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01 召喚してください!



 私は今日も、長い長い行列に並ぶ。

 行列には、様々な精霊や獣の姿がある。

 背中に大きな角が六つも生えた亀や、足に羽の生えた人型の精霊。

 彼らは一様に強そうだったり、賢そうだったり。


 ここは永遠の国イデア。

 人間たちの住む有限の国セーマとは、対を成す界域だ。

 イデアとセーマは隣り合わせ。

 しかしその間には忘却(レテ)という深くて長い川が横たわっていて、気軽に超えることはできない。

 イデアの住人がセーマに行く方法はただ一つ。

 向こうに暮らす人間に、使役獣として召喚されるより他ないのだ。

 そしてこの行列の先には、そのセーマに行くための召喚陣が口を開けている。

 神の恩恵にあずかるイデアには、諍いがない。限りがない。お腹は空かないし、死ぬこともない。

 平穏で穏やかな世界。

 けれどだからこそ、精霊たちはセーマに憧れるのだ。

 セーマは限りのある世界。憎しみや苦しみのある、けれどもそれに打ち勝つ喜びのある世界。

 戦い、傷つき、自分が生きていると実感できる世界。

 セーマから戻った先人たちは、皆その世界がどれほど素晴らしいかと目をキラキラさせて語る。

 だからこそセーマに向かう召喚陣には、こうして常に精霊が長蛇の列をなしているのだ。



 じろじろ。

 じろじろ。

 沢山の視線が、私に突き刺さる。

 それもそのはずで、私の種族はイデア界最弱のロップイヤー。

 気配には敏いけれど、上手いのは穴を掘ることぐらい。

 一族は皆臆病で脆弱だ。当然使役獣としてセーマに行ったことのある者など一人もいない。

 でも私はどうしても、セーマに行きたかった。

 行かなければいけない理由があった。

 だから家族の反対を押し切って、この召喚陣のある街までやってきたのだ。

 けれど周囲を見渡すと、腕に覚えのありそうな強者ばかり。

 ロップイヤーの里から初めて出た私は、つい鼻をひくひくとやってしまう。


 ―――落ち着かない。


 精霊達は私に気付くと、一様に二度見して怪訝な顔をする。

 彼らの表情は言葉よりも雄弁に、私が場違いであると語っているのだ。


「おやおや可愛いウサギちゃん。並ぶ行列をお間違えじゃないかい?」


 声を掛けてきたのは、硬そうな鱗に覆われた蜥蜴男(リザードマン)だった。

 鋭い牙は恐ろしいが、そのつぶらな目は優し気だ。

 私は体の震えがばれないように、殊更胸を張った。


「いいえ間違ってはいません。ここは召喚陣の順番を待つ行列ですよね?」


 はきはきと言い返すと、リザードマンは目を更にぱちくりと瞬かせた。

 瞼があるということは、彼はヤモリ族の系統ではないらしい。


「じゃあお嬢ちゃんは、まさかセーマに行くつもりなのかい? 物騒な殺し合いの国に?」


 有限の国セーマでは、動物は他の動物を食べるし、人間も動物や人間と殺し合いをするのだという。

 つまりはイデアと比べてとても野蛮なところで、リザードマンの驚きは当然のものだった。

 脆弱なロップイヤーではすぐに殺されてお終いだろうと、周囲の精霊たちが呆れたり憐れんでいるのが空気で伝わってくる。

 私はそんな周囲の態度に心が折られそうになるのを感じながら、それでも気持ちは変わらなかった。


 (誰に何と言われようと、私はセーマに行く! 行ってあの子(・・・)に会うんだ!)


 誓いを新たに、私は鼻息を荒くした。

 今日のために鋭く研いだ前歯を、相手にちらりと見せる。


「セーマは望めばどの精霊だって行けるはずですよね? なら私が並んだって問題ないはずです!」


 勢いよく言うと、リザードマンはやはり困った顔をした。


「そうかい、悪かった。まあ達者でやれ」


 彼が呆れたのは明白だった。

 リザードマンはそう言って、行列の自分が並んでいた場所に並び直す。

 周囲から呆れるような気配が漂ってきたが、私は気にしなかった。

 ここに来るまでにだって散々、呆れられ止められ諭されてきたのだ。

 それでもセーマに行くという私の気持ちは変わらなかった。


『僕の可愛い、兎ちゃん』


 人間の子供の、甘い声。

 昨日のことのように思い出す。

 あの子のためなら、私はなんだってできると思った。



  ***



「次!」


 何日も並び続けて、ようやく私の順番になった。

 召喚陣を司る番人は、私を見て驚き、そして手元の紙と私の顔を交互に見た。


「お前がシーフ志望の、ネザーランド・ミミ・ロップに相違ないか?」


「はい!」


 姿勢を正して、勢いよく返事をする。

 行列に並ぶ前にどの職種になりたいか希望を出し、それに応じた召喚陣に並ぶのが通例だ。

 私が選んだのは自分でも唯一できそうな、素早く移動したり相手の動きを探ったりするシーフという職業だった。

 因みに希望は書類で提出する。

 さらにはその書類には、召喚陣を通ったら二度と戻れない可能性があることや、最悪死んでも戻ってこれない可能性があることなども注意書きとして書かれていた。

 それらすべての条件を了承した上で、書類にサインをして私はここに立っているのだ。


「ここから先は有限の世界セーマだ。イデアとは違う野蛮で苦痛に満ちた世界。それでも汝はかの地に赴くのか?」


 古い訛りのある言葉は、おそらく召喚陣に精霊を通す時には必ず尋ねる文言なのだろう。

 私はもう一度、大きく息を吸って返事をした。


「それでは陣の中央に」


 番人に促され、私は召喚陣の真ん中に立つ。

 召喚はセーマにいる人間がアトランダムに行うので、いつ呼び出されるかは分からない。長い時だと、この召喚陣の上で一日以上待った精霊もいるという。

 流石にそんなに待たされるのはいやだなあと思っていたら、地面がぼんやりと光り始めた。

 光は大きな円陣を隙間なく埋めるように大きくなってき、やがて一本の大きな柱となった。

 とはいっても、その内側にいる私からは、ただ眩しい光に飲み込まれたということしかわからなかったが。


「まさかっ、光がこんなに強いということは……っ」


 番人の狼狽する声が聞こえた気がしたが、私の意識はそのまま光の中ですっぱりと途切れた。




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