゃあ、何なんだよあんたの超常は!?」


「説明がてらちょっと協力してくれ。飯代タダにするから」


 妹に店を任せ、近くの広場へと向かう。


「お客さん、炎系の超常持ちだよね?」


「ああ、炎系……『燃焼』だな。窒素をメタンに変換してそれを燃やそうとする意志が発火させる。」


 超常の構造自体は至って単純だが……。

 天井黒焦げにしたのは昂ってうっかりではなく、燃やそうという意志があったのか……。

 ともあれ、向こうが超常を説明してくれたのだ。こちらも説明するのが筋だろう。


「俺の超常は『解析』だ」


 ―――『解析』

 あらゆる技術、物体、現象を解析し、理解する能力。

 ただし……


「あくまで解析するだけなんだろ?何で他人の超常を使えるんだよ」


 そう、あくまでも理解するだけ。

 超常は発現するものであり、理解したからそのまま使える訳じゃない。


「他人の超常をそのまま使ってるわけじゃない、ただ再現してるだけだよ。物は試しだ。火を出してくれるか」


 男は手を前へ突き出す。周囲に人がいないことを確認し、超常を起こす。


「――――――――――はっ!」


 突き出された手の先から炎が正面へ吹き出す。

 それを、俺は―――


解―――析(analyze)ッ!」


 炎に意識を向ける。


 構造を理解し、


 概念を感じ、


 経験を学び、


 炎の感覚が自身の中に流れてくる。


 ――――再構成(compile)開始(start)


 変換、振動、加速、操作の要素を検出。


 検出された術式を統合。


 ――――――――――解析(analyze)終了(end)


 男にならい手を突き出す。統合した術式を起動(open)


 超常とは異なる力を持ってその現象を再現する――――!


「――――――――――はあっ!」


 手の先には炎。


 男の超常はここに再現された。





「本当に再現できるんだな…しかもあの力の流れ、魔術ってやつか?」


「ああ、けれど技術を模倣したところで現象そのものは再現、よく似た別物でしかない」


 ――――魔術。

 超常を見た人々がそれを再現しようと研鑽を重ねた知識と技術と経験の極致。

 過程を聞くと努力の果てともいえるが所詮は劣化品でしかない。


 だからこそ魔術は超常に決して追いつくことはない。

 俺と男が炎で競い合っても、比べるまでもなく俺は敗北するだろう。


「魔術なんて曰くつきの連中しか使ってないもんだと思ってたがな」


「使ってる奴は白い目で見られるからな……」


 そんな会話をしながら店に戻る。


 扉を開けると―――


「クイナちゃーん!こっち見てー!」


「はーい♪」


 ―――どこかの学校の制服を着た妹がカメラを持ったおっさんに囲まれていた。


 ああ、またこの光景か。


「……ありゃなんだ」


「……ファンクラブの連中だ」


 兄である俺が言うのもなんだが、妹は可愛い部類に入るだろう。

 整った顔、透き通るような肌、絹のような髪、細すぎず太すぎず、かつ胸は発達途上ながらも服越しに主張してくる。

 モテるのは必然だろう。

 兄としては、それらの要素はどうでもいいし、全く昂ることもない。

 妹はチヤホヤされるのが好きで、こういう風に大勢の人に求められることは嬉しいらしい。

 いつものことだし、嫌がっていないのなら止める必要はないだろう。

 ……ローアングルからカメラを向け、下半身が不自然に膨らんだ鼻息の荒い男が数人いたことは気にしないでおこう。


 見なかったことにして再び扉をくぐる。


「今日はありがとうな、自然系の超常使いはあまりいなくてな」


「礼をいうのはこっちだ、いい燃料補給ができた。また来るよ」


 歩き出した男は思い出したようにこちらを向く。


「俺はナックって呼ばれてるんだがあんたは?」


「クロ。それが俺の呼び名だ」


 なるほど、やっぱ後輩君か。と言ってその姿は遠ざかっていく。

 さて、晩に備えて仕込みでもしておくとしよう。





 夕飯時の混雑も落ち着いた頃、

 クイナのお腹から間抜けな音がなった。

 客も今はいないし、俺達も夕飯を済ませるべきだろう。


「カレーでも作るか」


「うん」


 昼間の手順とは違い、辛さよりも旨味に重点を置く。

 具材を煮込む際に、カツオ出汁とめんつゆを少々加えて……


 よし、完成。


「「頂きます」」


 立ち上る香り。ここは自分達の故郷なのだと感じさせる。

 口に含む。

 肉の油によるコク。そして包み込むような出汁の風味。

 頼もしさと優しさ。父と母。

 カレーの両親の優しさを感じる。

 クイナの方に目をやる。

 表情を見る限り、気に入ってくれたようだ。



 夕飯を終え、後片付けも終えた。

 時計の針は20時前を差している。


 店の扉をくぐり、天井を見る。

 街中にアナウンスが流れる。


「20時になりました、照明を夜間状態に移行します」


 無機質な声の後、辺りが薄暗くなる。

 ドーム状の天井と首から下げられた管理番号が自分の立場を嫌でも思い出させる。

 超常を宿しているだけで外の世界から隔離され、名前も失い、この檻の中で管理される。


 ―――『掃き溜め(dust box)


 いつからか、俺達の住む世界はそう呼ばれるようになっていた。


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