いつかの友へ、最大級の『愛してる』
はい、伊庭 トラの助です。
今回、丁度いい時間があったので書きました。
楽しんでくれたらいいなと思います。
『いつかの友へ、最大級の『愛してる』』
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「いや〜にしてもまぁまぁ寒いな、此処は」
ある村の外れの森の中、頭に二本の大きな角が生えた青年は、おそらく幾千年は超えているであろう巨大樹に向けて歩いていた。
九月。すっかり青など枯れ果て、緑に色彩を奪われた木々達。
この村では、虫達が合唱する夏芽の頃、春に咲く薄桜とは違う、花は静寂の青、『青文蝶』という桜が咲く。
つまりは、春は桜、夏は青桜という二つの花が、巡り行く季節を飾る。
そんな気配は一向に見せず、緑の独占上と化した森の道を歩いていく。
「あ、ついた。此処だ。」
木々達から刺す木漏れ日の道を抜けると、奥に巨大な大木が見えた。
辺りは何故か森というのに全く木は生えていない。地面には色彩色とりどりの花が咲いていた。
まるでこの大木に近づけない、入ってはいけない神聖な場所のように感じた。
その大木の下、ポツンと佇む二つの墓石。
「よ、お二人さん。今年も来たぜ」
そう言って二つの墓石の前にしゃがみ、墓を見る。
その墓石には、『河童 第十六代憲兵河童団団長 実平京助』、
その隣の墓石、『倉昌 紫暖』と法名が刻まれている。
二人とも、オレの最愛の友だ。
その隣には三つの台石が並んでいる。
「にしても何も変わらないな。本当何でこんなに汚れ一つ無いんだ?」
そう言って彼は、独り淡々と二つの墓石に喋り掛ける。
「京助、紫暖、向こうで元気にやってっか?オレ?全然元気。生命力が取り柄だからなオレは」
なんて胸を張って話す。
「あ、知ってる?血吸蝙蝠一家の娘等、オレらと四つ八つ違うだけなのにやっと成長してきて、長女なんて、オレの目まで来てるからね身長。オレはあれだ、こんな性質だから老いないじゃん?外面的には。いや、今でもガキん時は楽しかったな〜って思うわ。」
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オレがガキだった頃、いつも昔から五人組を組んでいた。
その五人とは、オレ、鬼の鬼述 悠士、天狗の飛烏、河童の京助、吸血鬼のギュラバーン通称ギュラ公、そして人と妖怪の間に生まれた珍しい種族、人妖の紫暖。
いつも何をするにもその五人だった。
奇しくも同じこの村に生まれ、同じ寺子屋に通って、遊んで、寝て。
種族は違う異色の五人組だったが、何故か楽しかった。
そんな日常がずっと続くと思ってた。
だがそれは間違いだった。
どんなに今が楽しくても、いつかは離れ離れになる時が来る。オレら五人はそれぞれ種族の『壁』にぶち当たった。
オレはこの『天幻村』という、他とは違う『何か特殊な力で、ありとあらゆるものを惹きつける』というこれまた厄介な力がある村を代々護り続けている鬼の英雄一族に生まれた訳だ。だから体術やら訓練やら色々やらされて、次期の守護大名妖怪候補として、期待された。
しかし、それはオレだけではなく、天狗の飛烏も力を付け天狗最上級の鼻高天狗になったり、ギュラ公は誇り高き吸血鬼一家の長男として、絶対の権利を持ち、多くの軍を率いていたり、京助は河童としての素質がずば抜けて高い上、忍者の河童に弟子入りして、河童団団長になったりと、皆それぞれ種族のしきたりに習い着々と力を付けていた。
それから五十年後、皆周りの環境が落ち着いて、この村の経済や軍事が安定した頃、偉いさん達の会議に、一同集結。
そこで皆共に成長を共感していたのだが、そこに人妖の彼女の姿はなかった。
知り合いの妖怪に聞いても、どうやら40年程前から行方を晦ましているらしい。
彼女に何があったのか。彼女はどんな魍魎にも優しく接してくれたお姉ちゃんみたいな存在だった。
でも何故か彼女は生きているということだけは感じて居た。
巡り行く皆に会えない日々の中、それは突然に起きた。
そのお偉いさん達の会議からわずか四ヶ月後のことだった。
この村の特殊な力を狙う地方の豪族達や、妖怪達が兵を挙げて一致団結、奇襲を掛けて来たのだ。
オレや飛烏、京助、ギュラ公はそれぞれこの村を護る為に意味もない争いを強いられた。
結局皆の奮起でこの村は護れたが、その代償はオレ達の心に深い傷跡を残した。
天から降り注ぐ終戦の雨粒が大地に癒しを与える中、
河童団団長 実平 京助は、
天狗の飛烏に抱かれて、死んでいた。
優しい顔だった。いい奴だった。最期は飛烏を庇って、
友人として、戦士として、
そして男として、天命を全うした。
オレは悲しむより、怒るより、立派に戦い護り抜いた一人の男の亡骸に、ただ最大の敬意を称し、深く敬礼をした。
戦後、彼の葬式は、彼と関わった多くの河童や妖怪達により執り行われた。
その時の飛烏の泣き声も、顔も、弱さも、普段の明るい彼女からは想像もできないような悲しみは、オレに自分の不甲斐なさを植え付けた。
享年百二十歳、周りの人々からとても惜しまれた、戦死だった。
オレ以外の皆は悲しみに暮れている中、どうしていいか分からないような状態のオレに、さらに追い込む出来事が起きる。
この村の調査班や、偵察班の奴らから、「四十年程前から行方を晦ましていた、倉昌 紫暖の姿が発見された。しかし彼女は、例年から突如発生した『空木ノ村大量殺人事件』の犯人だと判明したため、次期発見次第身柄を拘束し、奉行所に引き渡す。また、彼女の抵抗次第で、『排除』することを厭わないとする。」
と連絡が入った。オレ等三人は混乱した。何も知らされていなかった為である。
彼女が殺人事件の犯人?
