第三話:人外の学園
前回のあらすじ
朝チュン
二御魂だ退魔師だなどと混乱している光明を他所に逆月と七海は先ほどプロレスのまねごとをしていたにもかかわらず、現在は打って変わって談笑をしている。それを見て悩んでいる自分がばからしくなってきた光明は先ほどまで寝かされていたベッドに倒れこむように腰かけて大きく息を履いた。気が抜けて頭も十分冷えた光明だが、現在置かれている事実を受け止めることはできず、ただ座ってその様子を見ていることしかできなかった。
「よし……これで大丈夫かな。」
「うん、ありがとう。大丈夫みたい。」
そんなときカーテンの閉まっているベッドから声が聞こえる。光明はその聞き馴染んだ声を間違うことはない、鼬の声だ。昨日怪我を負っていたことを思い出し、会話内容にもかかわらず急に心配になった光明ははたまらず勢いに任せてカーテンを開く。
「鼬ッ!」
「ちょっと!いきなり開けないでよ!」
そこにはきょとんとした表情で急にカーテンを開けて入ってきた光明を見つめる鼬と、たった今取り換えたばかりであろう包帯を抱えた朝峰の姿があった。青春だねぇ等といいながら煙草に火をつける逆月の言葉も耳に入らない光明は、肌蹴た病衣の肩から除く包帯を見て、頭に血が上り、肩に怪我をしているにもかかわらずに思わず鼬の肩を掴んで叫ぶように呼び掛ける。
「痛っ!痛いよコーメー!落ち着いてっ。」
「わ、悪い……」
痛みで顔をしかめる彼女を見て頭が冷えた光明は、肩を掴んでいた手を放す。先ほどの鼬と朝峰の会話の通り、鼬の命に別条はなく、勝手な早とちりで無駄に緊張した意識を緩めるために軽く深呼吸する光明を見て、鼬は苦笑いを浮かべながら病衣の崩れを直す。
「もう、心配症なんだから。私は大丈夫だよ。」
「あ、あぁ……ごめん。」
彼女は行き場をなくした俺の手を取ると優しく微笑みかけてくる。光明はこうやって早とちりで鼬に宥められるのは何年ぶりだろうかと過去に思いをはせていると、横から突き刺すような視線を感じ、二人だけの世界から抜けだした。そこには冷えきった目線とそれとは正反対に赤くなった頬の朝峰がいた。光明と目があった朝峰は突き放した様子で顔をそらす。その意味がわからないほど光明は鈍感ではないが、鼬を蔑ろにするわけにもいかずに言葉に迷っていると、さらに後ろから声がかかる。
「そ、そういった行為はせめてカーテンを閉めてからにしてください!破廉恥です!」
そういわれて振り返るとそこには背の高い美女が赤い顔をして立っていた。いや正確にはこの人物はは美女ではなく、れっきとした男性であり、表現するならば美男子というべきである。
光明はこの人物が帝大付属高校の三年生で七海の同級生、有井瀬悠人である事を知っている。かなり中性的、いや女性的と言っても過言ではない顔立ちで、去年の文化祭の女装コンテストに勝手に出場させられ、満場一致で優勝していたという経歴を持つ。七海の親友で一緒にいるところをよく見かける。普段は制服をきっちりと来ている彼も、現在は大きく背中を露出させた忍者装束のような衣装を纏い、肩には半身を覆うような黒いマントが掛けられている。頭に乗っている赤いベレー帽は普段からの彼のトレードマークである。七海のものがそうであるように、この衣装が有井瀬の戦装束なのだろう。
まるで女性のような仕草で二人を指差す有井瀬の言葉を聞いた鼬は顔を真っ赤にして手を引っ込める。そんなことを言われ恥ずかしくなった光明も鼬と同じように手を引っ込める。先程までにやけながら二人の様子を見ていた七海は今度は有井瀬を誂うようにそちらに話しかける。
「よぉ、悠人!相変わらず初心だなぁお前!」
「七海!茶化さないでください!全く、最近の学生は貞操観念を悪いと思います!」
「落ち着け落ち着け、お前もその最近の学生の1人だ。で、何かあったのか?」
「あぁ、そうでした。僕としたことがついうっかり……えっと十宮光明、でしたか。校長からあなたに学園を案内しろと言われたので様子を見に来たんです。起きているなら話は早い、もう歩けますか?」
瞬時に冷静を取り繕う有井瀬は先程の動揺を完全に無かったことにしている、というよりもなかったことにしたいようで、未だ赤みが抜けない頬をそのままに1つ咳払いをいれてから此方に向き直ってきた。光明は鼬を振り返ると、その糸を察したのだろう、彼女は私は大丈夫だから、とアイコンタクトだけで返事を返す。付き合いが長いために、この程度の意思疎通に言葉は不要だった。
