策と暴力
ストラたちが屋根に飛び込む前。
アペレは暗くて狭い道を匍匐前進をしていた。
「んしょっ。俺でもここは厳しいな」
鎧は邪魔になるので入り口で脱いできたが、それでもきついものはきつかった。
「ん、光?」
ほんの少しだが上から光りが漏れているところがあった。
出口だ。
咄嗟にポペから聞いた通りに一回、三回に分けてノックをすると光りの中に飛び出せた。
「あ、あれ? ポペじゃない」
出口を開けた小太りの少年が不思議そうな顔をする。
「俺は星童騎士団のアペレだ。お前たちを助けに来た」
小声で強く言い放ち、腰に携えた剣を主張してポーズを取ると少年の目は輝いた。部屋の中にいる他の子供達も希望に満ちた目をした。
「え〜と、この部屋はなんだ? 村長さんは何処だ」
少年、少女ばかりで村長の姿が見えない。子供が村長というわけではないだろう。
「村長はここから奥に行った部屋にいるよ。そこで怖い顔した盗賊にアルカナは何処だって脅されてるんだ」
どうやらまだ小アルカナと村長は無事らしい。
アルカナを目的としているギャパルにとって村長はその居場所を知る為に必要な存在なので殺すことが出来ないのだ。
「分かった。お前たちはここで待っててくれ」
「う、うん」
小太りの少年が皆を代表して頷くとアペレは木の戸を開けようとすると五歳ほどの少女が口を開いた。
「そんちょうさんを助けてきしのお兄ちゃん」
騎士。
これがその職業になってからの初めての仕事になる。
今にも泣き出しそうな彼女にとびっきりの笑顔を見せてやった。
「ああ、必ずだ。星童騎士団の名にかけて助けやるから安心しな」
その背中がこの部屋にこもっていた少年、少女にどのように映ったかは定かではないがアペレは見向きもせず、アークに授けられた秘策のことで頭がいっぱいだった。
「もう一度だけ聞くぞ。ここに俺が探してるアルカナはあるんだな!」
黒い眼帯を左目にかけた大男は目の前にいる白髪と長いヒゲが特徴的な老人に耳が痛くなるほどの怒声をあげた。
「何度も言わせるでない。お主のような野蛮人に渡すものなど一つもない。だからこの村から立ち去れ」
村はほとんど壊されてしまったが住民さえ生きていれば復活できる可能性はある。それにこの男にあれを渡してはいけないと長年の経験で感じていた村長は気迫に気圧されることなく答えた。
「ジジイ。余程死にたいようだな」
歯ぎしりを鳴らして怒りを堪えていたがもはや限界だった。
右手に握られた巨大な斧を振り上げ叩きつけようした瞬間、左の戸が勢い良く開いて剣を持った少年が現れた。
「あ? 誰だお前。邪魔するならお前を先にやるぞ」
こんな事だけでは驚かないらしく、逆に斧の刃をこちらに向けて脅してくるがアペレにはこんな男をあっと驚かせる秘策がある。
「俺は愚者のアルカナ所持者。アペレだ! 遠征の途中だったがついでにお前を倒しに来たんだよ」
「な⁉︎ 愚者……だと」
アークの噂がかなり広まっていることはエトワールから聞いていた。なのでアルカナを求めているというギャパルもそれを知っていると思ったのでこういった嘘をつけという秘策をアークは授けた。
「そうだ。大人しく観念するだギャパル! この小屋は星童騎士団が取り囲んでいる。逃げ場はないぞ」
これは嘘ではなく、事実。ドモルたちが隠れながら小屋の周りを見張っている盗賊たちを取り囲んでいる。
「お前みたいな餓鬼が大アルカナ所持者だとありえん」
「エトワール様は十歳で大アルカナ所持者になった。あり得なくはない」
最年少で大アルカナになったエトワール。今では軍師、冷徹の星として有名になっているがその前は最年少大アルカナ所持者として名がしれていた。