身柄を拘束?
奉行所に引き渡す?
『排除』?
あり得ないと、嘘とさえ思った。
だが、真実は残酷だった。
運命の日、三十四年前のあの日。
「彼女を発見した。だが、彼女は暴走し、一時的に交戦中。援軍を求む。」
との連絡が入り、オレ、飛烏、ギュラ公は、かなり複雑な心境のまま、現地に向かうことになった。
現地に着くや否や、オレ等を待ち受けていたのは、信じ難い光景だった。
そう、あの時の優しいお姉さんだった面影は一切なく、酷く乱れた茶髪の長い髪は足元まで伸び、体は傷だらけ、まるで別人のように化け物じみた異質の生命体が、全力でこちらの軍に殺意という名の敵意を向けていた。
辺りは我が軍に囲まれ、彼女の辺りには、恐らく人、妖怪達の無残な死体が転がっていた。
彼女の背後からとても禍々しい気配がする。
この状況で拘束など無論出来るはずなく、その場の全員の思考は『排除』、ただそれだけが唯一彼女を止められる手段だ。
オレは完全に冷静を失い、近くの魔導士に摑みかかる。
「オイッ‼︎一体どうなってやがる。あれはなん…」
「ーーあれは『人形神』。悪霊最悪の憑き物さ。」
そう言ってオレの話に介入してきたのは、大魔導士の椹 智之。
彼は、その丸眼鏡を弾き、非常に深刻そうな表情を見せ話す。
「人形神…」
「人形神とは、人間の欲望や憎悪の念が込もった人形が祀られると、その中に溜められた怨や欲望が、化けて悪霊になり、祀った者は、なんでも欲しい物を手に入れたり、願い事を叶えられる代わり、祀った者に強力に取り憑き、決して離れる事は無い。だから地獄に行っても関係は無く、『取り憑いた者は死ぬ際に非常に苦しみを味わいながら死んでいく』。」
「そんな…」
後ろの飛烏が叫ぶ。
「なんで紫暖!なんでこんなこと…」
「全員、構え‼︎」
「待て、やめろ‼︎」
「おいてめぇ!彼女は撃つな!消し去るなら人形神に…」
「ダメだ」
「ーー‼︎何故…」
「言っただろう?あれは強力な憑き物だって。例えあれ本体を祓った所で、もうあれの身体になった彼女を殺らなければ意味がない。それに、彼女にはこんな化け物を生み出した罪を被って貰わねければね。彼女一人にどれだけの犠牲者が出たか。」
「…ッ‼︎」
それ以上何も言い返せなかった。それが一番今の最善の策だったのを知っていたからだ。
何もどうすることも出来ない無気力のまま、ただ流れに身を任せた。
「全員、撃て‼︎」
と彼の声が辺りに響いた矢先、総員の火縄銃の玉や、魔導士達の魔法、妖怪達の妖術が一斉に彼女に向け発射される。
オレ等は何も出来ないまま、ただその轟音だけを聞いていた。
しばらくして、鳴り響く轟音が止み、砂煙の中から出てきたのは、見るも無残な姿の彼女が、辛うじて立っていた。しかし、彼女は今にも死にそうな、虚ろな目をしていた。
体中、火縄銃の玉により貫かれた穴から血がどくどくと流れ、魔導士の魔法、妖怪の妖術をもろに被弾し、所々肉や皮膚が欠けていた。
オレ等三人はただただ『絶望』だった。
最期まで踠き、抗い苦しんで死んでいく彼女をこれ以上見れなかった。耐えられる筈がなかった。
オレは今にも暴れ出したい怒りを必死に抑え、ただただ立ち尽くした。
隣の飛烏は、小さな子供の様に、大声を上げながら泣き叫び、ギュラ公は無気力に膝をついて今にも降り出しそうな雨雲を見上げ、ただ静かに泣いていた。
すると、今にも死にそうな彼女が何か声を発した。
「悠…士、飛……烏、ギュラ…ちゃん」
「ーー⁉︎」
なんとその状態から、枯れた聞き覚えのある
優しい声が聞こえた。
オレ等一同目を丸くした。
