さよなら、愛してる
いつ頃こうなってしまったのか………
記憶はとても曖昧で、思い出すことができない。
そんな俺の目の前で、現実は鋭いナイフを突きつけてくる。
白くて冷たい部屋の中に置かれたベッド。
その上で横になっている俺。
その傍では、一人の女性が泣きじゃくっている
認めたくはないが、この光景を見せられては認めざる終えない
俺は………俺は、死んだんだ。
人は、いつか死ぬと常々思っていた。
遅かれ早かれ、いずれ死ぬと思ってた。
でも、それはとても客観的な見方による死生観だったと今になって思う。
まさか、自分がこんなに早くこうなるだなんて、まったく思ってもみなかった。
俺が横たわるベッドのそばで未だに泣き続ける女性。
彼女に近寄り、頭に手を置こうとしてみる。
手は頭に触れることなく、スッ…すり抜けてしまう。
それがまた、死んだんだということを実感させてくる。
この女性が泣いた時、俺は必ずその頭に手を添えて、優しい言葉を投げかけた。
でも、もう頭を撫でることはできないし、俺の言葉が届くことはない。
そう思っていてが、無意識にポツリと言葉が漏れる
「突然こうなってしまって……本当にごめんな」
その一言がきっかけとなり、まるで蛇口が壊れたかのような勢いで言葉が溢れ出す。
楽しかったこと、嬉しかったこと、辛かったこと、苦しかったこと………
思い出の一つ一つを、紡ぎ出すかのように言葉にしていく。
そして、言葉の奔流はだんだん勢いを失い、最後にポツリと―――
「今までありがとな。さようなら……愛してる」
その一言を発した直後、視界が静かに白く染まっていく。
多分、これが成仏するということなのだろう。
悲しさと寂しさを胸に抱きながら、俺の意識は消えていった。