新生「萌星」
ある日、収容棟ごとの会同で文芸誌を作ろうという話が決まった。
退屈をもてあます俘虜達がよけいなことを発想しないために、暇つぶしのガス抜きを、という理由だ。
棟長の橋本曹長の推薦で柿揚は文芸誌編集部員候補にあがってしまった。
「おめえみたいな学校出にはうってつけだろう。
野間さんも随分乗り気って話だぞ。」
ありがたいような迷惑なような・・・
日常雑務から解放されて編集の仕事に専念できるとしたらありがたいことこの上ないのかも知れないが、どのくらい忙しいものか検討もつかないため、柿揚は内心不安だった。
収容所から推薦自薦で集まった20名はそっくりそのまま編集部に採用されてしまった。
編集長は元16師団で通信兵上等兵をやっていた金子という男で、30代後半とおぼしき風体、禿かかった頭、屈強な体躯、しかしながら優しげな眼が特徴的な、元雑誌編集者であった。
「このたび編集長を命ぜられました金子です。よろしゅう。」
京都郊外の生まれ育ちということでか、物腰がやわらかである。
半裸が半分を占める編集部員の中で金子はただ一人米軍から支給された緑色の服を着こなしていた。
編集部員のほとんどはあくびをしたり腕組みしてうとうとしたりと、士気は著しく低かった。
ほとんどが柿揚同様他薦で、半ば強制で放り込まれたのが実態であった。
じゃあ自薦はというと、自薦は2~3名であるが、これも話を聞けば自薦という形を取っているだけで、棟から放り出されたというのが正しい表現で、要は使えない連中であった。
編集方針には2世の日系米兵を介して米軍の指導が入る。
まあ、それは当然である。ミリタリズムを刺激したり、俘虜の蜂起を促すような雑誌が作られては迷惑であろう。
もっとも俘虜達は牙を抜かれてしまっていて、どう焚きつけたって今更そんな騒動を起こす気概はないだろうが。
「え~では文芸誌の名前を決めよとおもうんですが・・・」
部員達は金子に話を振られて露骨に迷惑そうだった。
柿揚だってそんなに乗り気ではなかったが、この有様を見て義憤を感じ始めていた。
作る以上は俘虜達の絶賛を受ける雑誌を作りたい。
柿揚が立ち上がる。
「萌星、はどうでしょうか!」
「はて、ほうじょうでっか。どないな漢字になりますかいな。」
「草木萌えるの萌に星、で萌星です。」
「ようわからんですが、みなさんいかがですやろか。」
面倒くさそうな拍手がわきおこる。代案をだす面倒をかぶってくれた男への感謝だ。柿揚は今この瞬間全てを背負わされた。
-のぞむところだ!無断で名前を借りてしまったが・・・俺の趣味一色に染めて回し読みで最後の1ページまですり切れる、そんな雑誌にしてやる!-
その時柿揚はいくつかの視線が無気力な拍手の間から自分に向けられているのを察した。
-鋭い眼光、この感触、趣味者だ-
柿揚はブルッと震えた。




