一ヶ月後、あるいは一年前
それから一ヶ月後。
俺とフジコーは自衛隊の高機動車の後部座席に座り、ある任務のために門津市だった廃墟へと向かっていた。
千谷が語っていたとおり、この一ヶ月は、俺達にとっても、人類の未来にとっても、まさに正念場となる一ヶ月だった。
あの【フライ】と名付けられた怪物に対する封印の成功は、奇跡のような大きな一歩ではあったが、問題の先送りでしかないのもまた事実なのだ。
封印を維持し続けるために莫大なコストがかかるため、持って三ヶ月が限界だという。
だが問題は、三ヶ月も待ってはくれなかった。
あの怪物襲撃からちょうど一ヶ月後、廃墟のまま復興も進まぬ門津市に、再び、フライは現れたのである。
そして俺たちの任務は、再び現れたその怪物【フライ】を撃退すること。
最初に出現した物とは別個体のそれに対して、はじめは自衛隊による攻撃が行われたが、これは足止め程度でほとんど効果をなさなかった。
砲撃も、空からの対地ミサイルも、別次元の存在ともいえるフライに傷を付けられず、無駄な消耗を強いられるだけだった。
それでも足止め程度は可能であったため、不毛な消耗による決死の時間稼ぎは実行されたのである。
そこまでして足止めを実行したのは、ポータル社が前倒しで、実験段階であった対フライのための特殊部隊の投入を決定したからだ。
それこそが、俺やフジコーの所属する【ポインター】という部隊である。
ポインター。
それがフライと戦うために、ポータル社と門津市が組織した特殊戦闘集団の名だ。
率直に言って、その実態は改造人間に近い。
フライと同じように肉体を半分別次元に置くことで、身体能力を驚異的に向上させ、同時に、フライと戦うための専用の武器を使いこなせるようにしたのである。
その代償は、一定の期間ゲート次元、つまり現在の門津市の内部に肉体が縛られること。
この街から出られないことを代償として、ポインターはまさに『人間をやめる』のである。
それは、ポータル社が発見した、ゲート技術と並ぶ驚異の技術であった。
ゲート技術に比べて制限が大きすぎたため、これまでほとんど日の目を見ることがなかったのだが、皮肉にも、フライに対抗する手段として、こちらの技術に注目が集まったのである。
この高機動車に乗り込んでいるのは、運転手の自衛官と助手席のポータル社の社員を除き、俺とフジコーを含めて六人。
もう一台に乗り込んだ五人と合わせて、この二組十一人が、今回の任務に当たることになっている。
その内、俺たち二人を含めた九人が元々の門津市民とのことだったが、俺の知っている人物はフジコー以外にはいなかった。
残りの二名は、市外から来た元自衛官と格闘家志願の元学生であるという。
とはいえ、フジコー以外のメンバーについて詳しいことはまったく知らない。
そんな話をしている余裕は、今はまだ持てなかった。
その『一定期間、門津市から出られない』『怪物と戦う』『常識からは考えられない高額報酬』という条件もあって、集まったポインターの大半が門津市の元々の住人という構成になるのは必然ともいえた。
それでも、参加した動機は人それぞれだ。
自分の住んでいた街を壊した怪物を倒したいと思う者。
今も街を愛し、怪物を倒して平和を取り戻したいと思う者。
あの怪物の襲撃で全てを失って、金銭的補填を考えている者。
もしくは、破れかぶれでこの街に最後の場所を探している者。
いずれにしても、この十一人こそが、百名を超える志願者の中から選抜されたポインターの中でもトップのメンバーである。
そんな中に俺とフジコーが含まれているのは、やはりポインター計画でも中心人物となっていた千谷静による根回しが大きい。
なにせ、ポインター実用化の最初期実験は俺とフジコーで行われたのだ。
それでも一応は、最初に、ポインターに志願するかの確認はあった。
それに対して俺は、なんの迷いもなくその実験への志願を決めた。
全てが許せず、この街へと残る決意をしたのだ。
あの怪物どもも、その原因となったポータル社も、なにもかもを打ち倒すため、力が必要なのだ。
だが、フジコーは俺とは真逆ともいえる考えでポインターに志願していた。
あいつは、この街を取り戻し、守り、造り直すためにポインターになった。
動機はどうあれ、俺は、フジコーとともに戦えることを喜ばしく思った。
こんな状況で知っている人間がいるだけでも心強いし、それがこの男なら、これ以上頼りになることはない。
