到着
「アーク様。村のみんなを助けてくださってありがとうございます。なんとお礼を申し上げたらよいか……」
村長や子供たちと囚われいた住民が合流して抱き合って無事を喜び合う中、村長が代表として前に出てきて頭を下げるとそれに続いてその他の住民たちも頭を下げた。
「おいおい。俺はただ当然のことをしただけだぜ?そこまでされると恥ずかしいつうか」
「でも嬉しいんですよね」
心を見透かしたようにストラが一言付け加えるとアークはふと笑みこぼしてしまった。
「そうだな。いい事をするといい気持ちだ、でも……俺たちは少し着くのが遅くなっちまったようだ。すまん村長さん」
今度はこちらが頭を下げる。
「なぜ、アーク様が謝れるのですか。悪いのは盗賊たちですぞ。頭を下げるのは奴らの方です」
「で、でも……俺たちがもっと早く来てれば村がこんな事になることはなかった」
「壊れてしまったものは仕方ありますまい。それよりもアーク様は村の人たちを守ってくださいました。知っていますか? 人がいれば村は復興することができるのです。それは家々よりも大切なものです」
一人一人を見渡して笑顔の彼、彼女らを確認してアークが守ったものを示す。
「そうですよ。もう忘れたんですか?私に言ってくれこと。指揮官が悪いことをしたわけじゃないでしょ」
「……だな。それじゃあ村長、皆。村の復興頑張ってくれ。俺たちも遠征が終わって時間があったら手伝いに来るからな。おい! 出発の準備をしろ。エトワールにこの事を一秒でも早く報告したいからな」
皆、荷物をまとめて準備をし出した。
「おお、待ってくだされ。これを持って行ってくだされ。こんな老いぼれが持っておっても宝の持ち腐れじゃからの」
しわくちゃな手から差し出されたのは白い棒が描かれた一枚のカード。
「これ、もしかしてアルカナカードか?いや、でも俺なんかが貰ってもいいのか。これは大切なものなんだろ」
「大切なものだからこそお渡しするのです。それにこれは平民から騎士団長にまでのぼりつめた男のアルカナ。足手まといにはならないでしょう」
「それはそうだが……流石にこれは」
「これはわしだけでなく、村の住民の気持ちがこもっておる」
それはもう脅迫にさえ聞こえた。そう言われて受け取らないわけにはいかない。
この村長はアークがそういう人だと確信していたのだ。
「わかった。ありがたくいただくよ。街に着いたらまずセレネ王に俺の名前と事情を説明してくれ。きっと力になってくれるはずだ」
確証はないが彼女なら村の人たちの住居を探し当ててくれるはずだと思って勝手に紹介しておいた。
一応、自分の名前と事情を書いた手紙を村長に渡してあるので門前払いはまずないはず。
だがこれ以上は出来ない。街に行く途中に盗賊の生き残りが襲ってくるとも限らないがこちらは遠征中。一刻も早く軍の元に戻らなくてはいけない。
「それじゃあ、アルカナカードは有効に使わせてもらう。遠征が終わって時間ができたら村の復興を手伝いに来るから」
勿論、団員込みで。
そう言い残し馬に乗る為に鞍に足を伸ばした時、服を引っ張り止めた存在があった。
「ん? どうしたポペ」
その存在はここまで案内をしてくれて、小屋に侵入する為の隠し通路を教えてくれたポペ。
「僕、皆みたいな騎士になる。皆を守れるような強い騎士になる」
星童騎士団に影響されてか、騎士になると言い出し、その目は決意に満ちていた。
「そうか。でも強いだけじゃあ駄目だ。俺みたいに心を委ねられる大切な仲間を見つけろ。それまでに俺とこの騎士団は世界的に有名になってるからな」
最終目的は戦争を始めた悪魔の国、ヴォロディメントを潰してエトワールたちの補助を受けて世界のアルカナを手に入れてそれで元の世界に帰ることだ。
それまでに幾つかの国を制圧する事になるだろうから必然的に戦果を手に入れ、有名になっているはず。そうなってたらいいなという思いでそう言った。
ポペが騎士になるには最低でも五年、十年は経ってしまうだらう。その時までに有名になっていなかったら元の世界に帰る時にはおじいちゃんになっいそうだ。
「うん! 待ってて。絶対、騎士になってみせるから」
「おう、楽しみに待ってるぜ。まずは村の復興の手伝い頑張れよ」
手を離したので馬に飛び乗って来た方向へ走らせた。
「絶対……絶対だよ」
後ろ姿を見つめながら拳を握りしめて自分に言い聞かせるように呟いた。
「いや〜、成功成功。これも俺がギャパルに立ち向かったおかげかな」
「馬鹿言え。お前なんて村長の護衛とか言って真っ先に小屋から逃げ出したじゃねーか」
ストラと一緒に突入した団員がアペレの発言を強く否定するとドット笑いが起きた。
「後ろは騒がしいですね。浮かれているんでしょうか?」
少し遅れたがアークは指揮官なのでストラの隣である先頭に戻っていた。
「これが始めての実戦だったんだろ?それが成功して喜ばないやつなんていないさ。俺もそうだ。それでも駄目か、喜ぶのは」
