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夜の闇に怪異が躍る  作者: するめりーさん
6/8

第四話:力の使い方

前回のあらすじ


大柄は咬ませ犬。


「落ち着かねぇ……」


 光明は【学園】を統括している【校長】に呼び出され、七海の案内で豪華な装飾で彩られた部屋に通されていた。光明は実のところ貴族の出身であるが、普段の暮らしは庶民的なものだった。関東に領地を持つ十宮公爵家の次男である光昭は貴族特有の堅苦しいしきたりや様式に強い縛り付けもなく、悠々自適に生活している。家督を継ぐ兄、義明(ヨシアキ)ならばこういった調度品に囲まれた空間でも平気なのだろうが次男坊でありシンプルなものを好む光昭にはそういった体制はないに等しい。中学にあがってからは帝都内のマンションに半ば一人暮らしをしているため本来の貴族的な生活とは長らく無縁であったために必要以上に柔らかいソファーはどうも落ち着かない。。ここで待て、と指示されてから約30分たっぷり待たせたうえで呼び出した人物が部屋に入ってきた。


「ん、待たせたな。」


 入室してきたのは黒いワンピースを着た小柄な少女だった。足元まで届く流れるような美しい金髪、その顔立ちも日本人離れした彫の深いもので白磁の肌も合わさりまるで彫像、もしくは人形のように見える。正直、何でもありだと思っていた光明も驚きを隠せなかった。有井瀬や七海からは数百、数千年の時を生きていると聞いていたためにものすごい老人であると想像していたからだ。

 少女は待たせていたにも関わらず特に悪びれる様子もなく、社交辞令程度の謝罪もなかった。少女は対面側のソファに身を投げ出すと非常に面倒くさそうな表情で光明を見つめている。暫く会話もなく、じれた光明は思わず口を開く。


「…………あの、なんで俺はここに呼ばれたんだ?」


 その外見に思わず光明はは明らかに目上の人物にないする態度を放り出してしまうが対する校長は特に気にすることはなかった。一応呼ばれた理由を聞くが、光明にはそんなことは最初から分かり切っていた。


「ん?あぁ、普段退屈な思いをしていると珍しいものには興味が出る性質でな。とりあえず【学園】についての説明は受けているな?」


「あぁ。」


「なら話は早い。お前、ここで退魔師やれ。」


 有井瀬に話を聞いた時から予想はしていた。光明には断る理由も、答えに迷う理由も、そんな物は欠片だってありはしない。あの時、幼馴染が、鼬が、光明をかばうために怪我をした時から、力がほしいと思っていた。守るための力を得なければならないと思っていた。そこにこの申し出は願ったりかなったりだった。


「やります。」


「ん。お前の世話役はもう決めてある。入ってこい。」


 校長はわかり切っていたように、あるいはそれ自体には大して興味が無いかのように、光明の熱意を籠めた返事を流す。もっと何らかの表情を見せてくれてもいいのではないだろうか、という光明の視線を完全に無視しているようで、校長はいつの間にか気づかぬうちに給餌されていた紅茶に舌鼓を叩いていた。


 手元の紅茶が空になると、校長はソファに大きくもたれかかり、指を鳴らす。それを合図に一人の男子生徒が入室してきた。先ほどの斬咲と鬼道を仲裁するように七海と一緒に呼ばれていた生徒だ。そういえば高校でも見た気がする、見覚えのある顔立ちだった。萌葱色のマントを羽織っており、普段は左目に眼帯をしているのだが現在その眼帯は外されている。その瞳は左右で異なる色合いをしており、それを隠すために普段は眼帯をしているのだろう。


「今日からキミの世話役をすることになった。知っているとは思うが天城晴義(アマギハルヨシ)だ。キミとは高校でも面識があったな。世話役といっても力の効率的な使い方なんかを指南するだけだ。硬くならなくてもいい」


「んじゃ、あとはよろしく。」


 天城が自己紹介を終えて早々に校長は部屋を出て行ってしまう。普段からこれほどにマイペースなのだろう、天城は気にしている様子はない。しかし扉が完全に閉じるのを確認すると急に困ったような表情になって溜息を吐く。


「まぁ気にしないでくれ、あの人はほんっとうに自由な人なんだ。全く、それじゃさっそく基礎訓練といこうか。世話役といっても同級生だし、わからなことがあったら遠慮せずに言ってくれ。」


 

