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目はクリクリと大きく頬は朱で  作者: 路傍工芸
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戦前オフ会

 柿揚は夕方になる前に大船のスプラトン氏宅に着いた。


 大船駅に降りると「歓迎パシモン氏」と大書されたノボリがあがっていたため、迷うことはなかった、が、少々恥ずかしかった。

 すでに到着していた4名と合流してスプラトン邸に招かれ、別屋に一室を与えられて湯に案内された。


 使用人が沸かす五右衛門風呂というのにも驚かされたが、風呂上がりに聞いた、スプラトン氏が実は風呂を沸かせていたという事実にもっと驚かされた。

「ははは、いいんですよ。実はあの風呂は普段は使ってなくて、あれを沸かすのは一種私の趣味なんですから。」


 スプラトン氏は柿揚と同年齢、細面色白の青年だった。

 彼は鉄道が好きで、古今東西の機関車及び交通網の歴史に詳しく、かつ絵心があるため、機関車を仏像に模した、というのだろうか、融合させた絵を描き、萌星に独特の一角を占めていた。


 彼は江ノ電を最も愛しており、いつぞや見た五智如来に模した江ノ電の車両(模した、というのが妥当なのか、どうにも表現に困る)の壮観な絵画はそのまま日本美術として評価を受けてもいいのではないかと思ったくらいである。


 宴会場に案内された柿揚はそこで改めて皆の自己紹介を受けた。

 40代、無精髭の巨漢は広島の龍姫氏、30代とおぼしき女性は京都の梓氏、相模原から来たという鳳氏は30代の労働者風であった。

 発起人、横須賀のオゴレス氏は20代後半の肥満体で、彼の発起の挨拶から壮行会は始まった。

 

 とはいえ萌星の面々であるからそれほど堅苦しいものではなく、挨拶の類は簡素にすまされ、萌星の内輪の話が盛り上がる。

 

 柿揚は龍姫氏をつかまえてその名前の由来を聞いたところ、予想外に深い背景があり、30分は話し込まれてしまった。


 この世には相似世界というものがあり、一人一人の人間の決断によって変わる世界、たとえば右に歩いた場合と左に歩いた場合とでその後の展開が変わるだろうが、そういう無数の瞬間瞬間の決断の違いごとに同じような、しかし結果のちょっとずつ違う世界が発生している。

 我々が過ごしている今もその相似世界は無限大に生成されている。


 龍姫ドラグンプリンススの名前は、遠い昔、ノルマン公がイギリスを征服した際に生じたもう一つちょっと違った世界の英語での龍姫の発音なのだそうだ。


 その世界で英語は現実世界の英語とはちょっと違う進化を辿り、発音や文法に違いが見られるのだという。


 驚いたことに龍姫氏はその架空の英語の辞典を自分で作っており、今日はそれを持参していた。

 ケンブリッジ版ならぬ「クェンビッツ版」の英英辞典だ。

 

 さらにはその世界の歴史年表まで作っており、これも拝見させてもらったが精緻な造りで、この年は現実世界では何々の事件が起きた、何々の戦争が起きたが、この世界では遡るとノルマン公の行動がこう違ったがために、こういう違いが生じ、事件はこうなった、この戦争はこういう経緯をみせた、などとあたかも歴史教師のように解説してくれるのだ。


 あきれた!なんともあきれた!あきれたキチガイだ!

 柿揚は自分も随分趣味に固執する方で、世の中ではキチガイの部類だろうと思っていたが、上には上がいた。

 

 しかしこういったキチガイは龍姫氏だけでなく、漏れなく全員がそうであった。話せば話すほど、その異常さに取り込まれていく。

 もちろん柿揚も自身のセーラー服少女愛を語った。

 こんなに赤裸々に自分の趣味を語ったのは生まれて初めてである。


 そろそろ夜も更けてきた頃、柿揚はそういえば自分の招集の話をしていないことに気付いた。

 発起人のオゴレス氏にそっと、実は・・・と打ち明ける。


 パンパンパン!

 オゴレス氏の拍手が鳴り響く。


 オゴレス氏が夜も更けたためそろそろ、と場を締めるとともに、柿揚の招集の話を紹介した。


 わきおこる万歳!万歳!

龍姫氏「頑張ってきたまえ!これはめでたい!と、いいたいところだが、死なないように頑張ってきてくれ。あと利き腕も大切に!」


梓氏「お国のために頑張ってきてください。私も少しばかりですが、愛犬5匹を軍犬に供出していまして。もし軍犬部隊に配置されたらかわいがってやってください。私の犬ならなおさらお願いします。」と笑う。


オゴレス氏「僕は徴兵検査が丙種、つまりいわゆる犬以下(チラッと梓氏をみやり、梓氏も苦笑する)なので、よっぽどのことがなきゃ兵隊にはいかないけども、銃後はしっかりまかせてくれ。奉国がつく募金は見かけた端からやってるぜ。」


鳳氏「おめでとう!だが、龍姫氏のいうように身体には気をつけてください。僕は陸軍の被服敞で働いてるんだが、僕の手がけた軍服を着てくれるのかもね。

 そうだ!ちょうどいい頃合いだ。」

 鳳氏は部屋の隅に置いた行李を持ってきて中身を開けた。

 

「僕はもともと仏師をやっていたのだけど、技量未熟でとてもその道でやっていけなくなって今は陸軍の軍属なんてのをやってるんだ。

 しかしやっぱり素人よりは上手い自信はあるから今日のためにこんなものを造ってみたんだ。どうかな。」


 行李の中からは今日集まったそれぞれの作品の登場人物をかたどった木像が出てきた。

 鳳氏は自身の技量を謙遜したが、とてもとても、確かに仏像ではないが、寺の本尊に置いてあれば仏像と見まがう丁寧な造りであった。


スプラトン氏の江ノ電仏、龍姫氏の縞柄水着の少女、オゴレス氏の竜と車のまぐわい象、梓氏の描く制服を着崩したあられもない海軍士官(もちろん男性)の半裸象、そして柿揚の「ぶらばん!」に出てくる主人公、平田エツが楽器を振り乱した象もあった。


 柿揚は感動でしばし本当に身体が動かなかった。


 若くして戦死した兵隊に、母親が「せめてあの世で夫婦に」と日本人形を奉納するという話を聞いたことがある。


 日本人形も美しい。

 だが、もし夫婦になるなら、断然、断然平田エツだ!

 平田エツと結ばれるなら戦死してもいい!

 ・・・と一瞬思いかけてしまった。


 場はがぜん盛り上がり、結局オゴレス氏の締めはなんの効果もなくめいめい力尽きるまで語りに語り続けた。

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