彼女の記憶***初めての彼氏
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近所の子にいじめられた時、守ってくれた3つ上のお兄ちゃん。さすがにこの頃はまだ私も強くなかったと思う。彼に頭を撫でられるのが好きだった。悲しくてもすぐに笑顔になれた。
「シン、トコのこといじめんなよ」
シンとよくケンカした時も必ず私の味方してくれたっけ。優しくてかっこよくて頼りになるお兄ちゃん…そんな人が近くにいれば誰だって好きになっちゃうと思う。
けど、すぐに恋だと気づいたわけじゃない。
幼い頃から大好きだったけど、『特別な好き』だと気づいたのは、ナオくんに彼女ができてからだった。
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中1の時…ナオくんに彼女ができたことを知る。
「兄貴さぁ、明日デートとかで浮かれてんだよな」
「え!?」
予想もしてなかったシンの発言に動揺してしまう。
「彼女。写真みたけど、すっげ可愛いんだよ、これがさ」
今まで考えたことのなかった、『ナオくんの彼女』という存在。さーっと血の気が引くような感覚…私の心臓だけがやけに大きな音をたてて鳴った。
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それからしばらくして、シンの家に遊びに行く時は、必ずといっていいほど彼女がいるようになった。
「ナオくんに彼女ができるなんてびっくりだよ」
私は強がって、平気な顔で笑ってみせた。
「トコにはまだ分かんないかもな…恋愛は」
えらそうにナオくんが言うから、私はむくれる。
けど、
「あ、すねんなよ、嘘だって。トコも中学だし色々あるよな」
そう言って彼は優しく頭を撫でながら笑うのだった。
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彼女は柔らかな笑顔を浮かべてて…すごく女の子らしくて…可愛い人だった。
別にナオくんの彼女が悪いわけじゃない。
けど…私とナオくんの関係を壊されたような…正直家まであがって欲しくない…大切な場所を彼女に壊されたような気がした。
自分の中に生まれてしまった、嫌な感情に気づく。
私は…私がナオくんとあんな風に一緒にいたかったのに。彼が彼女を見つめる優しい瞳…ほんとは嫌いだった。
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それでも、関係を壊そうとか思ってなかった。
心の底では喜べなくても、以前と変わらないように接した。私が気持ちを伝えたところで、ナオくんを困らせるだけだし…私が彼女になれるはずもなかったから。諦めてた。
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「なぁ、トコは兄貴のことが好きなんだよな」
シンにある日言われて「違うよ」と否定したものの、みるみる顔が熱くなるのを自分でも感じた。
「おまえ、ほんと分かりやすいよな」
シンに気持ちがばれてしまったことで、私は動揺した。シンはそんな私を見てため息をついた。
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「トコ、兄貴からこれ渡しとけって頼まれた」
誕生日にシンから渡された袋、中身はさくら色のシュシュだった。ナオくんがちゃんと私の誕生日を覚えてくれていたことすごく嬉しかった。
なのに…
「あ、トコつけてくれてんだ、それ俺とミホからな」
そわそわして、もらったものをつけて好きな人に会いにいく…そんな私の感情は一瞬にして見事にくだけ散った。
「トコちゃん、この色似合うと思って…」
ミホさんは柔らかに微笑むけど…私の笑顔はひきつったまま。
「ありがとう…ございます」
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「トコ、髪につけてんのなにそれ、似合ってねぇ」
シンの部屋…相変わらず遠慮なしに幼馴染みはバカにして笑う。
「うっさい、もうつけないし」
ミホさんは似合うって言った。
私に似合う?さくら色が?
ほんとはこんなん似合わない…こんな可愛い色。
女の子っぽいもの。
その日…さくら色の苦い記憶は引き出しにそっとしまった。
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時間が解決してくれるってほんとよく言ったもんだ。私の心の奥でくすぶっていた気持ちも徐々に薄れていった。ナオくんにはナオくんの世界があって、私には入れない。私も中学で友人と遊んだり、平穏で楽しい毎日を送っていた。
ただ…恋は…。
中学3年間、ナオくん以外に好きになる人はいなかった。
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変化が起きたのは、中3の冬…
確かに最近ミホさんが来ないって思ってた。
私も受験で家に行く回数が減ったからだと思ってた…。
「あぁ…兄貴たぶん別れたっぽい」
こういう時って頭真っ白になるんだ…知らなかった。
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「ナオくん、調子どう?」
「トコか…まぁ、なんとか。ってお前こそ大丈夫なのか?」
私を見る瞳が優しい…
「シンは…危ないけど、私はA判定もらったし」
「A判定かぁ…俺は正直キツいかもなぁ…」
もともと医療系の大学に進学する予定だったナオくん…ギリギリでもう1つランクを上にしたらしい…。そこの大学の方が様々な分野を学べるんだって。
「あの…さ、ミホさん…最近こないね…」
聞こえてるはずなのに…何も答えず再び机に向かうナオくん。
なんだか…胸が苦しくなった。
ナオくんには笑ってて欲しいのに…。
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私とシンは志望校に見事合格した。
「なぁ…お前さ…兄貴に言ってみたら?」
「なにが?」
「だから気持ち。今兄貴フリーだし別によくね?トコそんなんじゃ、ずっと彼氏できねぇぞ」
「うっさい」
告う?…私がナオくんに?…そんなん考えたことなかった。顔が一気に火照る。
「まぁ、フラれたら俺なぐさめてやっから」
シンはいたずらっぽく笑った。