言うが早いか、光明は天城の後に続いて、修練場と呼ばれる部屋へと向かった。


-------------------------------


 訓練初日。光明は体を鍛えるために走り込みやら筋トレやらさせられると思っていたのだが、それは杞憂に終わった。天城曰くそういった訓練は体を思うように動かせるように柔軟体操を行う程度らしい。


 まず連れてこられたのは板張りの同乗のような部屋、修練場だった。一部は土間になっており、壁には大きな水瓶が並んでいる。本来どういった形式になるのかはものにもよるが、武道場のような部屋だと光明は感じた。やはり軽く運動するのかと考えていると、それを見透かしたように天城は瞑想をすると言う。


 退魔師に於いて最終的に肉体的な身体能力は全く意味をなさない。


 まず。魂のエネルギー、妖力、魔力、精神力、マナ、チャクラ、等々多彩な呼び方があるが、退魔師の間では霊子(エーテル)と呼び、退魔師は総じてこの霊子を用いた肉体強化を行い、怪異と戦っている。霊子を効率よく運用した肉体強化は限界まで肉体を鍛え上げるよりもはるかに効率的であり、同じ訓練時間であれば単純に肉体を鍛えるよりも霊子での肉体強化の方が上昇率も上昇速度も遥かに大きいのだ。


 また、本来持つ身体能力と霊子による身体強化は単純に足し算である。故に退魔師の間では本来の身体能力の優劣が実際の戦闘での優劣につながるとは限らない。本来の霊子量が極端に低く、肉体でそれを補わなければならない場合を除き、肉体を鍛える意味がまるでないのだ。斬咲と鬼道の戦闘もそのために筋骨隆々の鬼道よりも総合的な霊子量で勝る斬咲のほうが力は強い。霊子の強化抜きであれば絶対に鬼道のほうが強いのだが、霊子というものはそれほどまでに差を埋めて有り余るものなのだ。それ故か実戦部隊でも鬼道のような大柄な退魔師はあまり存在していない。


 というのが天城の説明の全てだ。


 まっすぐに横に伸ばした光明の手のひらには壁際に並べられていた一抱えもあるような水瓶が載せられている。天城はそれに少しずつ水を足し、重量を増加させていく。それでも光明は全く重さを感じてはいない。天城は水で満たされた水瓶をみて満足そうに頷いている、


「そう、その調子、かなりセンスがいいけどまだかなり粗削りだからもっと集中して霊子を集中させるんだ。余計な霊子は抑え込んで、そうそう、そんなかんじ。」


 それに返事をすることはできない。今まで意識もしなかったエネルギー、霊子を操ろうと精一杯になっているためだ。天城は光明のセンスがいいと言っているが、初めての戦闘で無意識に真空刃を使えたことを考えるとあながち間違いではないのかもしれない。光明はそんなことを考えている暇もない。慣れていない現状では少しの集中の乱れがすぐに霊子の制御の乱れに直結し、手に重さを感じるようになる。まだ使いこなせてるとは言い難い。


 そのまま五分ほど過ぎた頃、天城はただ待っているだけでは時間の無駄だと座禅を組んで瞑想を始めた。光明に課せられた最初の訓練は意識した場所に力を籠めること。この時に他の箇所にも十分に霊子を行き渡らせる事ができなければ、霊子の制御ではなく肉体の疲労で倒れてしまう。手を前につきだしたこの姿勢のままたっぷり一時間、ひたすらエネルギーの制御を行う。光明の場合は元から持つ霊子量が多いため、普通は15分から30分で済ませるところをより時間をかけて行うことになったのだ。


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 ひたすら霊子を制御するために意識を集中させて時間の感覚を忘れてしばらくたったころ。瞑想をしていた天城が徐に目を開けて修練場の入り口を見る。それから一呼吸おいて光明のよく見知った人物が瞑想の邪魔にならないように静かに扉を開けて入ってきた。鼬、大吾、朝峰、そして日向の四人だった。部外者である鼬を除いた三人がいることに対してだろう、天城は一瞬訝しげな表情をした後に。ふと思い出したように腕時計を見ると小さく声を漏らす。


「すまない、一時間はとっくに過ぎていたみたいだ。悪いね。」


 瞑想を始めてから1時間30分、光明の両腕はやっと水瓶から解放された。不思議と疲労感のようなものはない。肉体が消費するはずのエネルギー、つまりカロリーやそういった類のものの代わりに霊子を消費しているため肉体的な疲労はかなり、それも百分の一単位で抑えられるためだ。


