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目はクリクリと大きく頬は朱で  作者: 路傍工芸
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イケイケ野間中佐

 柿揚はマラリヤも快癒し、ダグラスという名前の飛行機で収容所に移されることになった。

 桑原上等兵はなかなか治らず、収容所ではなく、米軍の開設した病院に移送されることになったのでこれでしばらくお別れである。


 比島には輸送船で連れてこられたため、飛行機に乗るのは人生初である。

「ぶらばん!」の最終話はロンドンで、という構想であったが、主人公達はもちろん船旅を想定していた。参考にしている父の英国への旅程が船だったので当然そうなるのであるが、飛行機でロンドンに乗り付けるのもハイカラで良いかもしれない。


 などと身体も元気になって早速妄想を始めた柿揚だったが、離陸時の不快感と上空での機体の安定しないことには閉口した。

 嘔吐にはいたらなかったものの、同乗した米軍の中年看護婦に介抱され、後部座席に寝かされた。寝かされたからと言って飛行機の乗り心地は特に良くなる物でもなかったが、少しは気が楽になった。


 良く見たら他に同乗している米兵もほとんどがグッタリしている。

 とすると、この平気な顔をしている中年の看護婦はいったいなんなのだろうか。東亜に誇る精強な日本軍を蹴散らした、さらに強力な米軍の兵隊達でさえこうもグロッキーであるのに、この看護婦ときたら平気な顔をして雑誌を読んでいる。


 そういえば比島に来る際の輸送船に同乗していた日本人女性も平気な顔をしていた。

 兵隊ではなく、単に女が強いだけなのかも知れない。

 洋の東西は問わないと言うことか。

 

 よくよく見たらもう一人平気な顔をした男が看護婦の前の座席に座っている。サングラスをかけ、でっぷり肥えた体躯、米軍将校だろうか。


 突然その男が振り向く。日本人のような顔立ちだった。

「当機はそろそろダンガンロンパ俘虜収容所に到着いたします。

 嘔吐はそこまで、米兵諸君、日本俘虜にナメられるぞ!」

 柿揚にさえわかる露骨な日本訛りの英語だった。

 日系二世の米軍将校?


「以上の放送はルテナンカノー(中佐)ノマがお送りいたしました!サンキューGUYS!」


 ノマ中佐はサングラスをはずして乗客達にウィンクをプレゼントした。

 その顔はまごうことなく中年日本人のものであった。

 脂ぎった皮膚、濃い眉毛、深い皺だが、全体的にのっぺりと顔は平たい。

 日曜の昼、銀座の洋食屋で脂っこい食事を呵々大笑しながら家族に振る舞っているような中年サラリーマンといった顔立ちだ。


 看護婦はそっぽを向いて「えらそうに・・・」と独りごちた。

 ノマ中佐の脇に座る具合の悪そうな米軍将校(これは間違いなく米軍将校のようだ)はノマ中佐を牽制しようとしていたが、抑え切れていない。


 柿揚は察した。

 これが橋本曹長が言っていた中佐なのではないか。

 ノマ中佐が柿揚を見据えた。


「兵隊、名前は知らないがダンガンロンパ俘虜収容所へようこそ!

 俺は南方軍で参謀稼業をやっていた野間中佐だ。

 米軍にはかないっこないから早々に降参した腰抜けだ。よろしくな!」


 柿揚が人生で接した初の高級将校は日本軍隊の教えの対極に位置する人物だった。

 軍隊にもこのような人間がいたのかと驚いたものか軽蔑したものか。


 柿揚の考えがまとまらぬうちにダグラスという名前の飛行機は飛行場に到着した。

 具合の悪い者から先におろされるため柿揚はいの一番に降りることになった。看護婦には自力で歩けると伝え、タラップをおっかなびっくり降りていった。


 皆が降りたころ、柿揚はサングラスの出で立ちでコーンパイプをゆうゆうと吹かしながらタラップを悠然と降りる野間中佐を見た。

 あたかも支配者のような中佐の存在感に柿揚は驚くでも軽蔑するでもなくただただ呆れた。


「また戻ってきたよ、諸君!アイルビーバック、アイルビーバックだ!」

 野間中佐は親指を高々とあげてワッハッハと笑った。


柿揚は「アイルビーバック」は「戻ってくるだろう。」だから「戻ってきたよ。」という意味には通じないだろうとちょっと思ったが、呆れた感情が優先してどうでもよかった。

 

 とにかく呆れたのだ。とにかく。

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