第六話:初陣
前回のあらすじ
ねんがん の あしゅら を てにいれたぞ !
あれから2週間が立ち、8月に入った。光明は新たな力である複合武装【阿修羅】を手に訓練を行っていた。しかし、訓練した時間と比較して武器の習熟としては全く上達はできていない。なぜならば武器が複合武装であるためだ。武器の姿が6つあるということは、逆に言えば6つの武器の練度を鍛えなければいけないということになる。大剣、双剣、両刃剣、銃、弓、ハサミ、明らかに使い勝手の異なるそのすべてを使うことができなければこの阿修羅を使いこなすとは到底言えるものではない。
光明はとりあえず基本形態ともいえる大剣形態での訓練を行うことにした。天城がある程度基本的な戦術が似通っているブロードソードを使うため教わるのにちょうどよかったからでもある。2週間、基本的な体裁きなどをはじめ、模擬も行っているが、やはり2週間やそこらでは素人に毛が生えた程度しか上達していない。しかし、肉体強化により疲労しない分、尋常での方法よりも訓練量を多くとることができ、鍛錬の密度は高いものといえる。今日も瞑想から訓練を行っていたが、今回は少々毛色が違った。
「だいぶ安定してきたね。そろそろ派生に移るかな。」
天城はそういうと、光明に向けて手のひらを見せるように差し出す。
「ここに何が見える?」
「いや、何も見えない。」
光明の目には、天城の手のひらの上には何も見えなかった。天城は無言で頷くと、次は目にエネルギーを集中させるように言う。
「おぉ……なんか見える……。」
天城の手のひらの上には発光する球状の何かが浮かんでいた。それはなにか聞くまでもなく光明は理解する。霊子である。天城は手に平から放出させた霊子を手のひらの上で球状に固定していたのだ。通常の方法では見ることは出来ない霊子も、目に霊子を集中させることで見ることができるようになる。
「やっぱり筋が良いな。それが霊子だ。訓練には時間がかかるが、慣れるとこの霊子の動きから相手の次の動きを読んだり、相手の実力を測ったりすることができる。逆にこれを利用して、自身のエネルギーを抑え込んで、実力より弱く見せて相手の油断を誘うということもできる。そういった駆け引きのための力が”視る”ということだね。」
これこそが武器を作り出す際に鬼道が言っていた”視る”といった行為なのだろう。光明は感心しながら天城の手のひらの上に停止している霊子を見ていると、球体だった霊子が立方体に姿を変える。
「ん?四角くなった?」
「そう、ちゃんと見えてるんだね。霊子の扱いに慣れるとこうやって外部に放出したり、形を変えることもできる。次はこの”視る”という力を鍛えるのに並行して、放出する訓練もしていこうと思う。」
「”視る”だけでいいと思うぜ?そいつは初日で真空刃飛ばしてたからな。そういうのに関しては多分十宮は天才だ。」
そうやって割って入ったのは隣で大吾に稽古をつけている七海だった。七海は実践あるのみ!と言って大吾とひたすら組み手を行っている。大吾は手足に錘のついたプロテクターを着用させられており、少しでも集中力が鈍るとその負荷がかかって動きが鈍くなるといった様子で過酷だが慣れれば成長も早い訓練法でもある。なお肝心の大吾は数時間に及ぶ訓練のせいですでにグロッキー気味で息も荒い。七海はああ見えてかなりスパルタらしい。
「まだいけるぜ!七海先輩!」
「おう!かかってきやがれ!」
汗だくでへばっている大吾だが、床に拳を大きく打ち付けて体を起こす。大吾は負けず嫌いだ、七海のスパルタ訓練にも必死でついていこうとしている。七海先輩は満足そうにそれを見ると大吾に向かい構えを取る。
園となりでは朝峰と日向が瞑想を行っていた。今現在二人が見繕った武器を扱える生徒が出払っているため、暫定的に時間を持て余していた逆月がコモンを受け持っている。日向はいちいち大吾の様子が気になるようで時折水瓶が揺れ、土間に小さな水たまりを作っている。対照的に朝峰は元来の真面目な性格が功を奏したのか、非常に安定しているように見える。