「それにしてもこれだけ霊子を使って消耗とかはしないのか?」


「もちろんするよ?ボクも訓練した初日は燃料切れでぶっ倒れたけど、キミの場合は魂が霊子を生み出す量が消費よりも大きいから消耗がないように感じるんだろう。」


「なぁ、それって俺にもできるのか?」


 光明と天城の会話にそんなふうに大吾が話に割り込む。天城は最悪ぶっ倒れるなどと言っていたにも関わらず、大吾は神拳な面持ちで挑戦したいと言っている。予てから【学園】に所属していた鼬はもちろん肉体強化ができる。力自慢の大吾としては己のアイデンティティが失われつつあることに焦りを持っているようだ。そんなことで光明たちが大吾を見限ったりはしないが本人のプライドが許さないという奴なのだろう。それに対し天城はにこやかに応える。


「もちろん。雨宮派の退魔師や【教会】の霊媒師(エクソシスト)なんかはもともと人間だからね。肉体と同様。魂も鍛えることができる。君も明日から一緒にトレーニングしようか。校長ならたぶん許可してくれるさ。」


「あぁ、よろしく頼む!コーメー!お前にだけは負けないからな!」


「おう、俺だってお前に負けるつもりはないぞ!」


「まぁ、幸いにも夏休みだ。君たちが【学園】に所属するってことなら帝大付属の夏期講習はある程度免除されるから。キミも、えーっと……」


「あぁ、俺は篠宮大吾だ。よろしくな!」


「あぁ、よろしく、ボクは天城晴義。それじゃあ篠宮の瞑想から始めるかな。それじゃあ我妻、キミは……」


 光明たちが男の友情を交わしていると、おずおずと朝峰と日向も天城の様子をうかがっている。それを見て訝しげな表情を浮かべる天城に対し、彼女らは意を決したような表情を浮かべ、口を開いた。


「あの!私達もお願いします!足手まといは嫌なんです。」


「ボクも、弱いままじゃ嫌なんです!」


「良いのかい?委員長。キミは勉強に専念るるべきだと思うよ。そこのキミも。」


 天城の声は冷たい。天城からすれば無関係の人間をあまり多く巻き込みたくないのだろうか。見る限り確かに朝峰も日向も贔屓目に見ても戦えるようには見えないが。それは先程の霊子による肉体強化で克服できてしまう問題でもある。交差する視線、力強い意志に、先に折れたのは天城の方だった。


「全く、仕方ない。この件は校長に報告させてもらうからね。」


「「ありがとうございます!」」


 二人の声が重なる。天城はそれを見て複雑そうな表情を浮かべている。それと対照的に朝峰と日向に表情はひどく晴れやかだ。


「じゃあボクはこの三人の手続をしてくるよ。その間に吾妻、キミは十宮の武器を見繕ってやってくれ」


「あ、りょーかいっ」


「ん?でもそういうのってまずは適性を見るとかあるんじゃないのか?」


 武器と一括りにして言うが剣や弓、銃、槍とぱっと思いつくだけでもかなりの種類がある。しかもひとえに剣といってもツヴァイハンダーなどの大型のものからダガーのような小剣まで様々だ。まずはそういった適性を見るべきという光明の考えは間違ってはいないだろう。武器の適性を見て、ある程度の訓練を行って、それから武器選びを始めても遅くはない。


「大丈夫大丈夫、それはそれじゃあ行こっか!大吾はぶっ倒れないように頑張りなよー!」


「大吾は大丈夫だろ根性だけは人一倍あるからな、あんだけ怖いのが苦手ってのは知らなかったけど……」


「うるせぇ!倒せるってわかった以上もう怖かねぇ!」


「いいんちょも日向も無理すんなよ。」


「う、うん。ありがとね。」


「ボクは大吾君がいれば頑張れるよ!」


 朝峰がまだなにか言いたそうではあるが、これ以上彼女とやり取りをしていると鼬がまた不機嫌になると判断した光明は、早々に切り上げる。急かす鼬に手を引かれ、光明たちは道場を後にした。


-------------------------------


 光明が鼬に手を引かれて連れてこられたのは巨大なエレベーターだった。これでさらに地下深くへと潜るらしい。二人が特に意味のない雑談を交わしているとそこに見覚えのある巨体を持つ男が現れた。先ほど斬咲に大怪我を負わされていたはずの鬼道だった。その傷はどう見ても一朝一夕で治るような傷ではなく、幽霊にでもなったのではないかと失礼なことを考えるのも無理は無い。


