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目はクリクリと大きく頬は朱で  作者: 路傍工芸
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召集令状

 最初はいつくるかいつくるかと召集令状を戦々恐々待っていたが、そのうち待ちくたびれて早く来てくれと開き直りの心境になってきた。


 仕事の方はだんだん落ち着き、趣味に時間を割けるようになってきた柿揚は萌星の連載仲間と文通をするようになった。

 広島の「龍姫」氏、京都の「梓」氏、鎌倉の「スプラトン」氏等々、萌星の主力メンバーと交友を広げた。

 

 招集はいっこうに来ず月日は過ぎていく。

 

 そんなある日、鎌倉の「スプラトン」氏が招集を受けたが、いろいろな事情から猶予があって聯隊出頭が再来月とのことで、萌星仲間で壮行会を開こうという話が持ち上がった。


 スプラトン氏は大船の土豪の息子で、日本各地からやってくる萌星仲間はスプラトン氏宅の別屋に泊まる手はずとなっていた。

 発起人は横須賀の「オゴレス」氏で、柿揚ももちろん参加のため返事を書いた。


 8日間の休みを取った柿揚は水曜の夜の夜行で東京に向かう。

 一度実家にも顔を出し、一泊してから鎌倉へ向かうのだ。

 実家についた柿揚は両親に挨拶をして近況を報告する。叔父は大阪に出張しているとのことでしばらくいないらしかった。


 妹はこのご時世に友人と横浜旅行に出かけて不在である。

 女学校をきちんと卒業した婆娑羅は流石に違う。

 ・・・と思ったのだが、母が言うには見合いが進行中とのことである。


 叔父だな、と思った次の瞬間に親父が「泰(弟、つまり私の叔父)は顔が広くて助かる。」と言う。まあ、案の定である。


 そんな近況を話し合っていた夕暮れ時に郵便が来た。

「柿揚徳治さんはこちらですか。」

 はて、郵便屋は配達でいちいちこうやって確認していただろうか。

 違和感を感じて玄関に出る。

「はい、私ですが。」


「はい、こちら召集令状ですよ。」

「それじゃ、おめでとうございます。」

「はい、ありがとうございます。」


 郵便屋はそっけなく伝えると自転車に乗って出て行った。

 しかしよくよくその後ろ姿をみたら郵便屋ではないようだ。

 背広だったのでおそらく役場の兵事係なのだろう。


 しかし、持ってきたのが誰であれ、もっと、直角に上半身を倒すような最敬礼をして

「おめでとうございます!!」と感激の伝達をされるのかと柿揚は漠然と思っていたが、最近は件数が増えていちいちやってられないのか、たまたま適当な職員だったのか、随分簡素なものであった。


 実感が湧かない。

 玄関に両親が出てくる。

「アンタ、ついに来たんか!」「徳治・・・泰の力も及ばなかったか。」

 日本の破竹の進撃は今も続いているように思えるのだが、最近の戦況発表はどうにも歯切れが悪いような印象がある。

 こういう時、叔父が不在というのはなんだか不安でもあった。


 その夜は母がすき焼きを振る舞ってくれた。

 親父が近所にも知らせたらしく、小さい頃から親しくしてくれていた酒屋や銭湯のおじさん達も駆けつけてきた。


 近隣の知り合い達はただですき焼きにありつく良い機会くらいに思ってかあとからあとからドンドン来た。

 みんな口々に私の戦場での活躍を言うが、食い意地の方がはっており、私のことはだいたい二の次であった。


 酔いが回ると私そっちのけで「俺はシベリア出兵に出た」「山東出兵に参加した」「上海事変には行った。」等々、どこまで本当かわからないが軍歴自慢が始まる。


 私の親父の軍歴は徴兵されて聯隊で2年間過ごしただけなので、戦地に行ったという話がはじまると親父はただただ聞くだけである。

 こういう時元陸軍大佐の叔父がいれば場はおさまるのだが・・・


 しかしそうはいっても最低限、みな私への気遣いは失わずハメをはずしすぎなかったのは予備役大尉の町内会長がいたからだろう。

 8時頃にはお開きにして町内会長が皆を追い払ってくれた。

 

 「トクちゃん、立場上頑張ってこいとしか言えないが・・・まあ、勝ち戦だから慎重に慎重に振る舞って、上等兵で除隊してきてくれ。」

 町内会長は最後に赤ら顔を引き締めて帰って行った。


 寝る前に両親が部屋に来た。 

 「2年間なんとか頑張ってこい。」

 「危険だと思ったら頼りになる人に手伝ってもらいなさい。」


 私と妹は年がいってからできた子供だから、余計に寂しいだろう。

 実はすき焼きの宴席中もずっとセーラー服の少女のことしか考えていなかった柿揚だったが、流石にその日の夜は両親の傷心を思って布団の中でちょっとだけ泣いた。

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