無愛想な理由***彼の記憶
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身体がきしむように痛い
現実へと引き戻される。
どこだ、ここ?
視界には見慣れない白い天井。
がばっと起き上がる。…ってぇ、頭に痛みが走り一瞬揺らぐ。保健室…あぁ…思い出してきた、さすがに午後になったら身体が熱くて朦朧とする意識の中、晴紀に連れてこられたんだっけ。
隣には見覚えのあるハンカチが落ちていた。
あいつか…。
あいつの顔が脳裏に浮かんできて、俺はそれをかき消すように、髪をぐしゃぐしゃにする。
あぁ…くそっ、なにやってんだ俺。
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「持田…」
俺は木原の親友を呼び止める。木原とは違って、おっとりしたタイプの奴だ。
「何?」
「これ、木原に返しといて」
☆
颯はあれから1日休んで登校してきた。
声は気まずくて掛けられなかったけど、いつものように友人と笑いあってる姿を見てほっとした。
「ねぇ、とーこちゃん、これ」
もっちゃんから渡されたのは、くまの刺繍があるハンカチ。
私は黙ってそれを受けとる。
「久我くんから頼まれたんだけど…」
「うん、そっか、もっちゃん…ありがとね」
私は精一杯笑って見せた。
強がりだって分かってる…けどそうしてないと…泣きだしてしまいそうだった。
☆
胸が重くて苦しい。
何か吐き出したいけど…どうしたら楽になるのか分からない。
机の上に置かれた真っ白なノート。
宿題するはずだったのに…リュックからでてきた、ハンカチに気持ちを一気に持ってかれてしまった。
もう話すのもダメなのかな。
みんな、別れた場合…学校が同じってどうしてんだろ。
そもそも、付き合ってる彼女に他の男と付き合えとか酷くない?嫌ならはっきり別れようって言われた方がまだましだった。
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帰宅すると、一気に甘いにおいが流れてきた。
俺はそのにおいに、嫌悪感を覚える。
「あぁ、おかえり、お前最近遅いな」
靴をぬいでいると、2階から降りてきた奏に声を掛けられた。
「バイト、つかこれキツくね?」
「あ?理沙の香水か?」
理沙って…こないだは詩織とかいう女じゃなかったか?奏の女はころころ変わる。
「奏、女の趣味悪りぃよな」
俺の嫌味にも、堪える様子はなく…
「そうか?みんな美人だけどな、つか兄貴って呼べっつってんだろ」
そう言って4つ上の兄貴は笑った。
***
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中学の頃あたりから、家にはいろんな女が出入りしてた。親は共働きで遅せぇし、俺たちは干渉されることなく自由な生活をしていた。
奏のつるんでる奴らはいつもにぎやかだった。
「あれ、弟くん?こんにちは、奏と似てるね」
「こっちおいでよ」
「いや…俺はいいっすよ…」
正直、奏の友達といるのは、居心地が悪かった。
「颯、お前もまざれよ、ピザ食いきれねぇし」
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俺はようやく解放され、部屋へ戻ることができ、大きく息を吐き出す。あいつら、酒飲んでうるせぇし。マジで疲れた。
しばらくすると、にぎやかな声や笑い声が消え…静かな時間が訪れた。やっと帰ったのか?
ほっとしたのもつかの間…隣から声が聞こえてくる。女のなんとも言えない声…
あいつ…マジ最悪。
俺は部屋を出て…1階のリビングに避難する。
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階段を降りてくる2つの足音…
「颯、俺ちょっと送ってくっから留守番頼むな」
リビングをのぞく奏の隣にいる女は、俺と目があっても気まずい様子もなく、腕を絡めていた。
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帰宅すると、にぎやかな声が2階から聞こえてきた。また来てんのかよ…最悪。
2階にのぼると、奏の部屋の扉は開けっ放しだった。そのまま通りすぎようとした俺に、気づいた女が声を掛ける。
「ねぇ、颯くん、まだ女知らないんだって?」
俺は冷ややかな視線をそいつに向けた。
「あぁ…沙織、悪いな。弟無愛想すぎっだろ、いつもこんな調子でさ」
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扉を叩くノックの音…
「なんか俺に用っすか?」
その女は俺の問いには答えず、部屋に入ってきた。
腕を絡みつけていた光景が浮かぶ…あぁ、こいつ奏の女か。沙織…とかなんとか…?
