自由日本同盟
俘虜の増加はあちこちでいろいろな軋轢を生んだ。
本来もともと収容所にいる連中は先に手を挙げて降参したのだから、最後まで戦った連中の方が偉いとなりそうなものだったが、そうはならず、新客は収容所という特殊な環境下で様々な不利益を被った。
「新客」は「先客」から余剰食糧やタバコをもらうために、いろいろな経験談を売った。
先客たる僚友を訪ね歩き、その僚友が脱落した以降の原隊の話を手みやげとしてあれこれねだるのである。
東海林が得た神々廻の話は、そういった情報の交換の渦中で漏れ聞いたものらしい。
「そうなのか。それは確かな話なのかい。」
「まあ、確かかどうかと言われると所詮はうわさ話の域を出ませんがね。」
「少尉や中尉が手違いやらなにやらで我々に混ざることは良くある話だし、過去をあえて話す風潮もないから、神々廻さんがそういう過去を持っていても別段不思議ではないね、数奇だとは思うけど。」
「そうですね。しかし、なぜ、いや、うん・・・教えてくれたってかまやしなかったのに。いや、それはいいますまい。嫌なものは嫌なんでしょうから。」
日も暮れ、この話はここで終わった。
しかし柿揚は思うのだ。
部下の脱走を許した小隊長がおとがめなしとは考えられないから、おそらくそれで神々廻は南方に送られたのだろう。
いや、真の疑問はそういうことではない。
階級と栗原と同じ部隊だったことを隠した所、ここに疑問が集約する。
栗原氏にソ連行きを吹き込んだのはもしかしたら・・・
翌日、外業(収容所の外で行われる米軍が指定した荷役や軽易な工事)から帰ってきた暇人を集めて、飽きもせず自由日本同盟が集会を開いていた。
桑原上等兵はそれを認めて活き活きとヤジを飛ばしに行く。
「よ、大統領!アカの坂田先生!」
「なんだ貴様、いつもバカにしやがって!」
「なんでい、坂田先生は日本大統領作るんだろ、頑張れっつってんだい、なにが悪い。」
「アカじゃないぞ、坂田さんは!」
「アカじゃなけりゃアホの坂田だ、こりゃあいい。」
最近は桑原のヤジにも味方がついてヤジが過激になってきた。
坂田のグループに反感を持っている旧下士官がその後ろ盾で、それはつまり白石の支持者でもあった。桑原は白石も嫌いだったが、坂田の方がよりいけすかなかった。
今日は異例にも坂田本人が演壇から降りて反論を試みた。
「桑原上等兵、いや、ここでは桑原君と呼ばせてもらおう。」
「どうとでも呼びやがれ。」
「日本が敗戦したのはどうしてだと思う?」
「アカが足を引っ張ったからに決まってんじゃねえか。」
桑原はアカ嫌いだ。
「百歩譲ってそうだとしよう。しかしアカごときに足を引っ張られた大日本帝国の指導者に責任はないのか、そこを考えてくれ。」
「いろいろ抜かしあがる。じゃあ大臣も将軍もデキソコナイだったから負けたんだろう。これでどうだ。日本人は頭のてっぺんから足のつま先に至るまでデキソコナイだったから負けたってえこった。
俺もお前も同じ穴の狢のデキソコナイってわけだ。」
「話が飛躍しすぎる。
でもまあいい、君の論を借りて言うなら、そのデキソコナイ達が集まってこれからどうやって平和で自由な日本を作ろうか、そう考えて・・・」
「いよ!アカの坂本!」
声の主は神々廻だった。
坂本と呼ばれた坂田は露骨にギクリとした表情を表した。
「飛田軍曹に連れてってもらえなかった坂本!生きながらえたな!」
「あんたは、藤田・・・小隊長!」
突然しどろもどろになる坂田
群衆が静まりかえった。
「みんな聞け、こいつは本名坂本、関東軍で伍長勤務上等兵をやっていたくせにアカに傾倒していたロクデナシだ。」
「あ、あんただってそうだったろう!将校なのにソ連びいきだったじゃないか!」
坂田はいつもの弁舌はどこへやら、狼狽して叫ぶ。
群衆は眼前に繰り広げられる痴話喧嘩を興味深そうに聞き入り、にわかに静かになった。
「ソ連は当時は夢の国だったからな。俺も本気で信じていた。
だから中隊内にかぶれている奴らがいても厳しくはしなかったし、中隊長に報告もしなかった。むしろ、うまくやれる方向に導いた。
それが間違いだった。人生最大の間違いだった。」
拍手が起きる。
「思い出したぞ!