あの日、二人して志願を決めた時のことを思い出す。
「しかし、お前がポインターなんかに志願するのは意外だったな」
フジコーは運動神経は悪くないとはいえ、暴力沙汰は苦手だったし、あの怪物の恐怖を目の当たりにした以上、もっと他の手段を選ぶと考えていた。
「今の僕がこの街に対してできることはこれくらいだからね。僕からすれば神谷君が志願していたほうが驚きだな」
「なんでだ?」
「いや、このポインターという組織の主体はあのポータル社だからね。それに、正直に言えば、いくら故郷とはいえ、君がこの街に対してそこまでなにかをしようとする思えなかったんだ」
「まあ、一理あるな」
俺は小さく頭を掻いて苦笑する。
実際、故郷のためになにかをするなんて、これまでほとんど考えたことなどなかった。
せいぜい、フジコーが市長に立候補したら投票しようというくらいだ。
そんな俺が、こうしてポインターとして街のために戦うのだ。
「……俺の動機は、あくまで個人的な怒りだ。俺はお前みたいに、街を積極的に良くしようなんて考えたこともなかったし、自分に郷土愛があるなんて思ってもいなかった。でも、俺は、俺の世界を壊した奴らを許せなかったんだ。それはあの怪物もだし、ポータル社もだ。それになにより……」
そこで言葉を切って、右手を強く握る。
「千谷さんか……」
切った言葉の残りを、フジコーが小さくつぶやいた。
俺はもう何も答えない。
「なるほど、ね……」
その言葉に納得したのか、フジコーはただひとことそう言うと、ゆっくりと頷いてみせた。
「そういうお前こそ、ポインターよりもっと他の手段はなかったのか? お前なら、他にいくらでも道はあっただろうに」
「道があっても、街がなくなっては意味が無いよ」
いつになく静かで、鋭く、それはフジコーの決意そのものであるかのようだ。
「僕は、街がなくなるのを、外からぼんやりと見ていたくはない」
そうだった。
こいつが市長になりたいと言い続けていたのも、ひとえに、この街を愛しているからなのだ。
全てはその手段でしかない。
愛するものが危機に晒された時、間違いなくこいつは立ち上がり、なんの躊躇もなく渦中へと自ら飛び込んでゆく。
藤波浩二とはそういう男なのだ。
「なら、戦うしかないな」
「もちろん。今度は、あの怪物をこっちが倒す番だ」
ポインターに与えられた特殊な身体強化技術と武器は、それを可能にしているように思われた。
『君たちポインターの最大の目的は、実体化前のフライと同次元的存在となり、先手を打ってフライを殲滅すること。そうすることによってのみ、人類はようやく安穏を手に入れることができるってわけね。この門津市の復興だけではない。ゲート技術の維持も、フライに怯えずに住む生活も、君たちの勝利なくしてありえないのよ、わかるわね?』
ポインター選抜時に、千谷はそんなことを語っていた。
だが、その言葉は俺たちには大きすぎた。
誰もが、そんな言葉のためではなく、自分たちの理由でここにやってきたのだ。
ここにいるのは俺を含め、あの最初の怪物が出現した時、戦うこともできず、死ぬこともできなかった人間ばかりなのである。
だからこそ、ポインターとなり、その力を得てあの怪物と戦えるとなったとき、全てを投げ打ってでも戦うことを選んだのだ。
人類のためなどという大きな看板はいらない。
自分のため。故郷のため。それで充分だ。
「もうすぐ到着です」
助手席でずっとなにかをチェックしていたポータル社から派遣された社員から、そんな連絡が入る。
そして高機動車は停車し、俺たちは廃墟と化した門津市へと降り立つ。
一週間ぶりに見る故郷は、最後に見た時と同じく、無残な瓦礫の山だった。
そしてその瓦礫の向こう側に、輪郭のぼやけた巨大な影が一つ。
「あれが、フライ……」
そんな声を漏らしたのは、県外からこのポインターに志願してきた元自衛官の男だった。
元門津市民を含めても一番冷静であると思われた彼がそこまで驚いているのだから、同じく外からの志願者であるもう一人の驚愕と動揺はいうまでもないだろう。
もはや戦う前から戦意喪失しているかのようであった。
一方で、元々の門津市民たちのその怪物を見る目は、恐怖はあるものの、それを塗り潰さんがばかりの激しい怒りに満ちている。
これ以上好きにはやらせない。
ずっとそれを証明する機会を待っていたのだ。
