加害者だった話
「いじめた人はその事を覚えていない。」
多くの場合そう思うであろうが、私はいじめた人のことも何をしたかも、自分がいじめられた経験以上に鮮明に覚えている。
何故かはわからないが、私にとってどちらも覚えていたくない記憶であることは確かで、それでも忘れることができない。その事を全てここに書いていこうと思う。ただし、プライバシーの都合もあるため、相手の人物像などぼかす部分も多くあることを了承していただきたい。まずはいじめた話だ。
小学生の頃の同級生、Aとしよう。Aと私は比較的仲の良い方であったが、別の友人からAの悪い噂を聞かされたことで、Aを避けるようになったことからいじめが始まった。私はAに対し、無視したりあることないこと言ったりした。持ち物にケチをつけたりもした。触られたりした時には、菌が移ると言いながらぱっぱと払う真似をした。
実はそれをやっていたのは私だけではなかった。Aが普通の人ではないという認識が、幼稚園が一緒だった人全員にあったため、クラス全員の認識がどんどんそうなっていった。その結果、Aには友達がいなくなり、いつもスクールカウンセラーの人と一緒にいるようになった。
Aは私にされたことをくまなくカウンセラーにぶつけ、私はよく怒られるようになった。当時の私はこう言っていた。「この子はおかしいからうざくてしょうがない」と。それに、「みんなもそう言っている」という尾ひれがつくこともあった。カウンセラーに言われたことはほとんど覚えていないが、そのひとつひとつが腑に落ちなかったのは記憶にある。その場限りの謝罪をした後にはまたいじめが始まるという生活は、2年間クラスが一緒だったこともありその後1年ほど続いた。Aは学校に来なくなり、その原因が私であることを担任から言われ、罪悪感よりもその場を凌ぐことが私の中では重要視された。この頃はAの母親も頻繁に学校に来ていた為、大喧嘩は何度かしたものの自然と私はいじめをしなくなった。Aと同じクラスになることはその2年間以外にはなかったが、いじめをやめてから私はAと少しずつ仲良くなった。
その後、私が自分のしたことの重大さに気づくのは中学生になってからだった。Aは中学生になってから、諸事情で教室にいることが少なかったが、その事情の一つに、明らかに私からいじめられたことが原因になっているものがあった。それなりに充実した中学生活を送っていた私はその時、初めて罪悪感を覚えた。私はこの子の青春を奪ってしまったのだと気付いてからは、Aに会うのが苦しかった。会う機会自体は少なかったが、もうその時は私とAは親友だった。