天城は三人の様子をちらりと見る。以前のような訝しげな表情はしていないが、やはり腑に落ちないものがあるようで、彼の表情は晴れない。天城は光明に向き直って訓練を再開する。
「成程、放出は慣れていると……」
「いや、あの時は必死だったし、どんな風にやってたかもよく思い出せないんだけどさ。」
「まぁ放出はそう難しいことではないが瞑想で霊子を制御できるようになる前に放出を扱えるというのは初めて聞いたな。」
「そうなのか?」
「あぁ、そもそも瞑想は霊子を知覚するためのものだ。知覚できていなければ放出どころか制御もできずに垂れ流すだけになる。」
光明はとりあえずやってみようと、まずは先程のように目に霊子を集中させ、視覚化できるようにした後、手のひらに霊子をを集中させてみる。満月の夜のがむしゃらで無我夢中に行っていた時のかすかな感覚を頼りに、また、武器を作った際に行ったように、自身から霊子を解き放ちながらもその場に停滞させるようなイメージ。
すると、光明の手のひらの上には、先程天城が出したものよりは多少歪ではあるものの球体状に停滞した霊子が発言した。天城は感嘆の声を漏らしている。
「成程、一発で成功か。七海先輩が推すだけあるな。」
光明は集中を続けたまま、次は形を作るように手のひらに浮かんだ霊子の球を変形させる。イメージするものは立方体、次に四面体。大きさを調整してみたり、形に拘ってみたり、いろいろ試して、放出させた霊子の操作のコツを探っていく。暫くして、炎のような形状をイメージしたその時。
「うおっ!」
「なっ!?」
手のひらの上の霊子が唐突に燃え上がって消滅した。正確には霊子が炎になったというべきだろうか。原理は不明だが、手のひらに厚さは感じない。大吾はもちろん天城や隣で組み手を行っていた七海、それに退屈そうに欠伸をしていた逆月までも唖然とした様子でこちらを見ている。集中が途切れた朝峰と日向は体中を水浸しにしている。一番驚いているのはもちろん光明だ。
「霊子法か、初級とはいえ、教えてもないのだが。」
「凄ぇな十宮!本来はイメージするだけで使えるようなもんじゃないんだぞそれ。」
イメージを形にする、ということだがその形を何らかのエネルギーとして捉えると霊子法というものになる。霊子法とは霊子を媒介にした原始的で単純な、それ故に強力な魔術や魔法の類である。基本的に炎や雷などのエネルギーはそのまま扱えるが、本来は数ヶ月から数年にわたっての期間を経て習得するものである。。光明が初日に扱っていた真空刃はそれの応用で、霊子を操ることで太刀筋の通った箇所に何もない空間を形成し、それを開放することで真空の刃が発生するというものだ。
天城は関心した様子で頷くと、七海と逆月に向き直る。逆月はその意図を理解したようで、逆月に変わって光明に向き直る。
「そこまでできるんだったら今夜はもう出しても大丈夫だろうよ、」
「あ?まだ危険じゃねぇか?」
「大丈夫大丈夫、俺も出る、有井瀬の嬢ちゃん、いや小僧も出るだろうしな。鬼道の小僧も治ったばっかの武器振り回したいみたいだし、斬咲の小僧も今からワクワクしてるからな。」
「なら大丈夫だろうけどよ……」
七海が心配するのも無理は無い、なぜならば今夜は新月。霊子の活動が弱まり魍魎や怪異の活動が活発になる。故に【学園】では月一で大規模な殲滅作戦を行う。フリーの退魔師や雨宮派、【協会】も同様に活動を行っている。また、この間は雨宮派も魍魎の相手で手一杯になるために、襲撃されることはないと考えられる。
「え?でも俺が襲われたときは満月だったぞ?」
「あぁ、それは霊子が怪異にとって脅威だからだ。」
「脅威?」
