盗賊
「まず言っておくが地の利はあっち側にある。それはお前でも何となく分かってんじゃねえのか?」
思うように攻めきれずに騎士たちは違和感のある戦いをしてきたが、それがメラフの言う地の利のことなのだろうと気づいたタンは小さく頷いた。
「壁以外のところから攻めないのも地の利のせいというわけですね」
壁では痛い目にあったというのにメラフはそこ以外を攻めようとはしなかった。
ただ闇雲に突っ込ませているわけではないにしろ騎士の数が減りつつあり、それに不満を持ち出しているものも少なくはない。
しかし大アルカナ所持者は必ずと言っていいほど一般の人とは違うところがあり、メラフの場合は頭脳。それは今までの戦いで証明されていて何か考えがあってそうしていると述べる騎士の方が断然多いのは彼の存在の大きさを示している。
「そもそもお前、地の利って何か分かってんのか」
「ち、地形が利益?」
「意味不明だな。地形的に有利だということだ相手がよぉ。だからあの壁を攻略できないんだ」
「それでどのような地形なんですか?」
知っているのは壁側周辺のみだし、確認として思い出したかったタンはそれを聞いてみると仕方ないといった雰囲気で口を開けた。
「壁は横に長く建てられていて両側にはその壁よりも高い崖がある。壁が三十メートル程度だからそれに二十メートル足した五十メートルの崖だったな。その崖は真ん中に狭い道があるがそこにも壁もあった」
「あったって自ら確認しに行ったのですか?」
それは卓上で思考を巡させる軍師としてはあまりにも珍しい行為であった。
「ここら辺の地形が敵の手によって変えられている可能性もなくはないからな。それに間近で見るのも大切なことだ」
「それで昨日は姿が見えなかったのですか。困りますよ、勝手に動かれては全体の士気に関わります」
そのせいと言うわけではないが、昨日も失敗に終わっているのだ。
「どうせ士気なんてディアマが戦場から抜けてからなくなってんだろ。今更俺が出たって何も変わらねーよ」
否定はできない。見張り台でディアマの力を見て士気が上がったがクレーネゲファレインの大アルカナ所持者であるデュジュとの戦いで彼が動けなくなった途端、空気が一気に重くなってしまった。
この空気は戦術を考える軍師には変えられない。前線で敵と戦い、道を切り開く戦士にしかできない。
だからこそタンは敢えて否定はしなかった。すれば憐れんでいるのかと怒られそうだったからだ。
「ですが、それならどうするんです?士気が無ければ勢いがでません」
士気は戦いには必要不可欠なものの一つ。戦力差があっても士気で押し返すことなど珍しくない。
「そんなものいらねぇ。必要なのは奴らを出し抜く策だけだ」
「なら攻める場所を変えましょう。崖なら兵も少ないでしょう。そこにこちらの戦力を送り込めば……」
途中で止まったのはメラフの顔と月と重なってその鋭い視線が突き刺さってきたから、それと自分が考えた策はただの思いつきでしかなかったからだ。
「お前は話を聞いていたのかぁ?崖は五十メートルもあるんだぞ。それを鎧を来たまま登るつもりか? 出来るとしても崖の上に待機してた兵に弓で集中攻撃されるだけだぞ」
「何も崖ではなく狭い道にある壁の方を登ればいいのでは? そちらの方が二十メートルも低いのですし」
登るならできるだけ低い方だと思ったタンはそう告げるが、またもや呆れた顔をされた。
「それだと両側の崖と壁の上の三方向から攻撃される。それなら崖を登って攻撃の数を減らした方がいいだろ。まぁ、どのみち無理だがな。崖の隣はもう国境。そこまで行くと敵が増える。片方はヴォロディメントの王が混乱させてはくれてはいるが、そこを突破して横から……なんて強行は難しいだろうな」
テンパランスで起きた国宝が奪われた事件がそのヴォロディメントの王が彼らのためにやった妨害だが、アガピカリエンテでの王、女王両者の失踪は偽りのない事件。
だが国境で情報がせき止められ、彼らはそれを知らず、好機を生かせないでいる。
「それじゃあ打つ手はないんですね……」
ガッカリして顔を俯かせるがメラフは決して目線を変えてはいなかった。
見つめるは壁のその先。
「それでもあっちは兵の数が少ない。だが冷徹の星がもうすぐまで来ているだろうな」
期待させてはいけないと続けてそう言うとタンは冷徹の星のところに反応した。
「れ、冷徹の星……。最年少で大アルカナ所持者となったあの冷徹の星ですか?なんでクレーネゲファレインなどという小国に。他にも行く当てはあったでしょうに」
星というところで分かっては頂けたかもしれないが、冷徹の星とはエトワールの異名である。
「知らん。そんなこと本人に聞け。だけどよぉ俺は同じ星の大アルカナ所持者として負けられないのにかなり不利だな」
「ディアマ様が復帰されたら大アルカナ所持者の数は同じです。冷徹の星が加わっても問題はありません」