隣の中隊だったからよく覚えていなかったが、いま思い出した。
あんたんとこの飛田軍曹、ありゃあとびきりのアカだった。
天下の関東軍に潜り込んだソ連のスパイだ。
そいつに関特演の分隊長を任せたのがアンタだ!」
「イヨ!」
群衆から合いの手が飛んだ。
「そうだ。そして飛田に連れてってくれと懇願したが足手まといだからと捨て置かれたのがお前だ!
あの後俺は八路軍との最前線に飛ばされ、それでも死なないから南方に飛ばされて今こうやって生きている。」
「しぶといねえ!」
「インテリは殺しても死なないな!」
ヤジが飛ぶ。
「栗原とか言ったか、あいつはアンタの子飼いの部下だったが、見事に裏切られたじゃないか!」
「飛田を甘く見ていた。
除隊間近でまさかの逐電、まさかまさかだった。
内地に戻って活動するものとばかり思っていた。
そしてまさか栗原を籠絡して連れて行くとは到底思い至らなかった。
一生の不覚だ!」
「きにすんなぃ!」
桑原がヤジった。
「俺だってアンタと一緒さ!今どき共産主義なんざ信じちゃいない。
あんたらはバカにするようだが、俺は俺で正真正銘立派に自由な日本を作りたくて集会を開いてるんだ。過去はともかく、そいつを簡単にバカにせんでほしいもんだ!」
自由日本同盟のシンパから大きな拍手がわき起こった。
「ああ、立派だ。
立派な坂本上等兵、集会所の裏でいつも言っていたな。
俺たちが無知蒙昧な人民を導くんだとかなんとか。
結局一緒だ、坂本お前は自分を一等上に位置させて大衆を教導するだとか言っている。まったく変わってないぜ。
共産主義に飽きたら今度は民主主義か。」
「バカにすんなぃ!」
「教えてみやがれアホの坂田!」
桑原達が野次る。
「偉そうにしたのは認めよう!
だが現実的に人民に教育が行き届いていないのは確かだ!
だからこそ教え導くのが教育を受けた者の義務じゃないか。
何が悪い!」
「余計なお世話なんだよ、坂本上等兵」
群れを割って入ってきた人物が言いはなった。
「野間中佐!」
「自由で民主が好きなんだろ、めいめい自由勝手に民主的にやらせりゃいいじゃないか。」
「い、いや、しかし。」
「解散、解散!」
いつのまにか紛れ込んでいた白石が怒鳴った。
白石シンパの下士官あがり達が手際よく群れを片付け、収容棟に導いた。
群衆がほどけて消えてしまうと白石は満足げな顔をして管理棟に戻っていった。
あとには、野間と神々廻だけが残った。
坂田も桑原もそれぞれの収容棟に戻っていったようだ。
「編集部に遊びに来たらお前がいない。外を見れば口げんか。
騒ぎを起こすとはどういうことだ。」
「申し訳ありません。」
「こんなところで騒動を起こさない、絶対につまらない事故者を出さない。
無事に全員を日本に帰し、新生日本のために働いてもらうのが、俺の任務だと心得ている。お前にもそう言ったはずだ。」
「返す言葉もありません。」
「藤田、か。
俘虜が増えるとあれこれとうずく過去がほじくり返されることもある。
だが、気にするな。
日本はご破算だ。帰国してからそんなことを気にする奴はいない。
まあ、結果的にあの自由なんたらの勢力を削いだようでよかったが、今後は二度とするな。わかったな。」
「はい。もうしません。」
「一つ教えてやる。
「赤萌」は今も出ているそうだ。不確かな情報ではあるがな。
栗原ってやつは、まあ、今もとりあえず生きている、そう思おう。」
「飯あげー!飯あげー!」
配食当番が烹炊所から食事を運んできた。
海軍式に夕食の時間が告げられると、収容棟からぞろぞろと俘虜が出てきた。
「じゃあな、俺は今、お前らの郵便の調整で忙しい。」
「郵便ですか?」
「一回こっきりになるだろうが、俘虜に手紙を出させるつもりだ。
船便も押さえた。紙も鉛筆も切手もなんとかなる。」
野間中佐はだんだん普段の上り調子の話口調になってきた。
郵便!
過去の暴露大会で予想外に傷心した神々廻だったが、郵便と聞いた途端、その傷は癒え、軽い足取りで編集部に戻っていった。
コーンビーフの匂いが収容所を見たし、太陽は沈んでいく。
昼間の陽射しに焼かれ、余熱を残した地面から熱気があがるが、海からの風がその不快さを中和する。
帰国はだんだん近づいてくる。