曰く怪異はは強すぎる霊子の発生源を排除しようとしてる。ごく一般的な人間が持つ霊子は怪異の持つ霊子と共鳴して対消滅する性質がある。これは陰陽の関係にあり、人間など、昼間を活動する生物や、夜行性の生物でも通常の理に則って活動する生物が持つ霊子は月の光、すなわち反射した太陽の光の性質に近い陽の霊子と呼称される。怪異の霊子はその逆で光を一切持たない闇に近い陰の霊子と故障する。それが昼間に魍魎が現れない理由で、新月のときに最も活発になる理由である。そして怪異が光明を襲おうとした理由も、強すぎる陽の霊子の発生源を排除するためだ。
「今日は新月、ボクたちの霊子が弱まり、逆に奴らの霊子が活発化する。だからキミが襲われた時よりも奴らは強化されている。しかしキミは力を得た。ボクたちも出るから危険な目にあうことはないだろう。」
「とりあえず、今日は訓練切り上げて一回寝るぞ。」
「七海先輩が休みたいだけじゃ……?」
「違うわ!篠宮、お前も寝ろ!俺も夜に備えて寝るからな!」
明らかに動揺している七海は凝ってもいない型を揉むような仕草を見せて修練場を出て行ってしまった。特訓から開放された大吾は仰向けに寝転がって汗だくでぐったりとしている。天城は一つため息をつくと仕方ないといった風な顔をしている。逆月は朝峰と日向にさっさとシャワーを浴びてくるように支持している。
「それでは、夜に備えようか。」
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日が沈み、夜が来た。陽の霊子が活動を弱め、闇が世界を侵食する。濃くなりすぎた陰の霊子は霊子を操る者共を、この世から隔離する。故に新月の夜の世界は退魔師から幽世と呼ばれている。空は漆黒で塗りつぶされ星明りは見えず、光り輝く夜の帝都も人の一人も存在しない死都へと姿を変える。
「嘘だろ……これが、帝都高かよ……」
大吾がつぶやくのも無理はない。帝都中央高速道路、通称帝都高は大和皇国最大のパイプラインであり流通の大動脈とも呼ばれる、昼夜問わず大量の車両が駆け抜けているはずのその帝都高が今では一台の車も見当たらない。学園の生徒達はその帝都高の中央分離帯の上で魍魎を待ち構えている。全く音もせず、人間どころか生物の気配すら感じさせない。ここにいるのは光明たちを含めた教員と生徒合わせて40名、ちょうど暮らすひとつ分である。聞く話によるとほかの場所にも多くの学園メンバーが赴いているらしい。無論学園の生徒だけでは手が足りないため、いろいろな組織や派閥が協力して、帝都を、大和を、世界の夜を守護するのだ。
「七海!やはり訓練2週間の新人を連れてくるべきではなかったと思います!」
「それ何度目だよ。大体俺とお前と天城、鬼道に凶夜それに逆月のオッサンもいるんだ。どこに問題があるんだ?」
「だーれがオッサンだ?あぁ?」
「痛いっ!関節はやめて!…………」
七海たちは先ほどからコントを繰り広げている。話を聞く限り七海も有井瀬もかなりの実力者らしいがこの様子だと光明は不安を隠せない。相対的に冷静な天城が凄まじく頼もしく見える。他にも楽しくと仕方ないといった様子で口元を三日月にしている斬咲や修理されたばかりの得物を確かめるように振り回す鬼道。
他にも思い思いの方法で時間をつぶす生徒と、煙草をふかしながらその様子を見守る二人の教員、1人は逆月、もう一人は光明もよく知る人物である、鼬の母親である我妻童子だ。彼女はもう50代になるはずだが、その年齢は中学生程度にしか見えない。お河童頭に落ち着いた色の和装だ。
「なぁ、天城。」
「なんだい?」
「七海先輩たちっていつもあんな感じなのか?」
「いや、違うね。君たちを不安にさせたくないんだろう。」
「へぇ、先輩たち俺たちのことがそんなに心配なのか?」
天城は何も答えない。その代わりにコントをしていた七海たちも動きを止める。他の生徒も本を読む手を止め、ゲームを片付ける。それを確認した鼬は腕時計の時刻を確認して、小さくつぶやく。
「……来る。」
時刻は丑三つ時、怪異が最も色濃く渦巻く時間。暗闇から陰の霊子が溢れだす。
―同時刻、中央区聖教会【教会】大和支部―
「奏琉ちゃん、今日はやばいよ!教会から出ちゃダメ!」