「じゃあ、お願いします。鼬、ちゃんと寝てるんだぞ。」
「はいはい、誰かさんのせいで悪化してなきゃいいけど……」
「それは、悪かったって……」
「ふーんだ、」
そんなことを言いつつも鼬は笑顔で光明をからかっているようにも見える。本気で怒っているわけではないだろう、未だ光明と目を合わせようともしない朝峰はともかくとして。その様子を見て後ろで破廉恥だなどと聞こえるが、今は聞こえなかったことにした。
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有井瀬は施設内の案内がてら、光明に【学園】について説明を行っていた。
【学園】とは生まれつき、もしくは後天的に異能を持つもの、怪異に憑かれたものを集め、その力を間違った方向に使わせないように、もしくはきちんと異能や怪異を制御下に置けるように教育する組織である。ここはその【学園】の本拠地であり、旧帝国軍軍事研究施設を改造して教育機関となった経歴を持つ帝大付属高校の地下に存在している、表向きには埋め立てられたことになっている地下施設を流用して作られており、外壁などは当時のままのようだ。廊下や部屋に窓が一切ついていないのは地下施設ゆえだ。
「成程、それで有井瀬先輩もなにか能力みたいなの持ってるんすか?」
「えぇ、あるにはありますが、僕は七海とは違う根源です。彼のように肉弾戦に強いわけではありませんが。」
「へぇ、どんな力なんですか?」
何の気なしに聞いた光明だが、すぐにそれがなにかまずかったことを感じ取る。有井瀬は足を止めると険しい顔で此方を振り返る。
「……いいですか。こういったものはあまり人に話したがらない人も多いです。むやみに聞かないように。」
「す、すいません……」
ほとんど女性にしか見えない有井瀬を心のどこかで舐めていたようでその研ぎ澄まされたような殺気に光明は思わず震え上がってしまう。そんな俺を見て気をよくしたのか、はたまた光明を試したのか有井瀬の表情は不機嫌そうなのは相変わらずだが幾分か柔らかくなっている。
言われてみれば時折廊下をすれ違う【学園】の生徒の中には明らかに人ではないような容姿を持つものも少なからずいて、その中には見慣れない男、つまり光明を明らかに警戒しているものも少なからずいた事を思い出した。
「とにかく、必要に迫られたっ場合を除いて詮索はNG。いいですね?」
それに対し光明は、ただ「はい」としか答えることができなかった。
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しばらく廊下を歩いていると喧嘩だろうか、何やら騒がしい声が聞こえてきた。有井瀬は額を抑えてため息をついており、小さな声で「またか」といっているのが聞き取れた。周囲の他の生徒は平然としている、もしくは面白そうに喧騒の方へ向かうのどちらかの反応しか示しておらず、光明はここではよくあることで、娯楽の一貫をになっているものだろうと結論づけた。
ならばわざわざかかわりに行くことでもあるまいと考えていたのだが。しかし有井瀬は面倒見がいいというべきかおせっかい焼きというべきかわざわざその騒がしい方向へと向かって速足で歩きだす。離れるわけにも行かない光明は有井瀬についていくことにした。
「何の騒ぎですか!」
そこは体育館のようなバスケットコート二面が入る程度の広さを持つスペースだった。しかしその四方は無機質なコンクリートで固められ、床も老化のようなリノリウムでも一般的な部屋のような床張りでもなく、ただ単純に固められた土だった。備え付けられた扉も分厚い金属製で相当重そうに見える。扉の上には「戦闘訓練室」と書かれており、この簡素な造りは修理費を安上がりにするためなのだろう。そのまま進んでいくと、人だかりの中央に向かい合う二人の人影が見えた。
「斬咲ィ!今日という今日はこの鬼道高虎がぶっ殺してやるからなぁ!」
そんな物騒なことを言っている男は額から角をはやした燃え盛るような赤い髪をした大柄な男子生徒だった。どうやら鬼道高虎というらしい。名前によく似あったその体躯は体格は大吾といい勝負、いや、この男のほうが一回りほど大きいだろう。虎の名前とは裏腹に服装に虎柄のものはなく、落ち着いた雰囲気の黒と赤の着物と灰色の袴で、両手足に具足を着用している。その手には自身の身長よりもさらに巨大な斧を軽々と携えている。あんなもの、よく片手で持てるものだ、と考えている光明は、このときにはすでに自分の感覚がマヒしてきていることに気が付いていなかった。
