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目はクリクリと大きく頬は朱で  作者: 路傍工芸
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「赤萌」そして「萌星」

「パシモン・・・いや柿揚さん、お会いできて光栄です。」

「こちらこそ。」


 編集部会議の帰りに柿揚は視線の持ち主に呼び止められた。

 萌星の読者であるこの男は神々ししばと名乗っていたが、あっさりこれは偽名だと教えてくれた。


 俘虜となったことが万一でも町内に知れたらどうなるかわかったものではないため、偽名を名乗ったとのことだ。

 しかしこの神々廻という響きが萌星的で気に入ったため、案外自然に振る舞えているようである。

 柿揚はあえて本名は聞かなかった。

 

「柿揚さん、もう一人いるみたいですよ、編集部に。」

「僕も感じてたんですよ。あと一人いそうだ。」


「なんとかその人にも参加してもらって我々で萌星を盛り上げましょう。」

「勝手に名前を借りてしまって月見氏には申し訳ないのだけどね。」


「それがですね、申し訳ないと思わなくていいと、私は思うんです。」

「なぜです。」


「月見氏は、その・・・「死んだ」んですよ。」


「ええ、亡くなった。戦死されたんですか。それは残念な・・・」

「いえ、まだ生きています。多分まだ生きていますね。」

「では死んだ、というのは・・・」


 神々廻が関東軍にいた頃、某部隊でソ連へ越境した兵達がいた。

 演習中、夜陰に乗じてソ連側に逐電したのは下士官兵5名で、その中に栗原という上等兵が混じっていた。

 神々廻は戦前から「月見」氏とは直接の交友があったため察した。

 その栗原上等兵が「月見」氏であることを。


 それ以降満州の都市部で地下雑誌が出回るようになった。


 その名は「赤萌」


 これを外出中に手に入れて読んだ神々廻は確信したのだ。

 つまり「月見」氏はアカになったと。


 おそらくこの「赤萌」はソ連側の宣撫工作の一環だろう。

 内容は読んだ限り検閲を受けるようなものではない、が、表現上露骨にはに出ないものの、日本人の士気を下げ、満人華人を焚きつける、そういう意思を神々廻は感じ取った。


 そしてそれら作品群はまごうかたなく萌星的であった。


「月見氏・・・」

 大同大街からはずれた路地で神々廻は嘆息し、涙した。


「やりましょう、柿揚さん。萌星を継ぐのは我々です。」

「それは一大事だ・・・できることなら他の執筆陣にも知らせたいが、今は無理でしょうね。」


「そればっかりは戦争が終わらないことにはどうしようもない。

 しかし、言いにくいことですが、日本がもし勝利してしまったら我々は生涯浮かび上がれない境遇に堕ちてしまいますね。」

「そうはいっても日本が負けるってのも癪だね。」


「そろそろ痛み分けの手打ちがなされてもいいと思うのですが、どうなんでしょうか。」

「さあ、僕の見通しなんか当てにならないからね。戦争が始まったとき僕はこんな戦争は1年もすれば勝敗はともかく、ほどほどのぼちぼちで終わる。よもや僕が戦争に行くことなんてあるまいとたかをくくっていたからね。」


「うちの棟では新京に遷都して徹底抗戦するんじゃないかっていう噂がもちきりですよ。」

「いや、まさか。いやいや、わからんですね。ないとは思いますが。」


「話がそれましたが、月見氏はもう萌星を作ることはありません。

 執筆陣には連絡が取れるようになったら伝えましょう。

 そしてここで萌星を盛り上げ、無事日本に戻れたら同人誌ではなく、きちんとした会社をたてて出版をしたい。」


「話が大きくなりましたね。」

「大衆はもうじき戦争に飽きます。戦争に飽きたら次は娯楽ですよ。

 質実剛健のスローガンはもう見たくもないでしょう。

 萌星ならいけます。成功すれば金持ちにもなれるでしょうが、それよりも萌星的な作品で日本中を覆いたい!」


「そのためにはまず俘虜収容所で、っていうことですね。」

「そうです。僕も乗り気ではなかったんですが、柿揚さんが萌星の名を出した瞬間に腹を決めました。」


 柿揚は神々廻の野心に押されていた。

 しかし叔父の仕事で六法全書とにらめっこして日々を過ごすよりは出版社を起業するというのは魅力的にも思えた。


「やりましょう、神々廻さん。」

 柿揚も今ここで腹を決めた。

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