タンは両拳を強く握りしめて断言するが、それはぬか喜びに過ぎない。
「その頃にはデュジュの方も回復してるだろな。それに妙な噂を聞いた」
「噂? ……ですか」
首を傾げた頭の悪い騎士を眺めながら何故こんなことを口にしているのかと疑問に思ったがそれ以上に噂が真実かどうか気になりながら言葉にしていた。
「愚者のアルカナ所持者が現れたらしい」
「鉱山?」
遠征が始まってから二日ほど経ち、馬に乗ることにも随分慣れてきたアークはふと彼らは何故攻めて来たのかを隣で並走しているストラに質問していた。
「はい。王や大アルカナを操っている張本人の弱点が銀でこの国には銀の鉱山が沢山あるんです」
「それを壊すために攻めて来てるってわけか」
「そういうことです」
海から攻めるなどという大掛かりなことをしたのはこちらを助けられないようにするため。
「じゃあ、両側の国が同時に事件なんて偶然にしては出来過ぎだよな。敵さんが何か手を加えてるとしか思えねー」
「可能性はありますね。ですが放置するというわけにもいきませんから」
残念ながら片方はただの偶然。そしてそれを知るのは敵側陣営の上層の者のみである。
「だけど戦力的に大丈夫なのか?」
今いるこの軍はほとんが歩兵の平民で一万七千人、騎士が三千人で合計すると二万人という大規模な数になるが騎士が少ないのが不安要素である。
「既に戦っているバシス様の軍が騎士一万、平民が一万で合計の数は私たちの軍と同じですが、やはり騎士が多いので戦力的にはそちら方が大きいですね」
普通に過ごしてきた一般男性よりも戦闘を仕事とするために日々訓練を重ねてきた騎士の方が強いの当たり前のこと。
しかしいないよりはマシ。それにこの国は騎士も平民も少ない。
それを悟ったかのように国の民は戦争に行くことを自ら決めた。セレネがいかに好かれているかが窺える。
「敵の数は?」
「騎士四万です」
ここは平民などではなく、騎士というところがポイントだ。
数だけを見れば四万対四万でこちら側の戦力が多いように思えるが、四万の中には戦闘経験の浅い平民が二万七千人。騎士はたったの一万三千人。
騎士一人を平民二人分と仮定するして全て平民と考えると単純計算で相手の戦力は八万。
そしてこちらの戦力は五万三千となり、戦力差は二万七千。
「思ってたより多いな」
相手も大国というわけではないのであまり戦力を送ってこないと踏んでいたがこれは予想外の数字だった。
こちらの四万は絞りに絞り出した数で、これ以上増えることはないギリギリのところ。
なのに相手は騎士だけで四万を出して来たそれが何か引っかかる。
「国の防衛の戦力を減らしているからでしょうね。合流した私たちの軍で一気に攻めたら落とせるぐらいですよ」
そんな情報をどこで手に入れているかは知らないが淡々と話す彼女はやはりあの冷徹な男の妹なのだも実感できた。
「それって城を守る必要がないってことだろ? 何か馬鹿にされてる気分だな」
「気にしなければいいんですよ。それよりも一刻も早くバシス様のところに行くことを考えましょう」
馬でいくら走っても平野ばかり続くので流石のストラも焦りを感じ始めているらしい。
「二万対四万か。不利な状況だな」
合流さえすれば、戦力差があってもそれなりに戦えるかもしれないがその前となると厳しいであろう。
「大丈夫ですよ。バシス様が造った壁がありますし相手も全員で攻めて来たりはしないでしょう。半分は休めて交代交代でやっていると思います。そうして徐々に攻め込んでくるんでしょう」
兄が軍師だけあって彼女もまたこういった予想ができるらしい。
「まあ、これは攻城戦みたいなもんだからそんな必要はないか。守るに徹すれば早々負けることはないし、見張り台壊したっていう奴は動けないんだろ」
「そうですね。デュジュ様と相打ちして戦闘不能だと聞いています。両方とも時間が経てば回復すると思いますけど」
どれぐらいで回復するかまでは知らないらしく、申し訳ないと顔を俯かせて馬の首を眺めた。
「なら当分は耐えられるだろ。壁があれば相手は攻撃手段が限られてくるだろからな。守る側の俺たちの方が有利だ」
「そうですね。それに見張り台の時とは違って包囲される心配もありませんので大丈夫ですよね」
確認するように見つめてきたので力強く頷いてやるとストラの顔はホッとしていつもの冷静な状況に戻る。
「や、やっぱり初めての実戦となると緊張しますね。いろんな事が不安になってきます。……あ、でも指揮官も同じですよね。すいません私ばかり話しちゃいましたね」
口を手で隠したその姿を見て彼女は騎士であり、乙女でもあることを再認識してアークは前を見ながら首を横に振る。
「親父の趣味話で慣れてるからいいよ。それに話してストラの気が済むなら何日だって聞くよ」
一瞬呆気にとられていると次の瞬間には笑みをこぼした。
「ふふっ」
「な、なんだよ。変だったか?」
いつも通りに接していたし、この世界の者を真似て俗語は使わないようにしていた。