今回の怪物は、大グモの身体の上に、無理矢理狼の上半身を接合したような姿をしており、あの初めて現れた怪物とは似ても似つかないものだった。
「それでは、健闘を祈ります。人類を救ってください。ご武運を」
運転手である自衛官のそんな言葉に送り出されて、俺達ポインターはついに対フライの実戦へと赴いていく。
奇しくも、もしくは、フライの出現条件が一致するのか、俺たちが降りた場所は、あの日、地下へと逃げ込んだ場所のすぐ側だった。
あの日、あんなにも必死に逃げていた道を、今の俺は息一つ切らさず倍以上の速度で駆け抜けていく。
訓練や、これまでのいくつかの負荷テストからもわかっていたが、ポインターの身体には、一般人に比べて圧倒的な運動力がある。
いざ動いてみるとあらためてそれを実感する。
しかも、その力を持った人間が十一人いるのだ。
この力さえあれば、あの怪物にだって勝てるはず。
瞬く間に怪物に接近し、一気に一撃の間合いへと詰める。
「このまま、あの怪物を叩く!」
地面を蹴る。
跳ぶ。
一気に怪物の顔へと迫る。
あの時とは違う。もう恐れはない。
「喰らえ! これが、この街の怒りだ!」
目の前の怪物の横っ面へと、俺のポインターウエポンである真っ青なガントレットを装着した拳を叩き込む。
ここまでは、理想に描いていた通りの流れだ。
だが、そこまでだった。
グニャリとした、拳に伝わる奇妙な手応え。
肉というよりは、なにか発泡スチロールを殴りつけたような感覚に近い。
それでも、この特殊ガントレットによる一撃は、この怪物に確実にダメージは与えたはず。
実際、殴りつけた場所は大きく奇妙にへこんでいる。
しかし、それでこの怪物を止めたわけではなかった。
「神谷君! 後ろだ!」
下からフジコーの叫びが届く。
同時に、背後に圧力が迫るのを感じる。
その声に従い、瞬時に顔を下へと向ける。
「マジかよ……」
目の前に、鋭い爪を持つ腕が迫り来るのが飛び込んできた。
この状況に集中する。
必死に今どう動くかを考える。
回避? もう間に合わない。
いなす? 質量がありすぎる。
となると、正面で受けるだけだ。
ポインターの動体視力と瞬発力を最大限に活かし、とっさにガンドレットに覆われた両腕で防御姿勢をとる。
その上から重い一撃が浴びせられ、俺の身体はそのまま地面へと叩きつけられ、二度三度と瓦礫の上を転がった。
「神谷君!」
「いや、大丈夫だ……」
駆けつけようとするフジコーを手で制し、ゆっくりと身体を起こす。
ぎりぎりでの防御が功を奏したらしく、痛みはあるが傷や致命的なダメージはない。
ポインターの身体能力はやはりすざましい。
一方で怪物も殴られたことに驚いたのか、その無機質な目で俺を見る。
狼の顔を載せてはいるが、その目は死んだ魚のようであった。
「やはり、怪物は怪物ということか」
もう一度構え直し、今度は慎重にその怪物と対峙する。
他のポインターたちも、俺の攻撃とそれに対する怪物の反応を見て、下手に動けずに一歩引いて様子を見るばかりである。
だが、そんな膠着は長くは続かなかった。
怪物側に状況を待ち続けるなどという感情はなく、そのまま、こちらへと突撃してきたのだ。
どうやら、完全にこちらを敵と認識したらしい。
クモのような多足がそれぞれポインターを狙うように振り下ろされ、巨大な腕や牙もまた、ポインターを刈り取らんがばかりに振るわれる。
巨体に似合わず、その一撃は恐ろしく鋭い。
最初の怪物よりも、より戦闘に特化しているかのようだ。
ポインターの身体能力もあって初撃は各々なんとか回避していくが、さらに立て続けに容赦の無い攻撃が続く。
一撃、二撃、さらに一撃。
最初に崩れたのは、怪物の姿に動揺を隠せなかった、門津市外から来た元学生のポインターだった。
格闘技の経験があっても、いや、むしろリングという場で戦うことに特化しすぎたためか、回避行動の後退時に瓦礫に足を取られ、そのまま地面へと倒れこんでしまう。
「ひっ……!」
そして俺たちは、ポインターの最期というものを目の当たりにすることになった。
倒れこんだ彼の腹部に、怪物の鋭い脚が一直線に降ろされる。
形こそクモのようであるが、どうやら、強度や鋭さはまったく別物らしい。
呆気無く、怪物の脚が彼の腹部を貫通する。
だがそこから、血液も肉片も飛び散ることはなかった。
彼の腹から噴き出したのは、色鮮やかな赤い粒子だ。
