第二話:魂の器
前回のあらすじ
忠告を聞かなかった異能リア充軍団ピンチ
「雨宮派の……式神ッ……!」
商店街の大通りの左右を赤い巫女が列を成してゆっくりと歩いてくる。その顔は八芒星の書かれた紙で隠されており表情は全く伺うことはできない。先か程から聞こえる鈴のような音は列の先頭に立つ巫女が鳴らしている鐘の音であることが理解できたが、彼らにとって今はそのようなことを考えている場合ではない。不気味ではあるものの、その巫女は中学生になるかどうかの少女のようにしか見えなかった。しかし光明たちは蛇に睨まれた蛙のごとく動くことすらままならなかった。
「な、七海先輩、あれは……」
「雨宮派っつう退魔師集団の使う式神だ。あいつらこの程度の怪異如きじゃ動かねぇはずなのに……」
七海は何とか落ち着きを取り戻した様子で雨宮派の式神と呼称した集団へと向き直る。退魔師ということはこの怪異を退治しに来たのではとも考えられるがどうも違うらしい。列の先頭の二人の式神が鳴らしていた鐘をしまうと両手を合わせ、何事かをつぶやき始める。光明はもともとそういったものに造詣は全くないが、それが何やら神聖なものであることだけは理解できた。昼を生きる者の大半が知りえないことではあるがこれは祝詞と呼ばれる詠唱型の儀式であり、退魔の効果を持っている。
祝詞が紡がれるにつれて周囲の空間が浄化されていくのがはっきりと理解できる。それに伴い、怪異は声にならない悲鳴を上げてのたうち回り、次第にその姿は次第に薄れ、消滅した。それを確認した先頭の式神が声を発する。祝詞だけではなくしっかりと会話もできるのかという無駄なことを思考できる程度には彼等にも余裕が戻っていた。
「「【学園】の子らよ、その二御魂の子をこちらへ引き渡せ」」
ごく自然な声にも聞こえるが、それは機械音声のように平坦で、人間に近すぎるがゆえに感じる不気味の谷というものを感じさせた。しかしその内容を光明たちは理解できなかった。七海や鼬、香坂や最上はある程度理解できているようだがそもそもこういった怪異と関わること自体が初めてである光明たちには全く理解できていない。光明たちは混乱に混乱を重ねていた、そもそも彼らが通う学校は学園とは呼ばれてはおらず、そもそも二御魂という言葉に至っては初めて耳にする。先ほど最上や七海が学園が学園について言及していたことをかろうじて思い出した程度だ。
「嫌だって言ったら?」
「先輩!無茶っすよ!」
七海は完全に落ち着きを取り戻したようで、先ほどの恐怖が嘘のだったかように式神に対し切っ先を向ける。先ほどの怪異を消しさった浄化の力を持つ式神相手、それも見る限り20や30ではきかない数がいる。七海先輩は相当の実力者なのだろうが、素人の光明でも相手が悪いということは理解できる。しかし七海は臆することもなく日本刀を構えている。
「俺が時間を稼ぐ、その隙にお前らは逃げろ!」
「ダメだ先輩!それじゃあ先輩は!」
「せや、逃げられたらかなわんしなぁ、アタシも総帥に叱られたぁないねん。おとなしゅう来てもらうで。」
突如割り込んできた声、落ち着いた口調ではあるが、ある種の力強さを感じさせる。二列に並んだ式神の中央を歩くように闇から現れる姿。服装は狩衣と呼ばれる神主が儀式の際に着用する衣装ではあるものの、黒と赤で彩られたそれは全く別の衣装のようにも感じられる。普通こういった服装は男性が着るものではあるが、先ほどの声から察するにおそらく女性のようだ。その顔は大半が烏を模したような仮面で覆われているため伺うことはできない。流れるような黒髪はうっすらと赤みを帯びているのが確認できる。
「雨宮派……赤の大幹部様かよ……」
「うー、ぼく、逃げればよかった……」
七海の表情は先ほどの決意とは打って変わって焦りの表情が見て取れるように浮かんでいる。雪乃も怪異に対しての余裕が嘘のように厚手のコートを着ているにもかかわらず一切見せていなかった汗が、おそらく冷や汗だろうが額に浮かんでいる。対する赤の大幹部と呼ばれた女性はは一切の緊張すらも感じさせずあくまで自然体といった様子であり、それは相対的に光明たちが不利であることを告げている。
「黒峰の犬神憑き、そこどき、おねえちゃん余計な犠牲は出したぁないねん。二御魂は危険やさかいアタシらで処分させてもらうわ。」
「そんなことはいそうですかって認められるわけねぇだろ!」
「両面宿儺の脅威、知らんとは言わせへんで?」
「まだ決まったわけじゃねぇ!」
