戦勝国の余裕
大佐は今日も部下の目を盗み、服の中に萌星を隠し持ってトイレに入る。
「なんてこった・・・度し難い。」
萌星をパラパラめくり、「ぶらばん!」の挿絵をながめ、劣情を催したところでズボンを降ろし、自らを慰める。
日本人の描くこんな子供だましのイラストがこれほど男の欲をかき立てるとは想像だにしなかった。
怒りすら覚える。ジャップめ!
若い兵士向けのグラビアに載る扇情的なモデルの写真などよりも、萌星の絵の方がより大佐を慰めた。
USアーミーの大佐だぞ、孫までできたんだぞ、俺は!ファック!
セルフファックをしながら大佐はひたすら萌星を片手に自らを慰める。
トイレに来た副官は個室から漏れてくるくぐもった罵声を聞いてきびすを返した。
-大佐は疲れておいでだ-
数分後、疲れ果てた大佐は便器に力なく座り込み、ひとりごちた。
エツ・・・東洋人特有の平たい顔を戯画化したカートゥーンの絵で・・・
なぜ、お前はそんなに魅力的なのだ。
楽器を振り乱し、舌足らずの台詞を吐く。
露出はないのに男の欲望の根源を突く。
エツをこの手で抱きしめたい。しかしお前は紙の中だ。
誰かエツを紙の中から出してくれ、誰か。
おお、神よ・・・!
大佐は思った。
日本人なら出せるのではないか、と。
トルーマン大統領は日本人から軍隊を取り上げるつもりだ。
マッカーサー将軍もそれを実行している。
日本は今でこそ敗戦のために荒廃しているが、それは時間の問題で、いずれ力を取り戻すだろう。
かつて連中は持てる力のほとんどを軍隊に注力していた。
しかしトルーマン大統領に軍隊は取り上げられている。
奴らの力はどこに向かう。
経済的な発展に向かうだろうか。きっと向かうだろう。
大佐はいつかニューヨークで見た蝋人形展を思い出した。
蝋で作られた精巧な俳優、女優が立ち並んでいた。
一部の蝋人形は触ることも出来た。
しかしいかんせん蝋は固く、触れると冷たかった。
その固さに大佐は幻滅した。
理性は蝋の感触を正確に、固く冷たい物と予見していたが、願望は柔らかな人肌を欲していた。
日本人なら、いつかきっと柔らかな蝋人形を作るのではないか。
このたび日本人は幾多の戦場で奇形的情熱を発揮した。
それは効率的ではなかったかも知れないが、しばしば米軍に手を焼かせた。アメリカならばそんなところに力を注がないという部分に日本人は力を注ぎ、アメリカに挑んできた。
アメリカとて不合理の塊で、大佐は常々不満を抱いていたが、日本を研究するにつれて-
ここでむくりと大佐の物が鎌首をもちあげたため、本日二回戦目に突入した。
-つれて、日本人の不合理さの大なるに接し、アメリカに生まれたことを大佐は感謝した。
しかし、次第にこうも思えてきたのだ。
もしかしたら我々が信ずる効率や合理という近道には落ちていない価値を日本人は追っているのではないか。
だから、かつてニューヨークで見たような蝋人形もいつか日本人の奇形的情熱にかかれば人肌のぬくもりを持つようになるのではないか。
大佐はエツの裸体を妄想の中に強く抱く。
がぜん速度は増す。
アメリカ人が平田エツの蝋人形を作るとしたら、かの蝋人形のように精巧に忠実に造形を取るだろう。しかしそれではおそらく駄目なのだ。
あの絵をそのまま彫像にしてもそれはただ不気味な奇形的少女となるだけだろう。目は大きすぎ、頭身もおかしいうえに顔面の筋肉も不自然この上ない。
しかし日本人ならば、この絵に私が感ずる魅力をそのままに、造形を取るだろう。みてくれではない、その魅力の根本を抜き出してしまうのだ。
エツ・・・!エツ!
大佐は愛しい娘の名を頭の中で連呼する。
ジャップになら、ジャップならできる。
我らアングロサクソンには不可能だ。
ファック!ファックファック!ファアーック!
ここで大佐は二度目の疲労に達した。
心配になって戻ってきた副官は大佐の罵声を再びドア越しに浴びた。
-大佐はお孫さんに会えない寂しさで心労がひどくなってきている-
上官の望郷の念を想像した副官は不憫になり、再びきびすを返した。
大佐はまたしても力なく便器に座る。
日本人ならば、エツのような絵を魅力もそのままに造形してしまうだろう。肌も柔らかい、本当の人間そのものだ。
あるいは日本人ならば超小型レコードでも仕込んで喋らせてしまうかも知れない。小型のモーターを仕込んで身体を動かすかも知れない。
なにか高度な計算機械を組み込んで自律させるかも知れない。
SF映画にでてくるようなロボットだ。
アメリカ人ならこれらの技術は確実に軍事に用いるだろう。
しかし日本人、奇形的情熱の塊である日本人ならそうはしない。
やつらには軍事ではなく、そういった方面に力を注がせる必要がある。
トルーマン大統領は正しい。
復活した日本の工業力が特殊な分野に向かえば、成る。
いや、きっと向く。
これこそが日本の神秘、東洋の神秘だ。
まさにオリエントの工業だ。
萌星を回収しよう。
野間に作らせた英訳版は途中からだ。
本国に持ち帰り、創刊号から全て英訳させる。
なかにはカキアゲやシバフ、ショウジが直接描いたという彼女らの春画もあるという噂だ。
そのような風紀に触れるものは持ち帰らせない。
俺の物にする。
大佐は少尉になって以来、権力の濫用を自ら戒めていたが、もうどうでもよかった。
俘虜どもは来週帰国の船に乗る。規定で支度金と私物を持ち帰ることが許されているが、私物の範囲は私が決めることが出来る。
出版物は持たせない。
おそらく野間がしゃしゃり出てくるだろう。
いいだろう、あのこしゃくなネゴシエイターにつきあってやる。
奴の要求はだいたいわかる。
帰国の際に支給する予定の石鹸は俘虜一人頭二つと決めているが、それを3つだ4つだ増やせ増やせと騒ぐだろう。
3つでも4つでも持っていくがいい。
そのかわり収容所に残る萌星は全て俺の物だ!!
「石鹸は一人あたま10個だぞ。ちょろまかすなよ!
あと収容所のえらいさんがご祝儀に缶詰を一人5個もつけてくれた。
しっかり雑嚢に入れておけ!」
白石が支給品の配分会場で怒号を鳴らす。
「さすが戦に勝つ国は太っ腹じゃのう。」
「10個もあればしばらくもつなあ。」
「米さん万歳じゃ!」
俘虜達の帰国まであと1週間