「ず、ずるいですよ。私に指揮官を責めることはできません」
一応、騎士団長より指揮官の方が上の立場にありストラは立場が上のものにはあまり強く言えないことは既に聞いている。
「ストラは嬉しくないのか?」
「いえ、嬉しくないわけではないのですが、この速度で間に合うのかどうか心配で。ここからでは軍の姿は見えませんし、場所も曖昧ですから」
この森は平野を一切見せない。それに軍はアークたちを待っているはずもなく、常に移動をしている。
それを見つめられるかが不安なのだろう。
しかし軍はある一点の方向だけを進んでいるし、目的場所は決まっているので必ず合流はできる。
「大丈夫だ。思ったより早く片付いたし、無理に焦って馬の足を駄目にしたら全てが台無しになる。それにお前は他のやつのことを考えて言ったか? あいつら元気そうに見えるが疲労か溜まってる。それに鞭を打つような真似はよいと思うぞ」
我に返ったストラは後ろの団員たちの様子を見渡した。
アペレをいじりながら笑ってはいるが、傷のあるものが目立っている。
盗賊もそれなりの力を有していたので無傷とはいかなかったのだが、死者が一人もでなかっただけでも運がいい。
「す、すいません。私団長失格ですね。自分のことで精一杯で団員のことなんて考えていませんでした」
「それに気づけならもう合格だ。それともこんな情けない指揮官の言葉じゃあ説得力がないか?」
「そ、そんなことはありません」
「なら、お前はここの団長だ。お前以外にこのやんちゃな輩を止められるものはいないからな」
子供とだけあって元気は人一倍あって、もう歳なのかと思ってしまう今日この頃だ。
「ふふっ。やっぱり指揮官はお優しいですね。何事も受け入れる聖母のようです」
「聖母は言い過ぎだ。ただ親父の長話で精神力が他より少しばかり鍛えられているだけ。それよりもストラ。その指揮官っていう呼び方はやめてくれないか。むず痒くて仕方ない」
「精神力が鍛えられているのでは?」
「それとこれとは話が別だ。これからお前たちと共にするのに壁は邪魔だからな。遠慮とかしないでくれ。俺は心を委ねられる仲間と親交を深たい」
「え? あれって私たちのことだったんですか」
ポペと話していた時にふと聞こえたあの一言。ストラはそれを思い出して口を押さえて驚いた。
「他に誰がいる? まあ、セレネ王のことは全体的に信じているがな」
だからこそ村の皆を任せることにしたが、傍から見たらただ面倒ごとを押し付けたに過ぎないだろう。
「それで? 名前で呼んでくれるのか」
「は、はい。私もこれから貴方の側にいたいと思っていますア……」
「指揮官殿、指揮官殿。村長から小アルカナを授かったとは本当でござるか?」
途中で割って入って来たのはあのサムニンだった。どうやら団員たちから話を聞いて居ても立ってもいられないのだろう。
アルカナカードの殆どはその力を効率良く使う為に所持者の体に宿すので現物は珍しいのだ。
「時と場合を考えてください。アルモラレド・クレテープマ・ウィサターン・ガルクルド・ミュークルナーシン。やっと決心がついたところで」
「ちょ、ちょっと待て。お前こいつの本名覚えてるのか?」
「はい。他の団員も本名で覚えていますよ。今からでも説明しましょうか?」
「いや、やめておく。俺の頭が破裂しそうだ。それにこの問題は解決してある。名前が長すぎるからサムニンに改名しておいた」
「それって本気だったのでござるか!」
忍者っぽい喋り方もだんだん慣れてきた様子だ。
「この喋り方は個性を出す為であんま必要ないんだけどな」
「それは初耳でござるよ! 拙者、こんな喋り方嫌でござる」
とか言いながら気に入っているようで、その喋り方は一切変えていない。
「はいはい。とにかくお前の長ったらしい本名は置いといてサムニンに変更。これは決定事項だ。喋り方も変えることは許さん。これは指揮官命令だと思え」
「そ、そんな〜」
上司からの理不尽な決定に涙目で訴えるが、誰もそれを止めることはなかった。
「おい、聞いたかあの話」
「ギャパルっていう盗賊がうちの騎士団が倒したって話をだろ。もちろん知ってるさ。でも本当か?」
「俺、一回だけそいつ見たことあるけど晒されてた首と同じだった。間違いなく本物だ」
「しかも、その騎士団が子供ばかりが集まった星童騎士団なんだろ。しかも規模はこの軍の中で一番小さいらしい」
「それでギャパルを倒すしたとなると余程強い騎士団長がいたのだろうな」
「騎士団長といえばこの遠征軍には有名な騎士団長様が来ているらしい」
「なら、太陽の奴らなんめ簡単に蹴散らせてくれるな」
「馬鹿! 目標が低すぎんだよお前は。俺は騎士になる為にここまで来たんだ。敵将討つつもりでやるんだよ」
足と共に口の動きも良くなって歩兵たちは賑わいをみせていた。
「こりゃあ凄いな。あいつの作戦通りでことか」
遠征軍と合流をしたアークたちは後ろから歩兵たちの賑わい具合を見ている。