「……でも、十宮君たちが心配!」
【教会】の大和支部では香坂奏琉と最上泰葉が言い争っていた。彼女たちは感じ取っていた、今回の新月の夜の異常性に。いや彼女たちだけではない。黒峰七海も有井瀬悠人も、総じてこの感覚に襲われていたのだ。黒峰は自分たちの不安を後輩に感度られないようにあえてふざけて言い争うようなことをしていた。香坂は最上を振り払い、十宮光明たちが配置されている帝都中央高速道路へと向かおうとする。
「だからダメだって!」
「今日はいつもと違うの!泰葉ちゃんもわかるでしょ!?」
「だからって……!?」
「なに、あれ……帝都高へ向かってるの?」
教会の窓からは、見上げるような巨大な怪異が帝都高へと向かっているのが見て取れた。香坂は一人結審した様子で最上の静止を振り解き、教会の扉を開ける。
「修道女よ、此度の夜。一人で出歩くのは容赦できん。」
「村雨さん、私は、十宮君が心配なの。私ひとりじゃ何もできないけど。それでも見殺しにするなんてできない!」
村雨と呼ばれた男はこれは何を言っても無駄だと判断したのか、それとも初めからこれを見越していたのだろうか、教会の外を親指で示す。そこには教会の門には一台の車が止められていた。
「最上、貴様も同行せよ。」
「村雨さん!危険ですって!」
「香坂は言って聞くような輩ではない。生命に危険が生ずるのであれば逃がすことなど造作もない。」
村雨は香坂の後について車へと向かう。最上はもう何を言っても無駄だとばかりに駆け足でそのあとに追従する。香坂と最上が後部座席へ、村雨が運転席へと乗り込むと助手席にもう一人、誰かが乗り込んでいた。村雨は懐から素早く拳銃を取り出しその人物へと突きつけるもその瞬間には手首ごと銃が凍り付いている。
「うー、危ないなぁ。そんなもの向けないでよ。」
「何用だ」
「うー!面白そーなことするんでしょ?僕も混ぜてよ。」
助手席に座っていたのは小柄で厚手のファーコートを着込んだ少年、雪乃兎だった。村雨香坂と最上の反応から敵ではないと判断したのか銃を懐へしまう。その時のはもう村雨の手は氷から解放されていた。
「チッ!しかと掴まれ。」
村雨は強くアクセルを踏み込むと、誰もいない道路を全速力で、帝都高へとむけて車を走らせる。一人のイレギュラーを載せて。
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帝都高速道路に怪異が詰め寄ってくる。その中には子鬼や犬神以外にも、醜い人の姿を取った化け物がいた。鬼と呼ばれる、小型の集合体。そしてそれが集合し、さらに大きな鬼、大鬼へと進化する。怪異の姿を確認するや否やその場の生徒達は抑え込んでいた霊子を開放するように力を籠める。そしてそこには怪異とは異なる強大な力を持った怪物が、相対するようにそこに顕現していた。
一人は狼、【群狼の黒峰七海】赤い目を輝かせ獲物を狙う。獲物の牙は日本刀。襲い来る敵を薙ぎ払わんとすさまじい速度で魍魎の群れへと駆け出す。次の瞬間、七海の体がぼやけたかと思うと二人、三人と数を増やしていき十人を軽く超える赤い目の人影がまるでその名の通り、狼の群れのごとく抜群の連携で怪異に襲いかかていく。あるものが注意を引き、あるものがとどめを刺す。鬼や大鬼ですらも、自分より大きな得物を狩る狼のごとく、食らいついては引きずり倒す。
一人は烏、【黒翼の有井瀬遥人】戦装束の大きく開いた背中からは闇夜に溶け出すような漆黒の翼が出現し黒い鳥となった有井瀬が舞い上がる。その爪は2mを超える長銃身の狙撃銃。遙か上空から正確に脳天から垂直に怪異の体を貫く。七海が足止めしている間にその怪異の中の鬼や大鬼を率先して狙い撃つ。はるか上空から一方的に嬲り殺しにする学園最強のスナイパー。