七海は赤の大幹部に向けて再び刀を構えなおすと目にもとまらぬ速さで一瞬で間合いを詰め、大上段から切りかかる。赤の大幹部はそれに対して身じろぎ一つせずに落ち着いた動作で袖口から取り出した短刀で七海の刀をいとも容易く受け止めてしまう。両手で力を籠める七海先輩を片手で軽々とあしらうその姿は嫌でもその実力差をうかがわせる。刃と刃がぶつかり合う協会にうっすらと壁が見えるのだが、それに気が付くものはこの場にいなかった。
「十宮!今のうちに逃げろ!こいつの狙いはお前だ!」
「逃がさへんでっ!式ィ!二御魂を捕獲せぇ!多少傷物になってもかまわへん!」
その言葉に呼応するようにただ並んで立っていただけの式神が一斉に行動を開始する。本当に俺だけが目標のようで、雪乃や最上はおろか、非戦闘員である香坂、傷ついた鼬や、それを開放する日向や朝峰、庇おうとする大吾にすら目もくれずに光明に向かって行く。光明は傷ついた幼馴染を前に逃げ出すわけにもいかず、襲い来る式神に向かって慣れない剣で反撃を行うも式神の動きは想像以上に洗練されており、光明の剣は易々と素手で反らされてしまい、拍子抜けするほどあっさりと懐に潜り込まれてしまう。
「ウグッ……!」
鳩尾に鈍い衝撃が走る。光明の意識がだんだん白く染まっていく。遠くから大吾の呼ぶ声が聞こえるが、今の光明にはどうすることもできない。本来ならば鳩尾を殴られても失神することはないはずなのだが光明はそのままなすすべなく意識を手放した。光明が最後にみたものは、倒れる自身の体を支える式神の姿だった。
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光明が目を覚ますと木目調の天井が目に入った。どうやら寝かされているらしいは特に拘束されているわけではないようで、何の抵抗もなく体を起こすことができた。今まで寝ていたところは病院にあるようなベッドであり、掛け布団やマットレスは清潔なシーツで包まれている。周囲は白いカーテンで囲われており、薬品の持つ独特な臭いと、それとは別にキツイ煙草の臭いが漂っている。
「ここは……」
「おう、気が付いたかい坊主。よく眠ってたじゃあねぇか。ま、精神に直接打撃食らったんだ。もうちょい寝ていな。」
カーテンの向こうから初老の男性と思しき声がする。精神に直接という光明にとってはよくわからないことを言っているがそれが原因で一撃で気絶させられたのだろう。男が言うにはもう少し寝ていろとのことだがしっかり休んだことでふらつくということもない。それよりも今の俺の状況を確認することが先決だと考えた。武器になるようなものはないが、そもそも今は俺自身を始末すると言っていた雨宮派の手の内にある可能性が高い。
光明は枕元にあった点滴スタンドを武器代わりに構えると一気にカーテンを開いた。するとそこには……
椅子に座って眠りこける黒峰七海がそこにいた。
腕と足を組んでかっこよく眠っているのだが口から洩れる涎が戦装束に模様を描いており、すべてが台無しになっている。少なくとも七海も俺も拘束もされておらず、何より生きている。一気に緊張の糸が切れた光明は点滴スタンドを支柱にへたり込んだ。そんな俺をみて事務椅子に腰かけて煙草を吸う初老の男性が笑いながらこちらの方を向き直る。よれよれのスーツに白衣、髪はぼさぼさで丸眼鏡をかけている。見た目こそだらしないが医療に従事しているようだと光明は感じた。
「元気なもんだなぁ。普通は丸二日は寝込むんだが。とりあえずここは【学園】の施設だ。雨宮派の施設じゃねぇ。とりあえず元気みたいだから、お前さんが気絶させられた後の状況を説明してやる。」
男は自らを逆月銘月と名乗った。どうやら気絶した後あらかじめ七海が要請していた援軍が到着したようで間一髪で間に合い、その場にいた【教会】の構成員、香坂と最上や、雪乃の協力もあって撃退することに成功したらしい。それよりも気になるのは……
「鼬、鼬はどうなったんですか?あいつ、怪我して……」
「安心しな。我妻の嬢ちゃんは隣のベッドだ。お前さんの連れのゴリラみたいなやつも無事だ。」
ゴリラみたいなやつ、大吾のことだろう。光明は大吾がはあの程度で死ぬような輩ではないだろうとは思っていたが、無事生きてるとわかると安心する。逆月はさてと、と一つ断りを入れると事務椅子を離れ座って眠りこける七海の元まで近づくと握った拳を振り上げる。
「そんなことよりも。おい小僧!いつまで寝てやがるッ!」
「いだっ!なにしやがるっ!って!痛い!痛い!いだだだだだだギブギブギブ!折れるっ!折れるからぁ!」
逆月は七海の頭に思い切り拳骨をぶつけ、そのうえ起きたばかりの七海へ関節技をかけている。七海は目に涙を浮かべており、光明はさすがに見ていてかわいそうになったため止めることにした。いまさらだが七海は服装は昨日のままだが、目は元通りの黒に戻っており、獣の耳も尻尾もない。なんとか逆月の拘束を逃れた七海はコホンと咳払いするときりっとした表情でこちらに向き直るが締まりがない。