「ごめんね……迷惑、かけて…」
「…なんで」
「……」
「なんでこんなことをしたんだ‼︎なんでこんな…取り返しのつかない事を」
その内に自分の気持ちが分からなくなり、ただ彼女に向けて問いかけた。
すると、彼女はオレ等が昔好きだったあの笑顔を見せ、静かな声で言った。
「私は…ね、あなた達四人が…人生の何よりも…好きだった。」
今まで何とか耐えていたオレにもその言葉を聞いて胸から溢れる気持ちが抑えられなくなり、大粒の暖かい涙が溢れでた。
「だから……私よりも長生き…するあなた達は…きっとこの先…苦しい事や、辛い事が…沢山、ある…だから、あなた達には…何があっても幸せに…なってもらわなくちゃ」
「違う‼︎こんなのは本当の幸せじゃない!…君の……お前の命で約束された幸せなんて…」
「大…丈夫。…私は…もう、あの日…あの時…みんなと居た時間が…十分、幸せだったから」
「うぅ…」
「悠士…飛烏…ギュラ、ちゃん。これから…私の大好きなこの村を…みんなを…宜しく……頼むわ…ね」
「…グッ…ウゥゥ…」
「最後に…一…言、あなた達に…最大級の……愛を込めて…」
『ありがとう、愛してる』
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「ーーんあ?ああ、ちとあの頃を思い出しててな。ほんと、あん時が一番辛かったわ」
すると、彼はそっと顔を上げ、『何か』を見て一人淡々と話し続ける。
「…あのさ、ほら、こんなご時世いつなにが起きるか分からんじゃん?オレも、みんなも、この村も、この世界も、いつ死ぬか分からないし。で、最近はさ、色んな奴らが来て、ワイワイやって、凄く楽しいんだ。だからさ、多分……いや、もう此処には当分来れないと思う。護るべき人達が沢山出来たんだ。だから…もう全部言うわ。
……あ、この先のことなんだけど、またもう少し待ってくれよな。まだ沢山やることあるから、先に二人で酒でも飲んで待っててくれ。いつか必ず飛烏とギュラ公連れて、そっち行くから。そんでまたこの木の下で飲もう。約束だ。
あとは…一つ頼みたいことがあるんだ。
あの時、『私よりも長生きするあなた達はきっとこの先も苦しい事や辛い事がある』って言ったよな?あれ、あながち間違ってないぜ?きっとオレは『死』というものに何処かで躓いて、苦しい事や辛い事に必ず悩まされる。
…その時に、お前らには見守っていて欲しいんだ。つまりは……
オレもこっちで頑張るから、お前らには笑って見守っていて欲しい。ていうこと、かな。
……ああ、時間も時間だし、じゃそろそろ戻るわ。
最後に、まだお前らには言ってなかったな。」
と言った彼は墓の前の花立に、薄い暖かな青紫の紫苑の花を添え、一回深呼吸し、一つ一つ丁寧に、ゆっくり、でも確かに想いを込め、彼が愛した『心友』に言葉を贈る。
「…一緒に過ごしてくれて、
一緒に遊んでくれて、
一緒に笑ってくれて、
一緒に…泣いてくれて、
一緒に……生きてくれて、
いつもの………五人に、
この出会いに…………、
この世界に……………、
『ありがとう。 最愛の友へ。愛してる。』」
彼が去った後、いつからかその大木の下の足元には、
暖かい薄青紫色の紫苑の花が、
床一面に咲いていたという。
おわり
紫苑の花は、『追憶』『遠くの方にいる愛する人を想う』という花言葉ですよね。9月、10月が旬。
しかも、丁度舞台では9月の設定ですから鳥肌立ちましたね。え?わざとだろ?
これがマジなんです。まぁ読んでくれるだけでも嬉しいです。次またお会いしましょう、バーイ。