血液よりもはるかに彩度の高い、まるで砂粒のような粒子が、光を反射しながら地面に落ちることもなく空気の中に溶けて消えていく。
それはまさに、ポインターが既に人間ではないことの証明であるかのようだった。
目の前の残酷な悲劇も、まるで作られた映像に見える。
怪物はまるでゴミでも払いのけるように脚を振るい、その先についていたポインターを放り出した。
投げ飛ばされた彼はさらに粒子をまき散らしながら宙で何度も回転して、地面へと叩きつけられる。
「だ、大丈夫ですか!?」
フジコーがそう声をかけると、彼はなんとか立ち上がろうとしたが、力が入らずそのまま崩れ落ちる。
そうして倒れた身体はまるでなにかに蝕まれているかのように、貫通された腹部から粒子が剥がれ、腹部の穴は止めどなく拡がるばかりである。
「あ……え……」
そんな状態でも彼自身の意識は鮮明であるようで、必死にその流出を抑えようと自らの腹部に手を当てる。
だが、粒子は一瞬彼の指先にまとわりついたかと思うと、そのまま空気に消えてゆき、広がり続ける穴から漏れる赤色が彼の身体全てを飲み込んでいく。
そして彼は、そのまま全身が粒子となり消滅した。
これが、ポインターの最初の殉職であった。
だが、問題は彼の消失だけで終わることはない。
むしろそれこそが絶望の始まりだったのだ。
十一人がかりでどうにか相手をしていた怪物に対し、一人欠けたことでそこから戦線崩壊しはじめる。
相手のいなくなった分の怪物の脚が他のポインターに対して波状攻撃を仕掛け、各人がそれを支えきれなくなったのだ。
最初の青年に続いて、元々の門津市民だった中年男性が怪物の攻撃に飲み込まれた。
脚による攻撃に気を取られたところに、狼の爪が彼の身体を切り裂いたのである。
同じように、血の代わりに赤い鮮やかな粒子が噴き出て消えていく。
だが今度は怪物がとどめと言わんがばかりに追い打ちの一撃を加えたので、中年男性ポインターは、身体をバラバラにしながら粒子となった。
「おい、マズいぞ、これは……」
誰ともなくそんな声が漏れる。
二人の異様な死を目の当たりにしたこともあるが、それ以上に、今は現実として危機が俺たちの精神を縛っていた。
このままでは、次は自分たちがその異様な死を迎えるのを待つだけなのだ。
現状ではもう後がないというのは各人共通の認識であり、それぞれが集まって互いを補うように防御態勢を取る。
これならば、怪物の攻撃に対して少なくとも守りを固めることはできる。
しかし、これではただ時間を稼ぐことしかできず、すぐに終わりが来るのも目に見えていた。
それを打開するべく動いたのは、他ならぬ俺だった。
「まず、俺が切り込む……」
その言葉に、他のポインターたちが驚きの目を俺に向ける。
「本気か?」
「ここまま黙って死ぬのは絶対に嫌だ。おそらくさっきのパンチの手応えから考えても、あの怪物の体は一定以上の負荷がかかれば崩壊するはず。だから、俺の後に、囮と攻撃の二手に分かれて、一点集中攻撃を浴びせれば……」
各人の俺を見える目は疑い半分ではあったが、他の手もないのも現状である。
それでも迷う面々を引っ張るかのように、フジコーが決断を口にした。
「なら、僕が囮になるよ」
それで全てが決まった。
ひとことで人を動かす。そういう雰囲気をフジコーは持っている。
「決まりだな。じゃあ、行くぞ」
そしてまず、タイミングを見計らって俺が単独で飛び出していく。
難しいことはしない。
とりあえず正面から、思いっきり目立つように挑発的に突っ切って行く。
あの怪物がどういう認識で世界を捉えているのかはわからないが、まずなによりも俺を見るようにするのだ。
「来いよ! こっちだ!」
それが功を奏して、幾つもの攻撃が俺に向かってくる。
先ほどのような攻撃後の隙ではなく、回避を前提とした状況なら、その攻撃は鋭いものの、かわしきれないほどではない。
最低限の攻撃を受け流しながら、俺は、背後からフジコーやその他のポインターの第一陣が突撃していくのを確認する。
完全に俺に気を取られていた怪物は、その新手の敵に対して、完全に受け身に回っていた。
声にならない叫びを上げる怪物。
猛烈な反撃が攻撃を繰り出していた囮のポインターたちを襲うが、それと同時に、本命である最終突撃班が一気に怪物に対して攻撃を仕掛けていく。
各々の武器が一点に集中する。
怪物の顔がさらにひしゃげ、そこに大きなヒビが入る。
「よし、あと一撃、あと一撃だ!」
