投降
桑原上等兵は米軍陣地の飯炊きに降伏しようと提案していたが、結果的にその必要はなかった。米軍の方からやってきてくれたのだ。
桑原が柿揚を助けながらカンギバルに向かっていたら突然射撃を受けた。
反射的に桑原は「ドンシュー!ドンシュー!」と手を挙げて叫んだ。
突然手を挙げられたため柿揚は地面に倒れ、木の根っこに右肩をうちつけて呻いた。
ー桑原上等兵はドンシューなどと英語を使ったが、もしこの射撃が友軍の物だったら我々は降伏を目論む逃亡兵として処刑されるのではないかー
と、心配したが、これは杞憂であった。
射撃はやみ、ほどなく銃を構えた米兵数名が前方茂みから出てきた。
桑原上等兵は「ドンシュー」と「サレンダー」を交互に叫んで敵意のないことを必死に伝えていた。
米兵は「落ち着け、武器を捨てろ。」「お前は俺の捕虜だ。」といった意味のことを大声でこちらに伝えてきた。
「桑原上等兵殿、米兵には我々の降伏が伝わっておるようです。」
「カキ、こっからが肝心だぜ。以前に日本兵は白旗だしておいて米兵をだまし討ちしていたらしいから気をつけろ。」
桑原の表情はこわばっている。
大汗をかいてジッと前方の米兵を見ている。
距離が詰まる。
手を挙げて膝をついた桑原と地面に倒れ込んだ柿揚に米兵が近寄る。
ついに米兵の一人が桑原達に到達した。
米兵は柿揚の手をとってすくい上げ、桑原は手を挙げたままそっと立ち上がった。
「周囲にお前らの仲間はいるか。」
桑原に代わって柿揚が英語で答える。
「おそらくいない。我々は取り残された。」
「武器は持っていないか。」
「持っていない。」
と、答えてから柿揚はハッとして腰の雑嚢から手榴弾を二個取り出して捨てた。その動作で一瞬米兵の顔に緊張が走った。
柿揚はしまったと思ったが、とにかく抵抗の意思がないことは再度伝わったようだった。
「余計な動きはするな、トージョー」
「トージョー」は日本兵全般を指す米軍のスラングだろうか。
まあ、東條首相から来ているのだろう。
「すまない。しかしもうこれで何も持っていない。」
そのうち物珍しそうに他の米兵も集まってきた。
日本兵を見るのは初めてだろうか。好奇の視線が寄せられる。
柿揚は戦闘中であるにもかかわらず米兵が不用心に集まってくるのに呆れた。これが戦勢有利な軍隊の余裕なのだろうか。
しばらくして6名ほどの米兵に囲まれ、桑原と柿揚はカンギバルに連れて行かれた。
柿揚は大柄な童顔の米兵に担がれたのだが、米兵はこともなげにヒョイと柿揚を担ぎ上げて山道をすたすたと歩く。
その背中の広いこと広いこと。
母からホワイトフリートの水兵は大柄だったと聞いていたが、なるほどアメリカ人の体格は日本人のそれとはまったく違うと感心した。
カンギバルに着いてから二人は米軍の天幕に収容されて、入れ替わり立ち替わりやってくる米軍の将校からあれこれ訊ねられた。
尋問責めも終わり、夜、天幕の中で与えられた寝具にくるまる。
「なぁ、カキ。」
「はい、なんでしょうか。」
「聞くだけ聞いたから明日俺たちを処刑ってこたぁねえよな。」
「おそらくないでしょう。」
「中隊に不利なこたぁ喋ってないよな。」
「中隊が不利になるような情報をもともと我々は知りませんから、今日いろいろと米軍に話はしましたが、大丈夫でしょう。」
「中隊長の男趣味くれえか。」
クックックと桑原は笑い出した。
柿揚も「そりゃあ絶対内緒でしょう。」クックックと応じる。
しばし談笑し、安心感と背徳感に包まれて二人はいつしか寝ていた。




