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目はクリクリと大きく頬は朱で  作者: 路傍工芸
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休刊

 萌星の秋号が届いた。柿揚は衝撃を受ける。

 編集後記の最後に記載されていた内容によると、「月見」氏はこの編集作業大詰めの段階で召集令状を受け取ったらしい。


 ーこの号を皆さんが読んでいる頃私は戦地にあるでしょう、萌星は今号をもって一旦休刊とし、無事凱旋の暁には再開いたしますー


 柿揚の周囲にもちらほらと招集されて消えていった者がいるが、これほど柿揚自身に衝撃を与えた招集はない。


 気にしていた連載、好きな作家の投稿、「ぶらばん!」への感想などをなめつくすように、穴が開くように読みおえ、明け方ようやく目を通すことになった編集後記にこれほどの衝撃を受けるとは。


 人道からとりあえずは「月見」氏の無事生還を祈るとして・・・

 柿揚は考えた。

「ぶらばん!」の最終回、これをどこにはき出せばいいのか。

「月見」氏は編集後記によれば萌星を誰かに託すといったことはしていないようだった。だから本当に萌星はこれでいったんおしまいだ。


 頭の中ではね回る、楽器を持った登場人物達!


 最終回はロンドン洋行を考えていたのに!

 親父が昨年まるまるいっぱいイギリスに行って帰ってきたのだが、その資料をふんだんに使わせてもらった自信作中の自信作!

 あの天下の大英帝国の帝都でも普段となんら変わらず無邪気天然に振る舞う一行をこれでもかと描写した最終回は半分ほど完成していた。


 なお、当初柿揚は登場人物達が戦艦長門の甲板で演奏をする話を考えていたが、取材のつもりで行った戦艦長門の公開乗艦は長蛇の列で、とうとう柿揚は乗ることが叶わなかったのだ。


 列を整理する水兵に事情を説明してなんとか乗れないかと頼んだが、この水兵がまた堅物で、女が、それも戦艦の甲板で演奏などとは!別筋のところで怒り出してしまったので完全に話は終わってしまった。


 まあ、柿揚が乗りたかった理由はなんら特別扱いを受ける要件を含んでいなかったので、どちらにしても駄目だったのだろう。

 叔父の力を借りていれば・・・ともちらっと思ったが、こんなことに叔父の力を借りていては呆れられてしまう。


 その叔父から萌星と入れ替わるように大荷物が届いた。

 民法の六法全書で、全12巻、解釈判例集(これもまた分厚い)全6巻というそうそうたる内容である。


 いずれの巻も叔父がつけたのだろう、付箋がビッシリと林立している。

 ピアノの鍵盤を思わせる。


 同梱されていた叔父からの手紙には「たいそう遅れたがこれを送るから通読せよ。お前にはうちの会社で重職についてもらうので、経験はあてにしないが、知識だけはないと困る。

 

 大学はとりあえず卒業さえすればよいから、今から法律に勉強時間を割け。法律は初めてだろうから、毎週法学の先生を一日派遣するのでよく教えてもらえ。


 その先生にはお前に学んで欲しい箇所をよく言い含めておくから、お前もしっかり学ぶように。」といった内容が書かれていた。

 

 兵隊に行かないから趣味は続けられる、と思ったが、どうもそれは甘かったようだ。


 そういえば子供の頃から私の教育については放任で享楽的な両親よりも、叔父が厳しかった。


 陸軍を大佐で退職したという叔父だったが、元軍人だと知ったのはかなりあとからだった。叔父はあまり軍人風をふかさない。

 着ようと思えば着られる軍人マントも羽織ったことがないし、拳銃なども軍隊を辞めたときに全て処分したらしい。


 その後事業を興して大金持ちになったのだが、子供には恵まれなかった。

 3人ほどできたのだが、いずれも夭逝してしまった(そのうち二人はあの悪名高いスペイン風邪にやられたらしい)とのことで、そのせいか、私と妹を溺愛するようになったようだ。


 私が中学を受験する頃から叔父は私に目をつけていて、事業は徳治(柿揚の下の名前)に継がせると決めていたのは間違いない。

 両親も叔父が厳しくやってくれるので信頼して任せていた風がある。


 今は雌伏の時である。

 叔父の会社に入り込み、生活が安定して余裕が出来たらまた趣味を再開しよう。

 萌星の休刊はその意味でちょうど良かったのかも知れない。

 

 橘ではないが、俺の人生計画によると、俺の生活が安定して趣味が再開される頃「月見」氏も無事生還し、萌星を始める。そういうざっくりした予定がある。


 ・・・と、自分に言い聞かせて部屋を占領する六法典を眺める柿揚であった。目は死んでいた。

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