攻撃班の先導を務めた元自衛官が意気揚々と叫ぶ
しかし、その声に反応するものは極端に減っていた。
怒り狂う怪物の一撃はさらに鋭さを増したらしく、囮となったポインターたちは壊滅状態となっていた。
フジコーも、弾き飛ばされて地面に伏している。
それでも、囮のポインターたちは自分らの役割を全うしたのだ。
万事休すか。
いや、作戦そのものは間違っていない、ならば……。
「あともう一撃。俺がなんとかするから、頼む!」
そう叫んだものの、俺に残された手など実際にはほとんどない。
できることといえば、この身を投げ出して時間を稼ぐ程度だろう。
それでも、俺はなんとしてもあの怪物を倒したかった。
二度も好き勝手に蹂躙されるのは嫌だった。
そして俺は再び怪物に向かって走り出す。
今度は、より明確に囮としての動きだ。
それを見て、怪物の攻撃が俺に向く。
俺はあえてそれをかわしきらない。
致命傷だけを避けあえて受ける。
弾き飛ばされ、それでも立ち向かうことで、怪物の意識を俺に集中させる。
怪物に、もう一撃程度で俺を殺せると思わせるのだ。
その作戦自体は成功した。
怪物は攻撃班にほとんど意識を向けること無く、ひたすら目の前の敵である俺を潰そうと必死になっている。
問題があるとすれば、俺のダメージが本格的にまずくなってきたことぐらいだろうか。
なんとか、最後の一撃の準備が整うまで持ちこたえてくれ。
自分にそう言い聞かせる。
だが意識が飛びかける。
身体もまともに動かない。
目の前に怪物の脚が迫りつつあることに気が付いても、それを身体に伝えることができない。
俺も死ぬのか。
ふとそんな考えがよぎる。
だがそこで、誰かが俺の背中を強く押し、怪物の脚はギリギリで背中の後ろを通過した。
助かった!?
それと同時に、俺は、見たくもない光景を目撃した。
そこにあったのは、全身を投げ出して俺を押しのけ、代わりに怪物の一撃で半身を持って行かれたフジコーの姿だ。
「フジコー、お、お前、なんで……」
驚く俺の横で、怪物は最後の一撃を受けて消失していく。
勝鬨が聞こえる。
しかし、もはや怪物も勝利もどうでもいい。
俺は、俺の目の前で親友が消えかかっていることが、ただただ信じられなかった。
必死に、動かない身体を這わせてフジコーへと近寄る。
「……さっきの囮の時に、ちょっと致命的な風穴を開けられたからね。もう助かりそうもなかったよ。だから、せめて最後に君だけでもなんとか助けようと思ったのさ」
そう口にしている間にもフジコーの肩と腹から、赤い粒子が漏れ出し続けている。
先ほど俺をかばってもげた右肩と、おそらく、囮の際に受けた左脇腹の二箇所。
右腕は既になく、左脚ももうほとんど繋がっていない。
血と違い、赤く染まることもなく、身体が剥がれ落ちている。
それはまるで、藤波浩二という人間の魂そのものが消えていっている象徴のようにも映る。
俺は必死にそれを抑えようとするが、指の隙間から、フジコーを構成していた赤い粒子は零れ落ちていくばかりだ。
「お前、市長になるんじゃなかったのかよ!」
「そのはず、だったんだけどなあ……」
苦笑いするその顔を、俺はまともに見られなかった。
そうしている間にも、俺の親友の身体はもう殆どが消失してしまっている。
「なんでお前が死んで、俺なんかが生き残るんだよ!」
「……君のほうが、現実が見えているから、かな……」
返す言葉を考える。だが多分、もうなにも間に合わない。
「まあ、君のために死ぬなら、悪くも無いか……」
藤波浩二は最後に弱々しい笑みを浮かべ、その笑みさえ、粒子となって何処かへと消えていった。
そこに残されたのは、フジコーが選んだ武器である、ポインター用の剣だけだった。
これが、俺の、そしてポインターという集団の初陣である。
十一人中、犠牲者は計四名。
最初に倒れた二人に、途中の囮で死んだ致命傷を受けた者、そして、最後に俺をかばって死んだ、誰よりもこの街を愛していた男。
結果としては三分の二以上が散ってしまったことになる。
だがそれでも、ポインターという戦闘部隊の手によって、フライは倒された。
その事実こそをポータル社は強調し、重要視した。
我々には、怪物に対抗する手段があるのだと。
こうして、ポインターは俺の感傷とは裏腹に、華々しく世間にデビューすることになったのである。
それが今からおよそ一年前、ポインターが初めてフライを倒した日のことだ。