この時に大アルカナ所持者は子供でもなれるということが証明できた。
「けっ、ならそのならその大アルカナの力を見せてみろよ。おらぁそんなのには屈しねーぞ」
何があるかは知らないが、どうやらアルカナは小、大関係なく憎んでいるらしく殺気が増して目の色も変わった。
「なら、遠慮はしないぞギャパル。村長さんは俺の近くにいてください」
剣を構えてジリジリと距離を縮めて行く。
強気でいるアペレだが心の中は不安が支配していた。
ギャパルが嘘に気づいたら。そうなったらこの男の性格上、必ず息の根を止めにかかってくる。今のアペレではそうなったら敵わない。
それとこれこそあれ得ないかもしれないがこの森特有の大木の枝の上で待機しているストラたちに何か問題が起こった。
こうなったらアークの作戦はご破算となってしまう。そして最後にもう一つ。
「今だ!」
小屋の中心で立ち止まったアペレは両手でしっかり握っていた剣を上へと投げた。
「おいおい。何処を狙ってるんだお前」
ドモルに負けない巨漢だが大アルカナという言葉に無意識に怖気ずいて後ろに下がっていることには気づいてはいなかった。
それが大アルカナの力と何らかの関係のある行動かと疑ったからだ。
直後、アペレが放って突き刺さった剣を中心に屋根は円状に亀裂が入って十人近くの団員とその破片が降り注いで来た。
最後の不安はストラたちに伝える為の合図が上手くいくどかだったが、どうやら上からでも剣の先は見えたようだ。
落ちてきた剣を拾って大きく空いた屋根のを見上げるアペレはほっと安堵のため息をついた。
「貴様、何者だ」
上から敵が降って来たのは流石に驚いてくれたようだが、その目はただ一人を見つめていた。
「星童騎士団団長ストラ・ヴェルソンです。盗賊ギャパル、貴方の罪は決して許されるものではありません。今ここで私が断罪します」
小屋の外も騒がしくなってきた。
この長と長の決闘を妨害させない為にドモルたちが他の盗賊と戦っているからだ。
作戦はここまで。後はどちらが強いかという単純なことだけが勝利を決する。
「指揮官殿。洞窟内の盗賊は片付けが済みました。村の住民たちは皆無事です」
片膝をついて洞窟での戦果を告げる。これは当たり前の結果だがやはり初めてだっただけあって不安だった分嬉しい。
「ん。ご苦労様サムニン」
サラッと言ったが、呼ばれた本人は申し訳なさそうに手を上げて流そうとなしなかった。
「あ、あの〜、その呼び方何とかなりませんか? 本名はアルモラレド・クレテープマ・ウィサターン・ガルクルド・ミュークルナーシンなんですけど」
「長い長い長い! ストラとかアペレとかドモルと三文字できてたのに何で? 何でそんな長い名前なんだお前は。流れを読め! そんな長い名前すぐ覚えられるわけないだろ」
ただでさえ星童騎士団は五十人以上いるのに一人を覚えるのに時間がかかってるわけにもいかない。
「で、ですがこの名前は両親につけてもらった大切なものであってそう簡単に変えられるものでは……」
あまり反論できないのはアークが本名ではないからだが、クソ長い名前なんて覚える気はないので引く訳にはいかない。
「違う! これは改名じゃない。サムニンは異名だ。ほら、エトワールの冷徹の星とかのさ」
異名は男の憧れ。これを餌として分かりやすい名前に変えてやる。
「い、異名ですか。大アルカナを持ってないのに異名というのはちょっと……」
いきなりは抵抗があるらしく、渋っている。
「大丈夫だ。この騎士団の中だけで他の所じゃあ普通でいいからさ」
「それでもその呼び方は何とも……。一体どういった経緯でそのような名に?」
流石に殿っていうのが侍とか忍者に似てるからという理由を答えるわけにもいかない。この世界にはサムライもニンジャもいないからだ。