「そうですね。ギャパル討伐は士気の向上につながったようです。心なしか速度も上がったように思えますし」
「順調、だな」
ギャパルの首はポペを連れてきた騎士に渡して、軍にお披露目された。
反応は予想以上の効果を見せているといっていいだろう。
ギャパル討伐の報告で速度の上がった遠征軍は遅れを取り戻し、予定通りよりも少し早くバシスらの元へ辿り着くことができた。
そしてアークは大アルカナ所持者としてあるテントに入って肩幅の広い茶髪男と対面していた。
「紹介する。この方こそがバシス・ガーボンさんだ。アルカナで壁をつくった人で世間では月の守護神と呼ばれている」
どうやら彼もエトワールの冷徹の星のような異名を持っているようだ。
「オイオイ。やめろよその紹介。別に自分で守護神ですって言い回ってるわけじゃねーんだ。ただのおっさんだよ俺は」
薄っすら髭は生えているが、言うほど老けてはいない。エトワールを横に置いてもそのようには見えない。
「そんなことありません。立派に活躍なさっているではないですか。まだまだお若いですよ」
「見た目はねー。見た目は若いってよく言われるけど、いつまで経っても独り身だし……俺いろんなとこ周ってるけど出会いなんてこれっぽっちだしよー。ほんと、俺なんて大したことねーよ」
「まあ、こんな人だが頼りになる方だ」
手のひらを上にして
「慰めて! エト、この哀れな俺を慰めてくれよーーー!」
涙目でエトワールに抱きついて騒ぎまくるが、抱きつかれた本人は両手で頭を押してそれを拒否する。
「離れてくださいバシスさん。貴方は軍師としては尊敬に値しますが、人間としては最低の部類に入ります。早く大人になってください!」
大きな体を元の位置に戻すと、やっと落ち着いてきたらしく、アークが入って来た時の素の顔になった。
「オイオイ、それじゃあ俺が子供のまま、ただ大きくなった奴みたいじゃないか」
「そう聞こえるように言ったんです。わがままばかり言って、セレネ王を困らせないでください」
「別にセレネちゃんを困らせてるわけじゃあ……」
そこでアークの頭の中で何かが引っかかった。
「ちゃ、ちゃん? あ、そうか。大アルカナ所持者は事情を知ってるんでしたね」
遠征中はずっと星童騎士団といたので違和感が残ってしまった。
実際にセレネを見たことのない彼らからは容姿や性格はどうだと質問攻めにあったが、女性だということは言わなかった、というより言えなかった。
国とセレネのことを考えたら口が裂けても言えない機密情報だ。
「一応大アルカナだからね。他の国のお偉いさんも知ってるぜ。でないといろいろ不便だからな。それよりもアーくん。今は目の前に集中した方がいいと思うぜ」
「ア、アーくん?」
エトワールの時もそうだったが人の名前を勝手に略して最後にくんやちゃんを付けて呼ぶのがこの人のやり方らしい。
なんとも自由な人だが前科のあるアークは言い返すことが出来ない。
「別にいいだろ。減るもんじゃねーんだしよ。俺は仲良くしたいわけ。それよりも真面目な話をしようか」
急にバシスから威厳のある顔立ちになって机の上に肘をつき、エトワールの顔も引き締まった。
「まず俺からの現状報告だが、お相手くんが半分ずつの兵でしか攻めてこなかったから犠牲者は最小限に抑えられた。壁も損傷はないからかなりもつだろう」
「半分ずつ? 昼と夜に分けるためにですかね」
「そうだな。たまに昼だけとか夜だけとか朝にも仕掛けてきたもんだ。おかげでお相手くんの戦力を減らすのは困難だった。危なくなったらすぐ退却だからな」
「長期戦に持ち込むつもり……いや、でもそんな事をしてあっちには何の得もないと思いますけど」
結果、遠征軍が着くまでにここを落とせていない。
戦力が上回ったわけではないが壁や崖のことを考えると不利なのは敵側。
「お相手くんが退却するかもしれねーが、どちらにしろ策は立てといて万が一に備えとかねーとな」
「まずは陣営ですか」
誰が何処の指揮をするか?
それは戦いの優劣を決めることもある大事なところだ。
「俺はここ、エトはここ、アーくんはここでいいだろ」
机の上に置かれた紙。
真ん中にある二本の線と丸が幾つかあるだけで意味がわからなかったが、どうやらここの地図らしい。
右から順に二本の線の間に丸をつけていった。
「バ、バシスさん。もしかして僕の考えわかってたんですか?」
「こんなのでも軍師だからね。何となくやりたいことがわかったんだよ」
指揮官のアークだけを置いてけぼりに話は進んでいく。
「何? その配置はエトワールも同じ意見ってことか。なら俺はそこでいいけど」
「ほほう、アーくんはエトを信頼してるようだな。結構、結構」
腕を組んでウンウンと頷いて確信をしているが、バシスは勘違いをしている。
「そんなのじゃあないですよ。ただ……」
「ただ?」
「そこが言いって呟いてくるんですよ。まるで俺を手招くように」