第五話:鋼鉄の巨城
前回のあらすじ。
修行パート
緩やかな減速の後に小さな振動を立ててエレベーターは停止した。エレベーターの扉が開くと、薄暗いエレベーターの光に慣れた目にはまぶしすぎるほどの光が飛び込んでくる。その様子を察した鼬は手を引いて光明をエレベーターから連れ出し、その様子を鬼道が顔に似合わない優しい笑みを浮かべている。数秒してやっと眩い慣れた目に飛び込んできたのは、長く続く廊下だった。左右にはいくつもの扉が設けられ、ガラス張りの大窓から室内が見渡せる。そこは何かの研究室のようでそろいもそろった白衣のメガネの研究者があわただしく何かの実験をしている。
「ここが地下の入り口。【学園】の大学部って呼ばれてる。場所。目的地はもっと下だけどここでエレベーターを乗り換えなきゃいけないの。」
そういって鼬は廊下の突き当りにあるエレベーターの扉を指差す。それに従って廊下を進んていると扉の一つから明らかに研究員とは毛色の違う人物が出てきた。灰色のタンクトップに濃紺色のツナギを着用して、上半身部分を腰に巻き付けている。
「ようこそ諸君、学園の深淵へ。なんつってな、今日は何の用だ?」
「おぉ、おやっさん!こいつを見てくれよ。斬咲のヤロウに真っ二つにされちまった。修理を頼む。」
「あん?真っ二つになった程度なら1週間もありゃあ治るだろ。」
「そんな長いこと待ってられるか!」
おやっさんといわれた「女性」は非常に豊かな胸を支えるようにして腕を組んでいる。思わず目が行ってしまうのは男の性だろう。鼬は目ざとくそれを理解したようで不貞腐れたような表情で光昭の手の甲を思いっきり抓り上げる。
「いって!悪かったからやめろって!痛い!」
「ふんだ!」
光明は鼬の詰替か来訪され、跡が残る手の甲を擦る。鼬はいつも異常に機嫌が悪い用で完全にそっぽを向いている。その様子を見ていたおやっさんは新しいおもちゃを見つけた子供のような非常に良い笑顔で鼬に肩を組む。
「あん?なんだ鼬、今日は男連れか?」
「ま、そんなとこだ。我妻もやっと年相応の色気ってやつを身に着けてなぁ。」
「あんたは黙ってろ。んで、今日は何用だ?」
「えっと、その、武器を見繕ってくれって話で……」
鼬は真っ赤になって両手の人差し指を合わせてもじもじしている。普段このような姿は見せないのだろう。鬼道先輩もおやっさんも驚いたような顔をした後に意味ありげなにやけ顔を浮かべた。おやっさんは鼬を開放すると次は光明のの肩に手をかけて耳元に口を近づける。
「鼬を落とすとはやるじゃないか。」
「鼬とは幼馴染で……」
「ほぉん成程、あんたが十宮のコーメー君ねぇ話は聞いてるよ。で、どうなんだ?好きなんだろう?」
光明はそういったことは考えたこともなかった。しかし、今まで鼬に抱いていた感情を表現するのならば、それしかありえない。鼬は期待に満ちた目を光明に見ている。俺はもう逃げ道はないと確信し小さく頷く。それに満足したのかおやっさんは俺を開放すると背中を大きく叩いてきた。
「そーかそーか!良かったなぁ鼬ィ!」
「痛い!ちょ、強!痛い!」
「え、あ……う……」
歓喜、困惑、羞恥、面白いくらいに鼬の表情がころころと変わっている。おやっさんはもう立っていられないほどに笑っており、腹を抱えてうずくまっている。結局オヤッサンはそれから5分ほど笑い続け涙目になる鼬を何とか慰めるのに結局30分の時間を費やす必要があった。
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「あー、悪かったって……だからもう機嫌直せよな?」
「おねぇちゃん酷いよ。わかってたくせに……」
光明は今のたった一回の会話でかなりの衝撃を受けた。は?今なんて言った?お姉ちゃん?姉妹?全く似ていない。光明よりも身長が高くグラマーなおやっさんと小柄で良くも悪くもスレンダーな鼬は顔立ちも不むめて全く似ていなかった。しいて言えば目元に面影があるという程度だろう。光明は鼬が兄弟が多いと聞いたことはあるがこのような姉がいると知ったの初めてだった。そのことを聞いてみるとおやっさんは納得したような顔をしているが、光明としては一人で納得されても困るものだ。
「あぁ、成程ねぇ、あんたが鼬がいつも言ってるコーメー君ねぇ。成程、いい男じゃあないか。」
「あ、ありがとうございます……」
「おねえちゃん!コーメーに色目使わないでよ!」
「いやアタシはもっと筋肉のある男が好きだからねぇ」
「俺とかどうだ?」
「黙ってろって言ったぞ?」
「ハイ。スイマセン」
あの鬼道を気迫だけで黙らせたおやっさん、もとい我妻踏鞴はここのさらに地下にある製造部の主任を務めている女傑だ。しかしその男勝りな性格が祟って主任と呼ばれることはほとんどなく、専らおやっさんと呼ばれている。呼ばれ始めた頃は嫌がっていたが今は否定するのも面倒で今はもう否定することすら諦めているようだ。
