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目はクリクリと大きく頬は朱で  作者: 路傍工芸
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久しぶりのナンセンス

 日本の敗戦を機に俘虜達の意識が何か変わったかというと、別にそれほど変わらなかった。気抜けした俘虜はあくまで俘虜であった。

 強いて言うならば白石言うところのまさに軽挙妄動がいくつかのグループで行われた程度である。


 玉音放送は聴けなかったが、その内容は米軍向けに英訳された物をさらに通訳達が和訳して、それを白石達が俘虜達に知らせた。

 それを受けて、一部の俘虜が米軍に対して決起するなどと集結して騒いだのだ。


 しかしこの企ては全くの茶番で、集まった俘虜収容所の他の穏健派に逆に詰め寄られ、最終的に白石の一喝で解散した。

 彼らは武装のつもりで持ち寄った員数外の土工具などをその場で取り上げられた。


 仲間の俘虜に詰られ、白石ごときに一喝された程度ですごすごと解散するのであるからたかはしれていた。


 解散した彼らはそれぞれの収容棟で

「決起なぞどうでもよいが、せっかく今まで苦労して集めた員数外の土工具を取られて帰ってくる奴があるか!」

 と、さらに散々に詰られ、手持ちのタバコというタバコ、缶詰の供出を余儀なくされたという。

 なお、そのタバコは柿揚にも一箱巡ってきた。

 

 決起騒ぎは瞬間に終わり、次の話題として「帰国」が持ち上がった。

 戦争は終わったのだから当然帰国できるであろう。

 いくら金満のアメリカだって俘虜みたいな無駄飯喰らいは早々に手放したいに決まっている。


 白石はその日が12月初旬に決まったと皆に知らせた。

 一度にと言うわけにはいかないので、12月初旬あたりから帰国の編成がとられて順次準備の出来た船に乗って帰る手はず、とのことである。


 この帰国事業計画を受けて金子編集長は狼狽した。

 帰国は嬉しいのだが、そうすると萌星の最終号は11月中旬に出さねばならぬ。そうすると残りの発行号で今連載している物は全てキリよく終わらせなければならない。


 編集部員兼執筆者の作品はいずれも創作なので、頭をひねればなんとか話にケリをつけられるだろう。

 しかし有志が記憶を頼りに書いている作品、例えば次郎長であるとか南総里見八犬伝、忠臣蔵などはそうはいかない。

 

 編集会議が行われ、いかにこれらの作品をきれいにおわらせるかが議論された。

 創作物については金子編集長の思惑通り、執筆陣がきれいにオチをつけるという方向でまとまった。

 忠臣蔵と次郎長は筋がわかる程度に残りの話をなんとか端折り、最終号までに短縮して連載できるだろう。


 しかし南総里見八犬伝は無理である。

 よってこれは八犬士が揃ったところで姫を中心に

「八犬士達の戦いはいよいよこれからである。」

 と未来を示唆して終結させるという方針にまとまった。 


 編集方針が決まって数日後、坂田という俘虜が編集部を訊ねてきた。


「自由日本同盟の坂田です。」

 坂田は名乗った。

 この坂田という男は俘虜達の間でアカで通っている。


「敗戦により帝国の人民に対する圧政はついに終わりました。

 これからは民主的自由日本が再出発するでしょう。

 そこでみなさんのお力を、と思いましてやってきました。」

「そないな政治屋のオタメゴカシを載せる余裕はあらへんで。」

 金子編集長はつっけんどんに応えた。


 しかしそれからがしつこかった。

 坂田は今後の自由日本の構想を語り始める。

 自由日本同盟はすでに収容所内にも多数の同志を得ており、今後の一大勢力となるだろう。この自由日本の思想のうねりを帰国後の日本でさらに大きくしたい云々


 柿揚は学生時代の空虚な議論を思い出した。


「我々は民主主義の最前線たる米国の薫陶を直接受けたという点で、他日本国民に優越しうるわけであります。

 軍国主義の残香くすぶる敗戦日本にあって我々の思想は、それまで抑圧されていた地下の同志達に受け容れられるばかりでなく、あらたな・・・」


「ナンセンス!!」


 立ち上がった柿揚はキッと坂田を見据えた。

「君には真の哲学がない。帰りたまえ。」


 いよいよこれからが正念場、得意の弁舌が最高潮に達する直前、もっとも折られたくない緊要な一点で柿揚のナンセンスは折った。


 坂田はそれからもなにやらぶちぶちと言っていたが、脈無しと判断したのだろう、帰って行った。


「柿揚さん、真の哲学ってなんだい。」

 神々廻が訊ねてくる。

「そんなもの知らないよ。」

 東海林も聞いてくる。

「自由日本同盟についてはどう思ってるんです。」

「実は僕は最初は聞いていたけど、中途からセーラー服の少女の活躍の妄想が始まっちゃってろくすっぽ聞いてなかったんだ。」

「じゃあ哲学っちゃなんやねんな。」

「口から出任せ。

 学生時代からずっとそうしてきたんです。

 僕は議論は名人じゃないが、話の腰を折るのは名人だったんですよ。」


 柿揚はそう答えながら、今まで自分が話の腰を折ってきた学友の杜、小林達をふと思い出した。橘は将校収容棟で生活している。

 しかし連中はどうだろうか。

 

 終戦による俘虜の増加と本国との通信の回復でそれらの疑問は解けることになる。

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