2~魔人族~
完全な説明回です。
ドアを開け司祭様の執務室に入る。
「司祭様、お呼びと聞きましたので参りました」
「ああシロ君、ちょっと待っていてくださいね。今この書類を片付けますのでそこのソファーに座って待ってて下さい」
「はい、では失礼します」
司祭様の勧めに従いソファーに座る。
・・・やわらかい。
体がふわっと沈む。非常に座り心地が良い。
さすがに司祭様の執務室だな。今座ったソファーもだが、置いてある家具も、飾られている調度品も僕の目でも良い物なのだとわかる。
まあそれも当然か。
領主は別にいるが、この街を実質的に運営し切り盛りしているのは司祭様だ。
司祭様は良い方だし、その能力にも疑いはない。
だが司祭様がこの街を実質的に運営できるのは教会の力が大きいからだ。
何度かの小康状態をはさみながらも二千年近く続いた世界大戦を4百年前に鎮めたのは教会だ。
その後中央世界に拠点を置き、他の4つの世界をそれぞれの氏族に統治させている。
教会は再び戦争が起きないように様々な事をしている。
冒険者や神殿騎士といった独自の戦力で各氏族ににらみを利かせつつ、都市外の魔物を狩っていき治安を維持し、産業・流通・商業といった様々なギルドを配下に置き経済を支配し、各地に学校や病院や孤児院をはじめとした様々な教育・福祉施設、さらに娯楽施設等も建設運営し教育や思想や文化面にも大きな影響力を持つ。
そういう風に教会は戦争を起こさせないようにしている。
氏族内での争いならば基本的には干渉をしないというスタンスだが、もし世界を越え、他の氏族と戦争になるような事があれば必ず教会は立ち上がり戦うと公言している。
もし戦争をするなら物流を止め物資の供給はしない。
怪我人の治療もしない。
それでもやるなら独自の軍事力で叩きつぶす。
そう言っている。
教会の怖いところはこれらを全て公然と行い、公表しているところだろう。
それらは学校教育等でもはっきりと教えている。
再び世界大戦を繰り返させないための力による世界平和。
まだ学生の僕でも知っているこの世界の一般常識だ。
そういった教会の強い力を背景に司祭様はこの街で強い権限を持っている。
じゃあ領主。ようするに王や貴族たちはいったいなにをしているのか?
彼らは立法・行政・司法に権限を持つ。
それならば自分たちに都合のいい法を作って教会を抑え込んでしまえばいいんじゃないか?
基本的に教会は立法・行政・司法には口を挟まないという立場をとっている。
しかしあきらかに教会や一般市民に害があると判断した場合、教会は自衛のため、その法を叩き潰すために行動する。
その法を完全に叩きつぶすまで、ありとあらゆる手を使い、けっしてその手を休めることはない。
そして一般市民や、下級・中級役人のほとんどは教会の味方をする。
彼らにしてみれば王侯貴族よりも、生まれた時から死ぬ時まで生活のあらゆるところに関わり、普段の生活だけでなく困ったことがあれば手を差し伸べてくれる教会のほうがよほど信頼ができるということだ。
結果として貴族達は教会と戦わない事を選択した。
下手に戦えば自らの地位が危なくなる。
だから戦わない。
そう考える。
いや、戦う戦わない以前の問題だ。
なにしろ教会や、教会に属する様々な組織はきっちりと税は納めてくるし、民衆の不満の受け皿にもなって民衆を宥めてくれている。
仕事だって国の中枢にいるならともかく地方の中小貴族なら、教会がきっちりと高等教育を受けさせた優秀な役人たちによる官僚組織に任せておけば特にすることもなくなってくる。
問題が起きてもその役人達や教会がきっちりと対処してくれる。
むしろ教会と仲良くしておく方が収入も安定するし、地位も守られる。
安定した収入のもと楽に生きていける。
そのため地方の中小貴族には自らの趣味の世界に生きる者がとても多い。
それに対して民衆が不満を持っても、よっぽどひどくない限りは教会がなだめてくれる。
貴族にしてみればわざわざ教会と戦うほうがバカバカしくなる。
他の世界、他の氏族では違うという話ではあるが、この世界、魔人族の国ではそうなっている。
発言力の強い中央の大貴族ならともかく、地方の中小貴族達はその牙を完全に教会に抜かれているのが現状だ。
この街の領主もそういった中小貴族の一人だ。
街の実質的な運営を司祭様や役人達に丸投げし、自らは安定した収入のもと自らの世界に生きている。
そんな領主に対して市民から不満はないのか?
まったく無いといえば嘘になるだろうが、大きな、たとえば反乱に繋がるような事があるかといえばそれはない。
大きな不満を抱かせない。
この国の官僚組織とその手助けをしている教会は、そのあたりの匙加減が非常にうまい。
また貴族達の一般的な趣味というのが役に立つものが多いというのも不満を抱かせない要因になっている。
貴族達の一般的な趣味であり嗜み。それは魔術の研究だ。
魔人族にとって魔術は貴族でも一般市民でも当たり前にそこあるもの。
貴族達は強い魔力とありあまる資産と時間を使って、それらの研究開発をしている。
新しい魔術を生み出したり、今ある魔術をより簡単に強力に効率的に改造していく。
それらの魔術はやがて一般にも使えるものになる。
魔人族にとっては当たり前の魔術。
そしてそれを研究開発している貴族達。
庶民は税を納める。
貴族達は税金で優雅に暮らしつつ魔術の研究開発を行う。
開発された魔術はやがて庶民にも広まりその生活を便利にする。
結果として魔人族の国では数百年大きな反乱は起きていない。
・・・考え事をしている間にどうやら司祭様の方も仕事が終わったようだ。
さて、進路相談かな。
・・・・正直憂鬱だ・・・・