「颯くん、モテるでしょ。奏に似てカッコいいもんね」
上目遣いで俺を見る。
「別に、モテないっすよ、つかこれなんなんっすか?」
「んー、なんか私颯くん好きかもって思って」
頭おかしいよなこいつ…マジで。奏の趣味わかんねぇ。顔が近づいてきて、唇が重なる。
「奏と別れたんだ…颯くん、私と付き合わない?」
甘ったるい声…耳元でささやきながら、俺の背中に腕を絡ませる。最悪…うぜぇ。俺が黙ったまま動かないでいることを、緊張してるって勘違いしたんだろう。
女は顔をあげ、熱っぽい瞳で俺を見た。
「気すんだ?俺…あんたみたいな女、タイプじゃねぇからマジ無理」
頬に痛みが走る。
そのまま、女は部屋から出てった。
なにすんだよ、痛てぇし、マジバカ女。
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「颯、その顔マジだせぇぞ」
あくびをしながら、のんきに部屋からでてきた奏が言う。
「お前の女マジ最悪」
「沙織?あいつとは付き合ってねぇし。何あいつに誘われたとか?」
笑いながら奏は言う。
……。
「やっとけばよかったのに、もったいねぇ」
そのまま、奏はまたあくびをしながら階段を降りていった。
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4つ上の兄貴は…器用にわりとなんでもこなす。勉強やスポーツも結構できる。あんな遊んでる奴がだ。ただ、女関係だけは最悪だった。いつか刺されっと思う。
奏の女関係に口を出すつもりはないが、俺の女に対する偏見ができたのは、ぜってぇ奴のせいだと思う。
あの最悪な女、沙織以外の女もやたらべたべた勝手に触りやがるし…くっつくし。
上目遣いや、甘えた声も…うざく感じた。
さすがに中学には、奏のつるんでる女みたいな奴はいなかったが、それでも特に気になる女もいなかったし、男とつるんでバカやってる方が楽しかった。
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高校に入ってすぐ、今まで周りにいなかったタイプの奴から告られた。知らねぇ奴。けど、俺のことすきだっつーし、一目惚れとかなんとか…。
「よく、電車で見かけてて、いいなって思って…で…あの、もしよかったら…付き合ってくれませんか?」
正直…見ためけっこうタイプだった。
長めのゆるくてふわっとした髪、優し気で、控えめな話し方とか…お嬢様っつーか、そんな雰囲気。
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すぐ好きになれるって思ってた。
けど…
結局キスしても、抱き締めても、付き合ってんだからってどっか義務的なものになってた。
「颯くんって、よく分かんない。私のこと好き?」
好き?
「ん…あぁ、まぁ…」
好意を持たれんのは悪いきしねぇ。別にこいつのこと、嫌いじゃない。…けど好きと簡単に言える程の気持ちも…ない。
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「でね、見た目すごくカッコいいけど、無愛想だし、なんか思ってた感じと違くてね…がっかり…」
……。
女の集団の中…俺に気づき青ざめる女。
「どうして…ここにいるの?」
「いや…ちょっと話あってさ…。でも必要ねぇみてぇだな。」
「あ…颯くん、違うよ今のはね…」
笑って取り繕うこの感じがなんか…
「いや、俺が悪りぃしそれでいいんじゃね?別れよ」
最低とかなんとか、女の集団は騒いでたけど。
なんか…女ってめんどくせぇ。