「また凶夜ですか!だれか!教員を呼んできてください!七海か晴義でもかまいません!」
有井瀬先輩は事態の収拾を試みているが沸き立つギャラリーが周囲を固めていることもあって思うように行っていない。大柄な男子生徒ばかりに気を取られていた光明だが、そういえばと思い相対するもう一人の男子生徒に目を向ける。
斬咲凶夜というその男子生徒は鬼道には劣るもののかなりの高身長で、相対的にかなり細身に見えるがしっかりと引き締まった靭やかな筋肉が全身を覆っている。長い髪は紫色を帯びており、その服装は薄紫の着流しだ。腰帯には何やら禍々しい何かが漂う太刀を差している。贔屓目にみてもこの男子生徒のほうが頼りなく見えるが、その表情には明らかに喜色の笑みが浮かんでおり、油断ならない雰囲気がひしひしと伝わってくる。
周囲の観衆には目もくれず、ただ一点、鬼道のみを見据える斬咲は楽しくて仕方ないといった表情をそのままに、親指で首をかき切るような仕草を見せつける。明らかな挑発だとみてわかるが鬼道という男は見た目通りの長髪に乗りやすい性格だったようで一瞬で怒り心頭したのか巨大な斧を軽々と振り回して斬咲に振り下ろす。対する斬咲は最小限の足運びでそれを易々と回避する。少ない動きで避けているためか、まるで斧が体をすり抜けていくように見える程にその体捌きは洗練されている。
1つ、また1つと斬咲の足元に避けた斧がつける切り傷が増えていく、それが二桁に達しようとしたその時に、斬咲はようやく腰に差した太刀に手をかけた。
その瞬間だった。キィー・・・ンという甲高い音がしたかと思えば次の瞬間には鬼道が白目を向いて膝から崩れ落ちた。その体はとっさに防御に使ったであろう斧の柄と両断されており、明らかに異常な量の血液が流れだしている。光明には斬咲がいつの間に抜いたのか見えなかった。斬咲の手には今その所業を行ったであろう血液のこびりついた日本刀が握られている。斬咲は血液がその漆黒の刀身に染みこんでいく様子を満足そうに眺め、刀身に付着した血液が全て吸収されるのを確認すると、先ほど抜いた時と同じように目にも留まらぬ速さでその太刀を鞘に戻した。
そのころになってやっと教員と思われる男性二名と逆月、七海、そして一人の男子生徒が駆けつけてきた。
「あっちゃあ、初日から偉いもん見せちまったなぁ、気分は大丈夫か、十宮」
「え、えぇ……なんとか、ところであの人は?」
七海はばつが悪そうな顔をすると何事もなかったように立ち去ろうとする斬咲をひっつかんで引っ張ってくる。先ほど鬼道を切り捨てた際の笑みとは一変して不機嫌そうな顔をしながらもそれに従うあたり七海と斬咲の力関係がはっきりと見て取れる。
「一応紹介しておく、【学園】一の問題児、斬咲凶夜だ。」
「おいコラ七海ィ!誰が問題児だってェ!?てめぇ一回膾切りにされねぇとわからねぇみてぇだなァ!」
「お前こそ何回問題おこしゃあ気が済むんだ。」
「知るか!悪ィのはあのデカブツだ!あいつが突っかかってくるのが悪い!」
そんな風に口論を始める七海と斬咲を尻目に有井瀬が大きくため息をついている。いつも問題を起こす斬咲に辟易しているといった様子だ。
「はぁ、本当はこんなところは見せたくなかったんですが。彼は見ての通り実力は【学園】でもトップクラスなんですが見ての通りの性格で手を焼いてるんですよ。」
「おィ!悠人!てめぇも文句があんならなぁ」
「はいはい、文句ないですよ。」
七海の拘束を振り切ってきた斬咲は有井瀬に一言文句をつけると光明に向かって歩いてきた。思わず半歩後ずさるが後は壁で逃げ場はなく、図らずしも壁と斬咲に板挟みになる。斬咲は値踏みをするように光明を見回すと楽しくて仕方ないといった表情を浮かべる。
「手前、二御魂か、オモシレェ、今はまだ生まれたての小鹿ほどの力もねぇが将来が楽しみだ。ックックックック………」
それだけを言い残すと斬咲はどこかへと去っていった。七海はすでに引き止めるのを諦めたらしい。好き放題して去っていく斬咲という男はまさに嵐のような人間だった。光明はあとで七海から聞くことになる話だがあの人も七海先輩と同じ三年の先輩である。好戦的すぎるあの性格故に普段は登校していないの、というか登校した時には生徒数が一割は削れるのが嫌でも予測できる。
光明はこういった人たちと同じく、この学び舎で力を学ぶことになるのだろうと前途多難としか思えない学園生活にため息をついた。