「さて、気を取り直して、工房行くぞ!工房!」
踏鞴の強引な切り替えで四人はもう一つのエレベーターに乗り込む。先ほどのエレベーターよりも広大で、物資の搬入用も兼ねている油圧シリンダー型のエレベーターだ。物資を地上へ運ぶエレベーターはまた別のところにあり、通路の一点集中を避けている。
「んじゃあ、簡単に説明しとくぞ。退魔師が使う武器はぶっちゃけアタシみたいな職人は必要ない。最終的な調整とか装飾くらいしかやることがないからな。聖霊金属、通称ミスリルが所有者の魂から得手不得手を読み取って勝手に形を変えてくれる。まぁ説明するより見た方が早いな。」
エレベーターの扉が開き。再び眩い光が視界を埋め尽くす。先程の大学部に出た時よりも更に強い光源が天井に吊るされているのだろう。光に目が慣れると、地下だというにもかかわらず、そこには広大な空間が広がっているのが確認できた。目を凝らしてなお向こう側の壁がぼやけて見える。おそらく奥行だけでも1kmはあるのではないだろうか。左右を見渡しても同じかそれ以上に空間が広がっており、深さはざっと高層ビルよりも遥かに深く。電波塔を除く帝都の最大の建造物である行政庁に匹敵すると思われる。天井からはその空間を照らす無数のライトがあり、縦横無尽に張られた梁からはあまりにも巨大なクレーンが吊られている。光明たちはいまその空間の最上段に当たるキャットウォークにいるらしい。その広大な空間を埋めるように鎮座する【それ】の全貌が目に飛び込んできた。
鋼鉄の巨城、もしくは要塞。そう表現するほかない巨大構造物。中央に聳え立つ塔は帝都にある大半の建造物よりも巨大だ。それを囲うように取り付けられているのは数を数えることさえためらわれるほどの、まさにハリネズミのような砲等の数々。それはまさに難攻不落の要塞を思わせる。そして眼下に広がる地面にはその鋼鉄の要塞をいとも簡単に吹き飛ばせるような巨大な砲塔がずらりと並んでいる。そこまで見て光明はやっとその正体に気が付いた。
「なんで、こんなものが……」
「そうだ。俺も初めてこれを見たときは言葉も出なかった。」
100年以上前、世界を巻き込んだ戦争があった。プロイセン帝国の周辺国家への進行を切欠にグレートブリテン連邦王国が同盟国への支援を名目に参戦。当時戦争への加担はしないと表明していた大和皇国に対し当時プロイセン帝国の同盟国だったという建前で宣戦布告を行った。後に第二次世界大戦と呼ばれる大戦争だ。その時に大和皇国が持ち出した切り札。問答無用で世界最大最強の名をほしいままとし、最終防衛ラインを軍艦の一隻はおろか航空機の一機の突破も許さなかった皇国の守護神。現在は記念艦として堺の海軍総司令部にあるはずのそれがここにあった。教科書に長ったらしく書かれているためこの国で育ったものは誰でも知っている。大和神話の神々の名がつけられた全長2.5kmを超える超級戦艦。
「天照型超級戦艦……!」
「そ、大和皇国に三隻、世界中でも七隻しか存在しない超級戦艦、その幻の八隻目がこいつ。ここで建造中に終戦を迎えたのさ。それでその研究開発施設を【学園】が使ってるってことだ。」
「でも、こんなもの隠し持ってていいわけが……」
「もともとこいつの開発を行っていたのはここの元教頭だ。その教頭はいまウチにはいないが政府の連中はまだこっちの手にあると思ってるらしくて強く言えないんだと。まぁ技術の粋を集めたって宣伝していたこの超級戦艦がオカルトの極みにいる連中の手でその原理の大半を作ったなんざ公表されたくないだろうしねぇ。ま、ついてきな」
踏鞴の後について大型エレベーターでさらに巨大な建造ドックの底へと降り立つ。そこでは今なお超級戦艦の建造を行っているのか人があわただしく動いており、巨大な建造物に物資を運びこむものや、逆に運び出すものが見て取れる。戦争は100年以上も前に既に終結し、もはや無用の長物となっているはずのそれをわざわざ動かす理由などはいハズだろうに。しかし光明はそれを質問しようとした時にはすでに踏鞴は奥の工房へと向かっていた。
「こっちだ。あれも含めて超級戦艦ってのはとてつもなく巨大な一個のインゴットを削り出して作られているんだ。もちろん可動部分は別で製造して後付されているが船体はほぼ削り出しといっていい。まぁどこにそんな巨大なインゴットを作る施設があるんだとか言いたいだろうが。」
踏鞴はその超級戦艦の建造時に削り出したというインゴットの欠片(といっても一抱えあるようなもの)を片手で軽々と持ち上げると光明へ投げ渡してくる。エネルギーを制御する間もなくそれを受け止め、押しつぶされると思った。しかし……
「え?軽い?」