何処が駄目だったんだと顔を引きつらせて考えてみるが一つも心当たりがない。
「いえ。団長なのに情けないので怒られると思っていたのですが、慰めてくださったので驚きました」
「怒る? 俺も不安なんだならそんなことできる資格ないし、ストラは何も悪いことしてないだろ」
初めてのことで不安になるのは人間なら普通のことだ。それを怒るなど愚の骨頂だとアークは考えている。
だからこそストラや他の団員たちが不安になっていてもそれを責めたりはしない。寧ろ一緒に共有して絆が深まればいい。
無意識にそんなことを考えていた。
「流石、お兄様が認めるだけのことはありますね。指揮官はお優しいです。愚者のアルカナもそれに惹かれたんだと思いますよ」
まるで人のようにアルカナを扱うが、まだそれが自分にあることは確認できていない。エトワールがアルカナの力で見つけただけでそれを手に取り触ったことがないからだ。
アルカナはカードの所持者の体の外に出るとカードの形になるので触れるには触れるだろうが、まず出し方が分からない。
一回だけ勇気を出してエトワールにやり方を聞いてみたが人それぞれ違うからという理由で詳しくは教えてはくれなかったが、精神を集中してカードを頭に思い浮かべるのが一般的らしい。
試しにやってはみたこともあるが成功したことがないので、結局進歩という進歩は。あまりないのでアルカナに嫌われているのかと疑問に思い始めていたのでストラの惹かれたからという言葉が耳に残っている。
「惹かれる……か。そうならいいんだけどな」
「何か言いました?」
「いや、なんでもない」
いつ使えるようになるかは分からないけど、出来ればこの遠征中には使えるようにしていこうと決意して前を向くとそこに閃玉がジッと見つめてきていた。
「うわ! な、なんだよ急に」
荷物袋に入れたいたのをエトワールが遠隔操作をして出したのだろう。閃玉から冷たい目をしたあの男の姿が想像できる。
「邪魔だったか?」
「ああ、邪魔だね邪魔。俺はストラと喋ってたいんだからお兄さんは自分のところの軍のこと気遣ってればいいんだよ」
「そんなことお前に言われでもやっている。この閃玉はその為のものだ。しかし予定より移動に時間がかかっている」
遠征軍二万。これの殆どが戦などしたことも見たこともない平民たち。
ただ前方の騎士たちについて行くだけでもなかなかに大変だろう。騎士は馬、平民は歩きなとだからそれは仕方ない。それにストラのように精神面的な問題もある。
遠目でも別の閃玉が歩兵たちのところで様子を伺っているのが確認できた。
「やっぱりいきなり戦争なんて厳しかったんだろ。騎士以外はこんなこと慣れてないんだから」
慣れないことは出来ない。これもまた人の性なのだろう。馬に乗って数日しか経っていないアークにもペースが落ちているのが良くわかる。
「それでもバシスさんの所に一刻でも早く着かなくてはいけない。敵国にはあのメラフがいるからな。いくら地の利があってもその場所を取ってくる可能性もある。その前に押し返したい。いや、押し返す」
いつもより強気な口調でそう言い切るので少し呆然となってしまったが、それほどのやる気があるのだろう。
「なんだよ。かなり気合入ってるな。メラフ? っていう奴がいるからか?」
知っている様子で、友達というよりライバルを紹介するかのような勢いだったのでそれが一つのスイッチとなっている勘付く。
「メラフはただの腐れ縁だ。同じ星のアルカナを持っているし、昔は一緒に軍師になる為にいろいろと学んだものだがあいつは変わってしまった。全てを学び終えたあの時から」
「あの時?」
いつもの冷淡な感じとは打って変わって、感情のこもった言葉でこの話はエトワールにとって大事な話で同じアルカナ使いだし、これからもお世話になるだろうから気になって一言を発して口を噤んだ。
「全てを学び終えたメラフは先生を殺して強制的にアルカナカードを奪ったんだ。あいつは元から才能があったからすぐにそれを自分の物にしやがった。俺はそんなあいつが許せなかったから怨みに怨んだら結果的に同じ力を手にしていた。俺とあいつは表裏一体なんだよ」
メラフという奴がどんなものなのかは聞いただけではかなりの極悪人に思えたが、それ以上にエトワールは可哀想な人として写ってしまう。
「そうなのか。なら絶対に勝ちたい相手だな」
先生がどれほどの存在だったかは知ったことではないが国の為、何よりエトワール自身の為にこの戦争には負けられない。
「ああ、そうだな。わざわざお前に連絡したのもその為だ」
「おう! 何でも言ってくれ」
「星童騎士団も協力しますよ」
そのことを事前に知っていたかは定かではないが弱気な兄を励ますように妹は明るい声で言い放つと光り漂う閃玉が何故かニヤリと笑ったように見えた。
「ならお前ら、盗賊狩ってこい」
「は?」
いつもの調子に戻った冷徹な男は唐突にそんなことを口にしていた。