「何と無くだ」
「そんな! 何と無くで名前を変えるなんて酷いですよ」
「黙れ! 他の団員から名前長すぎて何て呼んだらいいか分からないっていう苦情がきてるんだよ。いいか、これは指揮官命令だ。お前の名前は今からサムニン。少なくともこの騎士団の中ではそう呼ばさせてもらうぞ」
「そ、そんな〜」
「それと分かりやすいように喋り方とか教えてやるよ」
父親から侍やら忍者やらの知識を聞いていたアークはそれを全て彼に託した。
「星童騎士団だあ? 餓鬼が騎士の真似事してる奴らが俺に何の用だ」
サムニンと話をしている中、小屋では既にストラたちが突入に成功してギャパルの目の前に立っていた。
「貴方がこれまでしてきた残虐な行為を忘れたとは言わせませんよ」
「残虐な行為だと? 何を持って俺が残虐な行為をしたと言える。俺らみたいな盗賊は生きていくので必死だ。その可能性で何が起きようとそれは弱肉強食という名の自然の摂理だ」
狼のような歯を見せ、挑発にも似た返しをしてきたがそれに乗るほどストラは馬鹿ではない。
「覚えていないというのならそれで構いません。ただ貴方は何も分からないまま断罪されるだけですから」
「ハッ! 断罪だと? 笑わせてくれる。子供と女だけで俺を殺せると思ってるのか。周りの奴らがいなくともこの程度の数なら傷一つつけられんぞ」
筋肉で覆われたその体は古傷が幾つか確認できるがそれをわざと見せつけるように服の袖を通さず、肩にかけている。
「何か勘違いしてますね。貴方の相手をするのは私一人ですよ。他の団員たちは村長の護衛です。追い詰められたら何を仕出かすか分かったものではありませんから」
冷静に話を続けるストラに歯ぎしりを鳴らして我慢をしたがそれは三秒と持たなかった。
「貴様っ! 覚悟はできてるんだろうな。俺は口だけの奴が一番嫌いなんだよ」
「そうですか。私は貴方のように短気な方が嫌いですね。知性の欠片もない獣のような人が」
「うがぁ!」
怒りが頂点に達したギャパルはその手に携えた斧を高く振り上げて雄叫びを上げながら降りおり下ろした。
それは空気を切り裂く音がするほどで床につ突き刺さると周りに木の破片を撒き散らした。
「こりゃあ危ないな。村長さんこっちに避難しよう」
噂以上の剛力を目の当たりにしたアペレは村長の皺まみれの手を掴んで、ここに来る時に開けた戸から逃げて行った。
「ちっ、生意気なジジイめ。しかもあの小僧、逃げるとはやっぱりあれはハッタリだったか」
矛先ならぬ斧先がその二人に向こうとしたがストラは視線の中に入ってそれを防ぐ。
「どけ女。俺は口だけの奴が嫌いだって言ったろ。あの小僧は俺に嘘をつきやがった。ぐちゃぐちゃになるまで切り裂いて洞窟の中でビクついてる住民も同じ目に合わせてやる」
目を充血させながら開ききったの戸を見つめ続けるギャパル。しかし、それに怖気ないストラは冷静さを保ったままでこの二人の温度差は激しさを増すばかり。
それしさらにギャパルの温度を上げやる為に作戦のことを話すことにした。
「洞窟は指揮官と団員たちが制圧しました。住民はもうそこにはいません。今頃、安全な所に移されてるはずです」
ストラの言う通り、洞窟内にいた村の住民たちはアークと要らない知識を授けられたサムニンらによって盗賊たちから遠く離れていた。
「因みに指揮官が本当のアルカナ所持者です。これは嘘ではありません。国が認めている事実です」
この事は国だけではなく、様々な所へと伝えられている。その範囲は定かではないが、盗賊のギャパルでさえ知っているようだった事からかなり広まっていることが分かる。