それは軽かった。10kgや20㎏で聞かないような金属塊に見えるがそれは大きさの割に重さは大したことはない。高鉄の塊というよりはアルミの塊と言っても過言ではないほどに、それは軽量だった。踏鞴はドッキリ大成功といった様子でいい笑顔を浮かべている。
「それが聖霊金属アルミニウムに霊子を浸透させたものだ。重量はアルミニウムのままチタン合金以上の頑強さに金も真っ青の耐食性を持つ。他の金属で作っても聖霊金属になるんだけど、重量が必要な武器でもない限り基本はアルミだ。これに鋼鉄を混ぜて合金にして使う。聖霊金属は大量にあるとはいえ無限じゃないからね。だが鼬の婿になる男だ。それをそのまま使うことを許してやる。」
「ちょっと!おねえちゃん!?」
「いいじゃねぇか、十宮のなら親父も許してくれるだろ。」
「そうじゃなくてぇ!」
「はいはい、んで、鬼道の、お前のもついでに直してやるから十宮のに武器の作り方教えてやりな。バカのお前でもそれくらいは出来るだろ。」
「はいはい、そのくらいならやってやるよ。おい、十宮準備はいいか?つっても用意するもんなんざないんだが。」
踏鞴は鬼道の壊れた斧を受け取ると奥の工房へと向かっていった。取り残された3人は備え付けのテーブルに聖霊金属の塊を置いて壁に立てかけられていたパイプ椅子に座る。すると早速鬼道は説明を始める。
「まぁ簡単だ。お前さんが力を意識しながら聖霊金属にエネルギーを流し込む。それだけだ。お前さん、”視た”ところエネルギーの量は十分だから失敗することはないさ。」
「てことはエネルギーの量が少なかったら失敗することもあるってことですか?」
「そうだ、だからそういった場合には一から聖霊合金で叩き上げにゃならん。霊子合金の加工は錬金か鍛造でしか作れないから苦労するんだとよ。」
「錬金?」
錬金術、ある物質を素粒子レベルにまで分解し、再構成することで全く別の物質に作り変えるという技術であり、退魔師のみならず世界中の霊子を扱う組織に於いてポピュラーな資材調達法である。光明はその存在こそ、オカルト方面の聞いたことがあるがまさか実在するとは思わなかった。しかし今まで以上に驚くことはない。なにせ鬼が目の前にいるのだ、錬金術程度いまさら驚くほどでもない。ただ疑問に思う程度だ。
「そう、錬金術。表向きはなかったことになってるがな。つーかこの世には表沙汰になっていないことのほうが多い。人類の理解の範囲外にあるものは理解したくないっつーのがお偉いさんの見解だ。……っと話がそれたな。錬金術っていうのはその名の通りのものだ。まぁ錬金術は一部の人間にしか使えないから常時人材不足ってこった。」
「へぇ、あぁ、成程、だからあんな金属の塊をホイホイ作れたってわけか。」
「そう、超級戦艦のもとになった超巨大インゴットは周囲の土を錬金術ででっけぇアルミの塊にして霊子金属にしたものが素材になってる。」
「え?あれ全部霊子金属の塊だったの!?」
「あん?我妻お前知らなかったのか?」
「いや錬金でできてたのは知ってましたけど、あれほどの量の金属を霊子金属にするなんて、並みのエネルギー量じゃありませんよ。」
「言われてみりゃあそうだな。まぁ何人使ったか知らんが一人で作ったわけじゃないだろ。」
「あぁ、成程。」
鼬は納得した様子でこれ以上追及することはない。聖霊合金の武器は鍛造でしか作れないらしいからおそらくインゴットを削りながら少しづつ霊子金属にしていったのだろう。自分で勝手に納得する。
今はとりあえずそのようなことはいま関係ない。大事なのは自分の武器だ。これから仲間を、鼬を守るための武器だ。光明は机の上に置かれたインゴットに、先ほど修業した時のようにエネルギーを籠める。天城が先に瞑想をさせたのはこれのためなのだろう。インゴットがそれに呼応するかのように発光し、それは次第に光明の体も包み始める。
「おぉ……」
鬼道の感嘆の声が聞こえる。金属塊はまるで液体になったように震えると、それは一度真球へと姿を変え、それは次第に武器の形を取り始める。それは一度二つの剣の形を取り、そして重なり合い、その姿を形取る。
「へぇ……ハサミだ。」
鼬が言う通り、それはハサミの形状をしていた。自身の身長ほどもある巨大なハサミ。だが、光明にはわかる。この巨大なハサミはただのハサミではない。重なり合う刃は独立した剣となり、その刀身は両方が中央で割れ、内部に仕込まれた砲身は圧縮したエネルギーを発射できる。組み合わせ次第では他の姿も取る。重量のある大剣として、軽量の双剣として、強力な銃として、組み合わせれば両刃剣となり、刀身に内蔵された矢を組み合わせとして弓矢となり、そして見た目通りのハサミとして使用できる六つの姿を持つ複合武装。
「よう、これからよろしく頼むぜ……阿修羅!」
新たな相棒、新たな関係。
六つの表情を持つ相棒を手に、少年は初めての戦いへと身を投じる。
次回、第六話:初陣
異形の力が解き放たれる。