「さて、突然だがお前には知る権利がある。いや、義務がある。つーかぶっちゃけなんで襲われたか気になってるだろ?」
「そりゃあ、まぁ。」
真っ向から向かって処分するなどと言われればいい気はしない。気にならないわけでもなく、当然説明はしてほしい。理由も聞かずに殺されては流石の光明でも化けて出る自信がある。
「んじゃあ、説明するぞ。質問は後でまとめてしてくれ。」
七海は一言断りを入れると説明を始めた。
曰く、輪廻転生という概念が存在している。それは死後に各種地獄や平行世界等の様々な場所を巡り、再び人に生まれ変わるというものである。、その際に一つの魂の器に複数の魂が入り込んでしまう場合がある。普通ならば物心がつく頃には何れかの魂が消滅し、一つの魂として安定するが、共存して二つの魂を持ったまま成長する場合が稀に存在する。それを二御魂と呼称しており、それが光明だということらしい。
なんとか理解しようとする光明を尻目に、七海はさらに説明を続ける。七海は光明から日常生活で違和感があるという相談を受けてから、魂の覚醒に備え予め準備していたようだ。光明の住むマンションの周りに防護結界貼り、魂の覚醒の際に発生する膨大な量のエネルギーに釣られて現れる怪異から光明を守る目的があった。しかしそれは他でもない光明地震が無駄にしてしまったのだが、七海は終わった話をこれ以上蒸し返すつもりはないらしい。
それに付け加えるように逆月が補足を行う。光明が感じていた違和感というものは魂が活発化する兆候であり前世の記憶と今世の記憶が混濁した結果だという。それは現在と過去の相違、もしくは今現在光明が存在している世界とは別の似通った平行世界のものであったのだろう。しかし二御魂は前例がそもそも少ないために比較をすることは難しいそうだ。
さらに光明に対し説明は続く。魂というものはそれ自体が精神的なエネルギー、【霊子】の発生器官になっている。それが二つあるが故に常人よりも発する霊子の量が大きく、先ほど光明が聞いた通り、そのエネルギーに釣られてあの量の怪異が寄ってきたらしい。本来は防御結界で守りつつ周囲の怪異を殲滅するといった方策がなされる。
「ま、あの程度でよかった、最悪大鬼とか豚頭が出てきても不思議じゃなかった。」
七海の口から漏れ出た言葉に光明は思わず背中を震わせる。七海の口ぶりかあすれば、今名前が出た魁夷は子鬼や犬神よりも上位の怪異なのだろう。ただでさえ手いっぱいだったあの状況でそのようなものが現れていたとしたらどうなっていたかは想像すらできない。そのようなことを考えている間にも七海の説明は続く。
満月の影響で活発化していただけだった光明の魂が昨日の満月で案の定覚醒したのだ。満月の日は霊子の活動が最も活発になる。ならばそれを発生させてある魂にももちろん影響を与えるわけだ。昨日は走馬燈が原因で覚醒したわけだが、そうでなくても最終的に満月の影響で覚醒した可能性は高いのだそうだ。
。
そして、光明が一番が疑問に思ってるだろう、自身をを処分、十中八九殺そそうとしてた連中の招待と目的が語られた。名は雨宮派という退魔師集団であり、かつて二御魂を宿した人間が両面宿儺と呼ばれる圧倒的な力を持った怪異となり、それを討伐した連中とのことだ。曰く両面宿儺になる前に二御魂の人間の時点で始末するのが雨宮派の目的であるようだ。
「以上だ。なんか質問は?」
正直、光明にはついていけなかった。輪廻転生だの結界だの魂のエネルギーだのエーテルだの昨日まで絵空事だと思っていたことが現実であったことに驚愕を禁じ得ない上に、何よりも今まで培った常識がそれを受け入ようとしていない。質問はと聞かれたところで今すぐ質問できるほど光明の脳の回転速度は速くなかった。
「まぁ混乱するのはわかる。黒峰の小僧みてぇにガキの頃からこういった怪異と付き合ってきたわけじゃあねぇしな。とりあえず簡単にまとめると。お前さんはエンジンを二機積んだモンスターマシンで魍魎はそのエネルギーに釣られたってわけだ。雨宮派はそのモンスターマシンが兵器になる前に破壊しようって考えてるってこった。」
逆月は簡単に纏めたものの、いまだ理解の範疇を大きく超えていた。その現実を受け止めるのに光明がかけた時間は決して短いと言えるものではなかった。
脅威に次ぐ脅威、超常の力を持つ人間の敵はまた超常の力を持つ人間である。
また敗北は新たな出会いを生み出す切欠でもあり、少年の運命を変える切欠となった。
次回、第3話:人外の学園
重なり合う魂は、脅威の豪雨か恵みの雨か。