「何見てんだ?お前。」


「え?あ、いや、その、凄い怪我だったから、その……」


 思わず注視してしまっていた光明の視線に気づいた鬼道は、睨みをきかせ、酷く苛ついたようなドスの利いた声で語りかけてくる。光明は思わず半歩後ずさりして言い訳にならない言い訳を口走ってしまう。それで全て察したのだろう鬼道は打って変わって急にばつの悪そうな表情を浮かべる。


「あぁ……恥ずかしいもんみられちまったな」


 光明はこの鬼道という男をかなり強面で口も悪いため勝手に怖い人だと思っていたのだが、こうやって相対してみると意外とそうでもないらしい。本人曰く斬咲とは因縁があるがそれだけであり別に普段からイライラしてるわけではなく、挑発に乗るのも斬咲相手のみらしい。話してみると意外と気さくな人のように思える。


「まぁなんだ、傷のことは気にせんでくれ、俺ァ【鬼】だからな。あの程度はすぐに完治する。だけどよ……それはあいつが本気じゃねぇってことにもなるんだ。だから恥ずかしくてな。」


「それってどういうことです?」


「あぁ、お前新入りか。だったら俺の力も斬咲のこともよく知らねぇわけだな。成程じゃあ今から武器の選定か。」


 この先輩、脳筋とばかり思っていたが察しがいいらしい。光明の中での評価が二段階ほど上昇する。そこまで話したところでエレベーターが到着し、3人はエレベーターに乗り込む。するとこちらが聞く前に鬼道先輩が口を開いた。


「斬咲の持つ刀は所謂妖刀の類でな。本気で来られると普通じゃあ傷が治ることはない。鬼の回復力をもってしても1か月は傷が残る。こうしてすぐ治ったっていうことは対して本気も見せていなかったってことだ。」


「成程……あれ?」


 斬咲のもつ妖刀には不可逆の性質が込められている。それで切断したものは治癒することができなくなるというまさに妖刀の類だ。しかしそのような性質を持った攻撃を受けても1か月で治るとは鬼道もかなりのものだ。そういった類の攻撃でなければすぐに回復してしまう前衛のアタッカー、対する怪異にとってはかなり脅威だろう。


 光明がそんなことを考えているとふとした疑問が浮かんだ。ならばなぜあの時大したダメージでもない攻撃で、それもたった一撃で倒れたのだろうか。その疑問には鼬が答えてくれた。


「あぁ、あれはコーメーが式神から受けたのと同じ、精神直接ダメージ。ただ鬼道先輩を一撃度ノックダウンできるのは斬咲先輩とあと5人しかいないと思うよ。」


「あ?精神直接攻撃が使える式神だぁ?てめぇ雨宮派にでも狙われたのか?」


「えぇ、なんか俺二御魂って奴みたいで……」


 瞬時に正解へとたどり着く鬼道。見かけによらず頭の回転はかなり早いようだ。曰くそこらの式神使いでも精神に直接攻撃を行うことのできる式神を使役するのはかなりの難易度であり、普通は切り札的な意味合いが強いもだ。故にそういったものを多用するのは雨宮派の退魔師くらいのものという理屈だ。


 光明が事情を説明していた時の鬼道のものすごく気の毒そうなものを見る顔はかなり答えた。つまり鬼道が同乗するほど荷厄介な相手ということになる。つまり雨宮派という連中はそれほどまでに危険なのだろう。


「それにしても、我妻が男連れてくるとはねぇ、今まで何人玉砕したことやら……」


「ちょ……鬼道先輩!?」


「ほら、もう着くぞ。。」


 鼬だけでなく、光明もかなり同様している。光明からしてみれば、鼬は贔屓目を抜きにしいても十分に魅力的な女子であると思うし、実際に惹かれている男子も多いのだろう。それでも全く男の気配を見せない鼬を変に思っていたらしい鬼道は俺を見て納得したように頷いている。しかしそんなことを言われると光明は改めて鼬を異性として意識し始めてしまう。ふとした瞬間に鼬と目が会い、二人の顔は赤くなる。鼬が鬼道先輩に抗議しようとしたとき、下降していたエレベーターがゆっくりと停止する。


 エレベーターの扉が開くと、そこにははまばゆい光に包まれた、研究施設が広がっていた。

魂のエネルギーを制御するための訓練を開始した光明。

愛する人を守るため、公明は新たなる力を求める。

目的があれは魂は無限に力をもたらすだろう。


次回、第五話:鋼鉄の巨城


天才の遺物もまた、後進の少年に力を与える。

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