「アルカナ……。その言葉を聞くだけで吐き気がしてきやがる。殺してやる。その指揮官とやらもあの小僧も村の奴もお前も、皆まとめて殺してやる」
もはや理性はなく、ただ怒りの塊となって言葉を発するギャパルは人格を失くしていた。
「アルカナにどんな恨みがあるかは知りませんが、私も小アルカナを持っていますよ。つまり狙うならこの私です」
「ガゥワ!」
言葉を理解できたかは分からないが、ストラの思惑通りこちらに攻撃を仕掛けてきた。
「貴方たちはここから避難してください。ここは私一人で十分です」
「で、ですが団長一人残して行くなど……」
「分からないのですか?貴方たちがいると足手まといなんです。早く行ってください!」
「わ、分かりました」
ギャパルの実力が分からないのでアークが保険として連れてかせた団員たちはいつもとは打って変わって厳しい一言でアペレが逃げて行った所へと走って行く。
出口に行こうにもギャパルが邪魔で出られないでいる子供たちがそこに居るが、幸いこの小屋の板の耐久性は低い。あれだけの男がいれば簡単に突き破れるだろう。
これで気兼ねなく暴れらる。
息を深く吐き出す獣に剣を向けてストラも深呼吸をして態勢を整える。
「おおおおおお!」
それをチャンスと思ったのか怪物と化したギャパルは斧を無防備な頭に振り下ろすが、それはかすりもしない。
前に体重をかけ、頭も低くして素早くを斧を持っている手とは逆の横腹の側まで移動していたからだ。
「せいっ!」
横に振った剣はギャパルの体を傷つけるのには成功したが、致命傷ではない。
だがそれはわざと。
「私たちみたいな子供や女には傷一つつけられないでしたっけ?結構簡単でしたよ。それと私は断罪すると言いましたよね。ですから貴方は苦しみながら死んでもらいます」
その殺気はギャパルのそれを上回って怪物となった彼を怖気させるには十分なものだった。
「そういえばサムニン。俺、ストラの小アルカナがどんな力かも知らないでギャパルと一騎打ちさせてるけど、あいつが持ってるソードのアルカナがどんなのか知ってるか?」
大方の仕事を終えた二人は他の団員に見張りを任せて小屋の方を向いて話をしていた。
「え〜と、ソードのナイトだったと聞いています」
「聞いています?」
「聞いているでござる」
睨みに負けたサムニンは諦めて押し付けられた口調を実践したが、やはり慣れてない感じが見て取れる。
「そうか。数字札じゃなくて人物札のカードだったか。しかもそれがナイトとなると勇ましさと」
「激怒です……ござるね」
観念したのか自主的に言葉遣いを変えながら呟いた。
「あれ? 俺そんなこと教えたっけ。大雑把にしか説明してない気がするけど」
「指揮官殿の言う通り、ぼ……拙者は教わったわけではあり……ござらんが、以前ストラ殿がアルカナを使っている時を見てそう感じま……したでござる」
「そうか。俺は意味しか知らねーがやっぱり能力と何らかの関係があるのか。いや、まだ決めつけるのは早いか」
まだ全てのアルカナを見て確認したわけではないので何とも言えない。愚者のアルカナを使えるようになる為のきっかけになると思ったがこの方法だと使えるのは遠征が終わった後になってしまいそうだ。
「で? どうだった。アルカナの力を使ってたストラは」
「そうです……ござるね。一言で言うとすれば豹変します。いつもは優しく寛大なストラ殿が人殺しの目をして」
ちょうどその時、こちらに近づく人影が一つ。
話を中断して警戒態勢になるが、それは見たことのある者だった。
「指揮官。作戦は成功。ギャパル、盗賊を殲滅することができました」
笑顔で初めての作戦の成功を喜ぶ彼女だったが、その姿を見る二人は何とも言えない複雑な表情になった。
それはストラの全身が返り血で赤一色に染まっていたらだ。