一人は騎士、【巨兵の天城晴義】時折現れる、非常に巨大な鬼に、それと同等の大きさを持つ巨大な騎士が切りかかる。最上が使っていたような光の武装によく似た光の鎧を身にまとう巨人の騎士。そのマントは萌葱色で兜の隙間から見える金色の光は彼の左目が発しているものだろう。天城は巨大故に耐久力と攻撃力に優れる鬼を一刀のもとに切り捨てる。巨大であることのアドバンテージは相手も巨大であれば意味をなさない。
一人は狂戦士、【狂鬼の斬咲凶夜】目にも留まらぬ速度で群がる子鬼の群れを蹴散らし、鬼や大鬼を一刀両断にする。七海が群での強さだとするのならば斬咲は個での強さの持ち主である。瞳が紫色に変化し、額には小ぶりの角が生えている。夜叉と呼ばれる鬼の亜種である斬咲は圧倒的な速度と高い剣技を持って怪異を一切寄せ付けない。
一人は鬼、【鬼兵の鬼道高虎】襲い来る怪異の攻撃を物ともせずに、巨大な斧の一撃を持って無数の怪異をなぎ払う。その姿はまさに戦車。斬咲に一撃で敗北したという汚名を注いで余りあるその戦力は一度に大量の怪異を引き止める高く、分厚い壁となる。
その5人がこの混沌とした戦場で輝きを放っている。大半の怪異をその5人が引き止め、漏れでた怪異を他の生徒が刈り取る。あるものは摩訶不思議な能力で、あるものは自慢の武器で。津波のように襲い来る怪異をなぎ倒していく。
その中には光明たち新人の姿もあった。5人の強大な怪物をすり抜けてきた鬼は真っ先に光明に狙いを定めて襲いかかる。大剣を構える光明と鬼の間に割って入ったのは大吾だった。その両腕には巨大な手甲がはめられており。どう見てもそれで殴る戦闘スタイルであることがわかる。極端に前腕が肥大化したその姿は逆月が言っていたとおりゴリラに見えなくもない。襲いかかる鬼にカウンターを決めるように大吾の拳がめり込むと、その肘に仕込まれたシリンダーが叩きつけられ鬼は大きく吹き飛びながらその姿を霧散させた。
「どうだ!コーメー!これが俺の【キロトンパンチ】の威力だ!」
「語呂が悪いぞ。」
「へっ!そんなこと言ってるのも今のうちだぜ、この手甲【大鋼】にはまだ二段階強化パンチがあるんだ!」
「大吾くん!危ないっ!」
そんなことを光明に自慢する大吾の背後に犬神が飛びかかる。しかし犬神はその指一本すら大吾に触れることなく、無残に空中で切り刻まれた。逆手に二本のダガーを携えた日向だ。小柄な日向の体格には大振りに見えるダガーだが。十分に強化された肉体にとっては重量などなんの問題もない。その小柄な体躯は小回りがきくという利点を持ち、咲ほどのような高速での機動を可能とする。
「大吾はよそ見しすぎ!ほら、敵はまだまだ来るんだから気を抜かない!」
目に見えない真空刃は相対する怪異の群れが切り裂かれることでその姿を表す。それを操るのは我妻鼬。彼女には風と真空刃を操ることに長ける鎌鼬の力を持つ。彼女の家系は妖憑きの家系であり、彼女も例外ではない。巻き上がった突風と真空刃が合わさり、それは怪異をフードプロセッサの様に切り刻んでいく。
「数が多いわ、油断しないで。」
朝峰硝子は詠唱を始める。彼女の武器は長杖。己の霊子を増幅し、思考能力を上げる効果を持つそれは、霊子法を始めとした術式の補助に最適である。杖の先端に点った炎を振り払うように長杖を振るうと、先端に点った炎は怪異へと向かって飛翔し、そこで爆発するように広がった。多くの怪異が巻き込まれ、一気に十数の子鬼や犬神が霧散した。
その様子を見た光明は俺だって負けてられないと阿修羅を握る腕に力と霊子を込める。向かって来た怪異を斬りつけると、それはは一拍置いた後にその内部からあふれ出る炎によってその体を一片の消し炭もなく燃え上がらせるのだ。朝方成功させたばかりの霊子法を剣に付与させる。光明の初めての剣技でこれから何度もお世話になる【火炎剣】の誕生の瞬間だった。
新たな力を手に入れた少年は、初めての戦場の土を踏みしめる。
その少年の力に呼ばれるかのように、巨大な怪異がその暴威を秘めて少年たちの前に立ちふさがる。
次回、第七話:二御魂の力
破壊の力、守護の力、どちらもただの暴力であることに変わりはない。