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そこは必要最低限の装飾がされた、実務的な空間だった。一見地味だが備えられた家具は紛れもない一級品で、素人目でも一目で高級品だと感じさせる。そこは上級幹部専用の会議室のようでこの地方に並べられたテーブルを囲うように九脚のソファが置かれていた。その会議室には思い思いの格好をした、それでいて上座に座る男以外は八芒星の紋章を身に着けた九人の男女の姿がそこにあった。そのうち1人は光明たちを襲撃した黒赤の狩衣の女性であり、彼女だけがソファに座ることなく起立している。
「成程、好機を逃したと……」
上座に座る男は資料、いや始末書に一通り目を通したようで、不機嫌な様子で眼鏡の奥の瞳を狩衣の女性に向ける。上品な黒いスーツを身に纏うその男は、溢れ出る威圧感を隠すこと無く狩衣の女性を睨みつける。女性は肯定も否定もすることなく沈黙している。なぜならば発言を許されていないからだ。男は始末書を机に投げ出すと背もたれに体を任せ、足を組む。ソファの肘掛けに内蔵された小物入れから葉巻を取り出すと手馴れた様子で火を付ける。独特の甘い香りが部屋に漂い始めた頃に、再び男が口を開く。
「言い訳を聞きましょう。」
ようやく言葉を発することを許された狩衣の女性は小さく返事をすると今回の失態についての報告を始めた。
「二御魂のにいちゃんが忌々しい結界の外におるもんやさかい好機やおもて襲撃したんや。式も40体連れておったし万全や思っとった。せやけどあの黒峰の犬神憑きのが一枚上手やった。先に援軍呼んでから怪異ども相手にしとったんやろな、たぶん援軍も二御魂に寄せられた犬神とか、最悪鬼に対応するためやったんやろ、アタシの読みが浅かったんや。一番の計算違いはそこに【教会】の連中がおったことや。アタシらのことマークされたかもしれへん。」
「成程、読み違えたと……それで私が預けた式は3割を損失、二御魂も【学園】にとられましたか。しかも【教会】に目をつけられた可能性があると……」
「返す言葉もあらへん。」
男は仮面を張り付けたような無表情のまま全て受け答えているためにその真意はくみ取れない。女性は口ぶりこそ機の抜けた方言ではあるものの、その体は少々震えているようで、その手の甲には汗が滲んでいる。男は葉巻を加えながら少し考え込むそぶりをした後、口を開いた。
「今回は不問とします。二御魂が育つ前に刈り取ることができればよかったのですがね。不本意ながら【学園】の庇護下にあるうちは暴走はしないでしょう。しあしあの人外の巣窟は面白くありませんね。とりあえず現状維持、行動はプラン⊿に移行します。あなたは今日はもう休みなさい。」
「ありがとな、次はしくじらへんで」
一言言い残すと狩衣の女性はその場から姿を消した。上座の男がそういった以上、この場にとどまることは彼女には許されない。狩衣の女性が消えるのを確認すると紫色の合成皮のジャケットを着た男が手を挙げ、発言の許可を待つ。
「発言を許可します。」
「ありがとよ、悪いんだが、俺にも試させてくれね?その二御霊のガキをよ。」
「構いませんが、時期ではありません。次の新月に行動を開始しなさい。」
「了解、紫檀二頼戦力調査を行わせていただきます。」
上座の男は無表情のまま頷くと、1つ手を叩く。それが会議の終了の合図であり、そこに残っていた八人は上座の男と、もう一人女性を残して先ほどの狩衣の女性と同じように姿を消す。
その場には一組の男女だけが残った。真っ白な振り袖を着た女性はスーツの男の膝の上に腰掛ける。男のその表情は相も変わらず仮面をつけたような無表情だがその瞳には明らかに感情のようなものが浮かんでいるのが見て取れる。その感情は苛立ちだということがその女性にははっきりとわかっている。男もそれを隠すつもりはないのだろう。苛立ちのまま始末書の束を乱雑に掴み、力を籠めると。始末書は青い炎に包まれ、肺も残らず消滅する。
「全く……面倒な。」
「大丈夫よ、赤城ちゃんも次はしっかりやってくれるわ。紫檀ちゃんもしっかりと役目を果たしてくれるわよ。」
その言葉を最後に二人の姿は会議室から先ほどと同じように姿を消し、会議室は葉巻の甘い匂いだけを残していた。
新たな力、新たな生活。
新たな生活は新たな出会いを産み、更に新たな力を生む。
次回、第四話:力の使い方
新たな出会いは、新たな戦禍を巻き起こす。